第96話 魔法陣辞典

「くそう、奴らなんかごみ溜めのハエなのに」


 ランドルフが憤慨している。

 ここは育児室だ。


「子供の前では汚い言葉は使ってほしくないな」

「すまん」

「で、なんだ?」

「カデンの類似品が安い値段で出てきて、正規品の売れ行きが鈍っている」


「ふーん、性能では勝っているのに。価格で負けるか」

「奴ら巧妙になっている。魔法陣はエリーズで本体部分はサバルで作っている」

「サバルで規制を掛けたら良いんじゃ」

「それがな、サバルにもエリーズ寄りの貴族がいる。そいつらが率先してやっているわけだ」


「ありがちだよな。親エリーズと反エリーズがあるのだろう。いたる所に派閥がありそうだ」

「そうだな。ピピデにも派閥があるぐらいだ」


「輸出入は止められないとくれば、後はコストダウンしかないな」

「コストダウンは難しいな。職人は増やせないし。印刷技術だったか、それの向上も難しい」


「急激には魔法陣の職人は増やせないが、徐々になら増やす手があるぞ」

「ほう、どんな手だ」


「魔法陣辞典を作るんだよ」

「なるほど教本を作るのか」

「ああ、上手い手だろ」

「確かにな。今は親方が弟子に伝えているだけだ」

「間口を広げれば、職人も増えるさ」


「なら、更に良い手がある。エリーズの秘匿魔法陣も辞典に載せてしまおう。やつら国家機密が晒されて、きっと慌てるぞ」

「いいね。やってみよう」


 パソコンをフル稼働させて、辞典を編集する。

 カラーの辞典がプリンターで打ち出される。

 製本はしないで、ルーズリーフにとじられた。


 ルーズリーフなら追加で新しい情報を入れられる。


「完成したな」


 ランドルフが辞典を手に取って感慨深げに言った。


「たった100冊だけどな」


「パソコンとプリンターは何台も召喚できるんだろう」

「できるけど、金貨で払って召喚だと、迷惑が掛からないかな」


「掛かったら不味いのか?」

「不味くないような気もする。地金で換金してもお釣りはでるはずだ」

「なら、良いだろ。気にするな」


「もしも、だよ。可愛がっていたラクーが消えていて、金貨が置いてあったらどうする」

「金額の大小ではない。ぶちぎれるな」

「だろ、やっぱり良くないよ。仕方ない、俺が買って来るよ」


 戦争が終わるまで、地球に帰還するつもりはなかったんだが。


「懇願力よ、電気街へ転移させたまえ」


 景色がビルの谷間と切り替わる。

 金の買取所を探す。


「この金貨を買い取ってもらいたい」


 カウンターでそういうと、うろんな目で見られた。

 まあ、服装もツナギの農家ルックだしな。


「どこの金貨ですか」

「ええと沈没船だったかな。いいや芝居の小道具だったかも」

「地金で買い取りはできます。身分証を」


 不味い持ってない。

 財布は実家だ。


「車に置いてきたので取りに行くよ」


 そう言って俺はビルを出て。


「サモン、実家の俺の財布」


 うん、俺の財布だ。

 身分証もある。

 免許の有効期限も大丈夫だ。


「待たせたね。はい、免許証」


 再び買取所の入っているビルに戻りカウンターで免許証を提示した。

 ふう、この手は何度も使いたくないな。

 いずれ不審に思われて通報されたりしそうだ。

 そうなると、捜索願はまだ出ていそうだから、ややこしい事になるかもしれない。


 パソコンとプリンターと発電機を10セット買って、異世界に帰った。


Side:エリーズ国の職人


「おい、これを見てみろ」

「何です、親方。うわっ、魔法陣の本だ」


「この工房の秘伝の魔法陣が載っているぞ」

「まさか、俺を疑っているんじゃ」


「それが無いのは分かっているさ。これには国の秘匿技術も載っている」


 扉を激しく叩く音が聞こえる。


「開いてるよ」

「禁書を所持しているとの通報があった」

「そんな物はない」


「手に持っているのはなんだ。それが禁書だ」

「ふざけるな。魔法陣が載っているだけだろ」

「国の国家機密にかかわる事だ」


 俺達は逮捕され、そして釈放された。

 馬鹿だな。

 魔法陣の本を禁書にしたって、いつかは白日の下に晒されるだろう。

 持って来た商人の話によれば、サバル国では子供でも買える値段らしい。

 何となくサバル国と技術差が広がるような気がした。

 サバル国に移住しようか。

 そんな事を考えた。


 善は急げだな。

 俺達は荷物をまとめた。

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