第28話 領空侵犯、スクランブル発進とは
千斗星を見送ってから、寂しさを味わう暇もなく毎日が早く過ぎ去った。授業内容も少しずつ難しさを増し、それらを頭に叩き込むだけで精一杯だった。
防衛大学校で航空自衛隊を希望したときに、基本的な事は学んでいた。それを更に掘り下げ、実務に向けて専門的に学ぶ。それは想像以上にきつい。
そして最後の試験に合格しなければ、なんの意味もなくなる。
基本的な知識で言うと、日本の空は領空と防空識別圏の二つに分けられる。領空とは領海の境界線上の空のエリアの事で、その領海は領土(海岸線)から十二海里と定められている。(十二海里とは22.2㎞の地点)
高度に関しては大気圏内までと言われている。
防空識別圏は領空の外側に設けられたもので、領空から550㎞までをさす。世界中から多くの旅客機や貨物機が飛び交う中、日本の空の安全を守るための必要なエリアだ。
この防空識別圏に侵入する場合は、その国の許可を得なければならない。許可なく進入することを領空侵犯と言い、我々航空自衛隊がそれに対し処置を施す。
そう、千斗星がその現場にいる隊員の一人だ。領空侵犯を侵した航空機に対して、侵犯措置を実地するのが【 スクランブル】という任務だ。スクランブルの指示を出すのが要撃管制官だ。
スクランブルとは、領空侵犯を犯した航空機に措置をするために行われるもので、緊急発進の事を言う。
なぜ、戦闘機でスクランブル発進をするのか。万が一、悪意を持った外国の飛行機が日本の領空に侵入してきた場合、一分でも一秒でも早く措置を行うためだ。のんびりしていては国の安全を揺がす一大事となりかねない。
もしも相手が戦闘機だった場合、ほんの数分で領空へ到達してしまうからだ。
「千斗星、もうスクランブル発進したのかな......」
私はまだ机の上で学ぶ身である。
◇
築城基地
「本日は国籍不明機に対してのスクランブル発進訓練を行う。管制室とも連携を取りながら行う模擬訓練だ。本番と思って気を引き締めるように!」
「はい!」
築城に来て、F‐2戦闘機での初めての模擬訓練だ。
どんなに操縦に自信があっても、ここでの俺の地位はしょせん下っ端に過ぎない。二機編隊以上の編隊長の資格は持っている。今回の訓練で、即戦力であることをアピールをするしかない。
「沖田は今回の訓練で、今後の役目を判断する」
「はい!」
ドルフィンライダーは単なるアイドルじゃない。どこの誰よりもすごいって所を見せてやるんだ。
「配置につけ!」
俺たちパイロットと整備士は、アラート待機所へと走った。
アラートとは二十四時間交代制で、スクランブルに控える隊員たちが待機する事だ。すぐ側にアラートハンガーといって、F‐2やF‐15が格納されている。この場所は一般公開されていない。国家機密にあたいするからだ。
サイレンが鳴ると三分で、遅くとも五分以内に発進することが求められている。これを五分待機といい、いつでも即座に動けると体制を整えている。
「君が松島から来た、スワローの沖田か」
「そうですが」
「で、彼女はいるの」
「訓練中ですが?」
突然話しかけてきた男は同じ階級の松田
「おまえ堅いよな。訓練ていっても本番同様にって言ってただろ。勤務中に話しそうな事だよ。そんな堅いと愛想尽かされるぜ」
「それを余計なお世話と言うんですよ」
階級は同じとはいえ、ここでは先輩だ。適度な距離をとることは、余計なトラブルを避けるための防衛だと俺は思っている。
待機室は何でもある。ここでは不自由なく過ごせるよう、テレビ、DVD、小説、コミックなどもあり、食事はきちんと作られた温かい物が、毎食運ばれてくる。アラート待機中は二十四時間、決してここから出ることはない。スクランブル以外では。
「沖田、俺にさんはいらない。階級同じだろ。それに、乗ってる物も腕前も同じだろ」
「そうですね。でも、一つだけ違いがありますよ」
「お、なんだよ」
「操縦技術、ですかね」
「はっ、なるほどね。スワローの腕前、拝見させていただくよ」
松田は片方の頬だけを釣り上げて笑った。
その時、サイレンがなった。
『緊急司令、緊急司令、ホットスクランブル!』
けたたましい音は突然襲ってきた。管制司令室よりスクランブルの指示が入った。隊長がそれを復唱して、俺たちパイロットに命令をする。
「ホットスクランブル!」
それを聞いたパイロットと整備士は部屋を飛び出した。
サイレンが鳴り響く中、自分が乗る戦闘機に走ると、担当整備士がハシゴを掛けた。乗り込んだと同時にヘルメット、ベルトをあっという間に整えられる。
俺はエンジンをかけ、発進チェック。その間、機体のミサイル発射安全装置が外され、格納庫のシャッターが開いた。
「エンジンオッケー、レーダーオッケー、コンタクト、クリアー」
無線で指示が送られてくる。それに答えながら機体を整えた。
誘導員の合図と共に、機体を格納庫から出す。そして滑走路へ向けて移動。滑走路に到着、完全停止することなくラストチャンスの最終確認を行った。
―― オールクリアー
―― バイパーゼロワン、テイクオフコンファーム
先に出たのは、リーダー機。俺は今回、僚機として後に続く。
―― バイパーゼロツー、テイクオフ、コンファーム
「バイパーゼロツー、テイクオフ、ラジャー」
ゴゴゴゴコゴコゴーー!!
(部屋を飛び出してから二分五十秒、離陸完了)
天気は曇り。風は微風。飛行に大きな影響はない。一年前に飛んだ展示飛行の時、この空模様は荒れる一歩手前だったな。穏やかなイメージのある九州だが、東シナ海から吹いてくる大陸の風や夏以降に発生する台風は侮れない。
―― 高度キープ、レーダーに見えるか
『バイパーゼロワン、レーダーに確認』
「バイパーゼロツー、レーダーに確認」
―― 接近し目視確認せよ
『ゼロワン、ラジャー』
「ゼロツー、ラジャー」
レーダーで目的機を確認後、必ず目視確認を行う。接近し、国籍、機種を目視確認したら管制室に報告をする。
今回は国籍不明機と言う設定だ。リーダーがその旨を伝える。
―― 航路変更を促せ
『ラジャー』
「ラジャー」
国籍不明機に接近し、翼を左右に振り航路変更を促す。その間も無線で警告を発信する。
「こちら日本国航空自衛隊である。許可なく領空を通過できない。速やかに航路変更を願う」
英語で通告し、反応がなければ中国語でも促す。近年、大陸からの偵察機が頻繁に日本の領空識別圏に侵入するケースが増えた。
空だけではない、海上でもその攻防が行われている。
『こちらゼロワン、航路変更確認』
―― 了解。引き継ぎ監視を続けよ
確実に日本から離れたのを確認するまで、一定の距離を保ちながら監視をする。その間も相手に刺激を与えないように、紳士に対応しなければならないのだ。乱暴な飛行や、相手を煽るような飛行は国際問題となりかねないからだ。
今回は領空侵犯はなかったという結果に終わった。
―― 離脱確認、帰還せよ
『ゼロワン、ラジャー』
「ゼロツー、ラジャー」
俺たちは自身の判断で行動を起こすことはできない。全て、要撃管制官の指示に従うのだ。
彼らが「撃て」と言えば、俺たちは搭載したミサイルを発射しなければならない。
まだ、過去の歴史から発射した記録は残っていないが、レーザーを当て威嚇したことはある。
この日本では航空自衛隊に実弾発射の訓練は許されていない。
万が一、「撃て」と指示が来たら、俺は
しかし、俺たちは撃たなければならない。
それが命令ならば。
俺たちは平和で、ぬるい環境で生きてきた人間だ。
「できる」とは、まだ言えなかった。
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