第62話 指をしゃぶらせる

「こら、あんまり指をしゃぶるなよ。ママのおっぱいじゃないんだぞ。それに手は洗ったけど、ばい菌がいるかも知れない」

「まーま」


 赤ん坊と絶賛、戯れ中だ。

 片言を話すようになるとは成長ってのは早い物だ。


「パパに遊んでもらったでちゅか。良かったでちゅの」


 エーヴリンが赤ちゃん言葉を喋っている。

 なんか和むな。


「きゃきゃ」


 赤ん坊から光が飛び出して跳ねまわる。

 何だ、何が起こった。


「エーヴリン、妖精特有の現象なのか」

「分からないですの。魔力とは違う力なの」


 光を精霊力で探る。

 これは懇願力じゃないか。

 俺の子供はみんな懇願力を持つのか。

 赤ん坊からの光はしばらくして消えた。


 赤ん坊全員の体を精霊力で調べる。

 懇願力は欠片も持ってない。

 あれっ、おかしいな。

 持っていると思ったんだけど。


 ええと、俺が直前にやってたのは、おっぱいを上げるイメージして、指をしゃぶらせてたのだな。

 指から懇願力を吸われた。

 それしか考えられない。


「エーヴリン、懇願力を吸い取るイメージで指をしゃぶってくれ」

「なんか、指をしゃぶるって恥ずかしいですの」

「まあまあ、ズバッとどうぞ」


「では失礼しますですの」


 上気していくエーヴリン。

 息も荒くなっていた。


「ストップ」

「なんか、ぽわぽわするですの」

「懇願力で何かしてみろ」

「えいっ」


 光が赤ん坊達に降り注ぐ。

 そして赤ん坊達が光にくるまれた。


「ええと、何をしたのかは聞かなくても分かる。赤ん坊の健康と幸せを願ったのだろう」

「そうですの。よく分かりましたですの」


 懇願力って人に与えられる物だったのだな。

 良く考えたら、今までも物には与えているよな。

 物に与えられるのなら人にもできるってのが筋だよな。


 でも、他人には指をしゃぶらせたくない。

 触ったら与えられないだろうか。


「エーヴリン、手を出して」

「はい、ですの」


 手を握って力を送ろうとしたが、上手く出来ない。

 これはあれだな。

 力を送るイメージが指おしゃぶりに固定されてしまったな。


 まあ、いいか。

 この後、とんでもない事になった。

 夜の運動をしたら、懇願力をほとばしらせてしまった。

 どこからだって。

 もちろん全身からだよ。

 密着していたエーヴリンはそれをもろに吸収してしまった。


「懇願力が気持ち悪いのなら、何か物を作って発散するのがいいと思う」

「いいえ、ぽかぽかするだけですの。物作りはやりたいですの」


 そういうとエーヴリンはラクーの毛糸を取り出して編み始めた。

 光る毛糸でできた帽子。

 大きさからみるに赤ん坊の為の物だろう。

 きっと健康と幸せを願っているに違いない。


 大精霊の間で編み物が大流行した。

 もちろん赤ん坊に着せる為だ。

 俺は失敗作を商人の所に持っていった。


「ほう、何やら神聖な物を感じますな。触っても」

「ああ、触ってくれ」

「はう、母の愛を感じます。これは売れますぞぉ。金貨1000枚で買いましょう。もちろん売ってくれますよね」

「ああ、その為に持って来たんだからな」


 この赤ん坊用の毛糸の上着やズボンや帽子。

 母神シリーズとして大好評になった。

 付けられたタグには『茂』の文字が。

 なんでやねん。

 俺は女神ちゃうぞ。

 思わず思考が関西弁になってしまった。


 見せてもらったパンフレットには『女神が神の子である人類に、惜しまない母の愛を注いだ』とある。

 実際の由来と全然違う。

 実際は『エロの果てにほとばしった力を吸収した大精霊が、我が子の事を思い作った』だ。


 余りの違いに申し訳ない気持ちになる。

 でも母の愛は本当だから、これはこれでいいか。

 真相をわざわざ伝える必要もないしな。


「助けて!!」


 精霊通信の大音量の声が届いた。

 これはミスリルリリーの声だ。

 ヒースレイ国に何かあったのか。


 『どうしたんだ』という返答を送ったが、返事はない。

 軍隊が移動したという情報は入っていないので、王城に向かって大急ぎで飛んだ。

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