第105話 末路

Side:エリーズの役人

「大変です。ゴーストの嵐が押し寄せてきました。中に入った者は、みな不浄の者になってしまいます」


 部下が息を切らしてやって来た。


「くそっ、あと少しで昇進だったのに」


 俺はデニー、エリーズの役人の一人だ。

 毎日、数字とにらめっこする日々だったのに、なぜだ。

 悪い事などしてない。

 善行も少しは積んでいる。

 天罰なら、こんな仕打ちはしないはずだ。


 だが、逃げないと不味いというのは分かる。

 この王都で一番頑丈な建物は王宮だ。

 そこに逃げるしかない。


 俺は仕事など放り投げ、王宮に向かって走った。

 途中で振り返ると、背後にはおぞましく蠢く黒い霧。

 よく見ると黒い霧はゴーストの塊だった。


 早くだ、もっと早く走るんだ。

 早鐘のように打つ心臓。

 こんなに真剣に走ったのは何時以来だろうか。


 王宮に行くと門番もおらず、開け放たれていた。

 もしかして王宮でも駄目なのか。


 背後には黒い霧が押し迫っている。

 ぐずぐず考えている時間はない。

 王宮には何度も足を運んだから構造は熟知している。


 黒い霧が敷地に触れるとバチバチ音を立てて侵入を拒んだ。

 結界が張られているんだな。

 一安心だ。


 バチバチいう音は次第に大きくなる。

 本当に大丈夫か。

 俺の選択は正しいのだろうか。

 王宮中でも安全な場所に逃げた方が良いはずだ。

 リスク回避の方法は常に複数だ。


 どこに行こう。

 王族の居住区は不味い。

 警備の人に切り殺される未来しか浮かばない。

 裏門から逃げるか。

 そうだな、いざとなったらそれが良い。


 こう考えている間も結界はバチバチとさっきより激しい音を立てている。

 黒い霧の中に不浄の者が見え始めた。

 急がねば。


 そうだ、研究施設があったはずだ。

 防御力は無駄にありそうな建物だったと思う。

 秘密の研究をやっているとの事で、いつもは厳重な警備だったが、今は人はいないはずだ。

 よし、そこに行こう。


 中庭を突っ切って研究施設にいく。

 黒い霧が背後に迫ってきた。


 中庭で右往左往している貴族が霧に飲まれた。


「うぼぉ」


 霧から飛び出した貴族は目から血を流し、青白い顔になった。

 目の焦点はあっておらず、手の前に突き出してぶらぶらさせているのが不気味だ。

 逃げないと、強くそう思った。


 俺が走ると貴族が追いかけて来る。

 貴族は障害物に何度もぶち当たってもその走りは止まらない。


 障害物を避けた俺の方が早く研究施設に着いた。

 分厚いドアを開けて中に入り施錠する。


 結界の魔道具を探そう。

 そういう物があるはずだ。

 部屋を見て回る。

 施錠してある部屋は怖いので入らない。


 奥まった部屋で送風機を見つけた。

 そこだけ空気が綺麗な気がする。

 送風機をみるとシゲル神の名前が彫ってある。


 神なら助けてくれるんじゃないか。

 藁にもすがる気持ちで送風機を作動させ、それを持って部屋を出る。

 他の部屋でも、香りが出るシゲル神の物などがあったのでそれを集めた。

 入って来たのと別の出口に行くと、黒い霧が結界に阻まれている。

 長くは持ちそうにないな。


 そして、結界が壊れた。

 驚いた事に黒い霧から出たゴーストは送風機の風で溶けた。

 やったぜ、これで安全に逃げられる。

 俺は視界が悪い中で王宮の中を彷徨い始めた。


「助けて」


 声が聞こえたので、その方向に駆け付ける。

 結界があって黒い霧を阻んでいたので、ドアを見つけ中に入った。


「あんた誰?」


 中には数人の侍女がいて不安そうな目でこちらを見ている。


「俺は文官の一人だ」

「良かった。言葉が通じる。黒い霧の中に入ると化け物になって会話が出来ないから」


「黒い霧を退治する道具を見つけてきたぞ」

「何となくその道具の効果が分かるわ。なんか爽やかな気持ちに、なったような気がする」


 俺は侍女たちにシゲル神印の物を一つずつ持たせた。


「結界が破れる」

「心配は要らない。シゲル神がついている」


 結界が破れたので、黒い霧の中を進む。


「うがぁ」


 不浄の者が襲い掛かってきた。

 俺が墓標で殴ると不浄の者は溶けて消えた。


「ははっ、さすが神様の物だ」


 そして、どうやら俺達は王族の居住区に入ってしまったらしい。

 結界越しに俺達は騎士の一団と対面した。


「なんで黒い霧の中で生きていられる」


 王が俺にそう詰問した。


「何でだろうね」

「その言葉遣いはなんだ。まあ良い。結界の魔道具を持っているな。寄越せ、命令だ」

「嫌だ、お断りだ」

「なんだと。王の言葉を断るのか」


「一つ聞きたい。あんたらはシゲル神を信じているか」

「それは敵国の偽神だ。信じる訳なかろう」

「そうか。じゃ、さらばだ」

「待て、望みはなんだ。爵位か。金か」


 結界が壊れ騎士と王の一団を黒い霧が包む。


「サンクチュアリ」


 王が魔法で結界を張った。

 しかし、すぐに結界は破られた。


「サンクチュアリ。まて、わしは王だぞ。誰か助けろ」


 騎士達の顔の生気が無くなり、王に剣を突きたてた。


「くそっ、死ねない。こんな所では死ねない」


 王の末路もこんな物か。


「逃げるぞ」

「ええ、急がないと」

「そうね。余分な時間を食ったわ」


 それから、俺達はなんとか王都を脱出できた。

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