第76話 ヒースレイ国で密かにかます

 うおー、懇願力がまた1億を超えた。

 俺の信者が減らないのが原因だということは分かっている。

 食器と調理器具に俺の名前を刻ませたのは不味かったかな。

 でも、商人が譲れない線だと言い張るものだから折れたのだ。


 ブランド名が大事なのは分かる。

 野菜だってそう。

 箱に○○産と明記してあってそこが美味いと評判になれば誰もが高い金を出して買う。

 本当に美味いのは畑で完熟した野菜だってのにな。

 商品になるのはどうしても傷むのを警戒して青いうちに出荷する。

 これが美味いかと言われればそうでもない。


 それに品種だ。

 農家は家食いの野菜は別の品種で作る。

 こっちの方が美味いと知っているからだ。

 ただしその品種は不格好だったり、傷み易かったりする。

 そして、腐る寸前まで畑で完熟させる。

 育てすぎると硬くなる葉物野菜なんかもあるが、普通は完熟させた方が美味い。


 話はそれたが、とにかく名前が大事。

 名前を落とさない為の努力を大事にする。

 美味いのに恰好が悪いのと傷み易いのが出荷されないのは、評判を落とさないようにするため。


 そういうが良いか悪いかではない。

 悲しいかな商売的にどうかというだけだ。

 農家は野菜を売らないと生きていけない。

 商売にこだわらないと成り立たない。

 そういうのは悲しいが良く分かる。


 形は悪いが美味いで売り出すのは、いばらの道だ。

 普通の努力ではなかなか実らない。


 だから、シゲル神と刻むのも納得したのだ。


 こうなったら、ヒースレイ国で密かに一発かまそう。

 俺は出かける準備をした。


「ぴぃ、ぴぃ」


 アン、ドゥ、トロワ、カトル、サンクが俺を取り囲んだ。


「一緒に行くか? そうか行くか。じゃ、音速は越えずに、のんびり行こう」


 俺達は空に舞い上がり一日掛けてヒースレイの王都に到着した。

 そして、エリザの屋敷の庭に舞い降りた。


「よう、久しぶり」

「鳥さん、ごきげんよう。お久しぶりね」

「相変わらず、先に鳥に挨拶するのだな」

「まあね」


「よし、ここでかまそう」

「何をするの」

「まあ見てな。きっと驚くぞ」


 地面に手を置き、懇願力全開で願う。


「懇願力よ、大地を浄化したまえ。豊穣の大地になれ」


 俺が立ち上がった時には、庭は緑に覆われていた。


「凄い。雑草につく虫を食べる鳥さんが沢山きてくれそう。あちらの木は花が咲いているわ。蜜を吸いに鳥さんが来るかも。素敵だわ」


 俺は背負い鞄からフード付きの外套を出すと着こんだ。

 街に観光に行くためだ。


「アン、ドゥ、トロワ、カトル、サンク、エリザに遊んでもらえ」

「ぴぃ」


 エリザが花の咲いた枝を折ってアン達に差し出した。

 アン達は器用に花の蜜を吸う。

 甘い物に目が無い奴らだな。

 野生など微塵も感じない。


 俺はその場を後にして王都の街に繰り出した。

 道端で人々が祈っている。


「おお、シゲル神よ。豊穣の力を発揮して下さったのですね」

「緑の恵みに感謝を」


 雑草が少し生えたぐらいで大げさだな。

 密かにやったのにばれてる。

 たしかに奇跡が起こるとしたら、神の御業ぐらいだ。


「おい、薬草が生えてるぜ」

「本当だ。大金持ちだ」


 それは叶わないだろう。

 商品は供給が増えると値段が下がる。

 夢をみるのは構わないがな。


「おい、俺の家の果物を盗るな。これは枯れそうになっても、俺が毎日水をやったんだぞ」

「緑の恵みは、みんなの恵み」

「緑の恵みは、みんなの恵み」

「緑の恵みは、みんなの恵み。シゲル神に感謝を」

「感謝を」

「シゲルの意味は植物の成長。これこそシゲル神の恵み」


 また、変な宗教が生まれたな。

 確かに緑の恵みはみんなのものだが、人の家の物を盗ったらいけないだろう。

 俺の名前が植物の成長だってのは合っているが、商人に名前の意味を教えなければ良かった。


 ピリチェの樹の所にやってきた。

 ピリチェが現れる。


「いらっしゃいませ、異界の神よ」

「どうだ、調子は」

「順調ですね。特にさっきからは」

「ちょっとした贈り物さ。余った力を放出しただけだ」


「気をつけて下さい。南の方から邪悪な波動を感じます」

「南というとデュラ国のほうだな。分かった覚えておくよ」


 デュラ国が戦争の準備に入ったという報告はない。

 そう言えばピピデの草原の北がヒースレイ国。

 それより北は大山脈だ。

 東はエリーズ国。

 それより東は海だ。

 西はサバル国。

 やはりそれより西は海だ。

 南はデュラ国。

 それより南は分からない。


 何かあるのだろうか。

 よし、今度デュラ国まで飛んだら足を延ばして南を探索しよう。


 エリザの家に帰ってきた。

 エリザはアンにくるまって寝ている。


「エリザ、寝てるところ悪いが、もう帰る」


 俺はエリザを軽く揺さぶった。


「もう帰るの。また来てくれる。もちろん鳥さんと一緒に」

「ああ、来るよ。そうだ土産にポテトチップスを持ってこよう。ヒースレイとピピデの国境近くに工場があるんだ。美味いぞ」

「待ってるわ。鳥さんバイバイ」


 これでヒースレイ国には、当分の間、不浄な者は生まれないだろう。

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