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 きっかり1時間後、麗鈴はノックをすることもなく事務室の扉を開いて入ってくる。

「……マナーとして、ノックは必要だと思います」

「ちゃんと1時間後とお知らせしておきましたよね? だったら問題ないでそう」

 そういう問題ではないと、言いかけた仄だったが、悪びれる様子のない麗鈴に何を言っても一緒だろうとため息で返事をした。

「顔色が戻りましたね」

「あの苦い回復薬のおかげでなんとか」

 苦いと言われて、麗鈴は首をかしげる。

「苦い? あれにはたくさんの味がありますし、苦いなんて……」

 そんなはずはない、麗鈴はそう言いかけて、一瞬の間を置いた後「あぁ! 」と納得の大きな声を出した。

「貴女が第7島出身であることをすっかり忘れていました。習慣とは怖いですね、第7島で使っていたあれを探して飲みましたね。あの苦い味のものは第7島のために作られたもので、第7島が率先して使っているものです。見た目もさることながら、味はすこぶる悪く作られています。基礎の忍耐力から体力などを鍛えるために、極力使わせないようにする工夫です。他の島の者達はあんなもの好んで選び使ったりしません。よく見ればわかるようなものですが、習慣的に回復薬と言われてあの見た目を選んでしまったんでしょう。第7島出身もですが、その後、第3島で生活していたことも忘れてました。第3島は回復薬なんてものを入荷しませんし、使用しませんからね」

 コロコロと笑って面白そうに言ってのける麗鈴の姿に、苛立ちはありながらも、この人はこういう人だ、もう諦めたとばかりに立ち上がった仄。麗鈴の横を通り、事務室を出た。

「研修、お願いします」

「おや、やる気ですね。いいことです」

 まだ倦怠感が体に残っている仄は、別にやる気があるわけではなかったが、このまま麗鈴にからかわれ続けるよりは仕事をしたほうがマシだと思ったのだ。

 朝方、ひどい目にあった場所に戻ってくると、寝袋は片付けられ、崩れた本の山も元通りになっている。

 一冊の本を手に取り、麗鈴は「では、おさらいです」と、にっこり微笑んだ。

「我々の仕事の大まかな流れをどうぞ」

「まずは本を分類します」

「その基準は?」

「住人の多い少ないです。少ないものをとりあえず棚にしまい、多いものから翻訳と修復していきます」

「本棚の操作は?」

「LiVeで行います」

「住人とは何ですか?」

「過去にその本を読んだ『読者』です」

「彼らの存在の恐ろしさは理解しましたね?」

「それはもう、存分に」

「では、決して気取られぬよう努めてください。分類後は?」

「本の修復をし、その後翻訳作業をします。翻訳したデータは専属のドールに送り、本は本棚へ収納します。他は要請があれば優先的にそちらを探して翻訳しデータを作ることです」

「ふむ、大体の流れはちゃんと覚えてますね。合格です。では、本日の研修に移りましょう」

 麗鈴は手に持った本を見つめて、背表紙のところを指差す。

「さて、まずは修復についてですが、このように本は必ずと言っていいほど傷んでいます」

 麗鈴の指差し場所の背表紙は、表紙との境目から破けかかっており、他にも傷んでいるところが見られた。

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