2章 5話 白と黒の魔法少女2
「嫌です」
魔法少女の勧誘に対しての美月の回答は――拒絶だった。
現在、悠乃たちはカラオケボックスを訪れている。
あの場で魔法少女などという突飛な事を話すわけにもいかず、だからといって誰かの家に初対面である二人を連れ込むというのも問題があるということでここが選ばれたのだ。
「えー? 魔法少女って楽しそうだよー?」
魔法少女となることに消極的な美月に対して、春陽は魔法少女としての活動に前向きなようだった。
実際にイワモンが説明している間も、内容をしっかり吟味している美月とは違い、春陽は純粋に目を輝かせていた。
春陽はどちらかというと本能や勘に忠実なタイプなのだろう。
「そういう役割は、楽しそうでやるかを決めるものではありません」
美月はメガネを押し上げる。
彼女は春陽のストッパー役らしい。
「正直、ここにいる三人がマジカル☆サファイア、マジカル☆ガーネット、マジカル☆トパーズだということには驚きました。ええ。五年前の戦いで貴女たちが戦ってくださったから今の生活がある事も理解していますし、感謝しています」
そう言う美月。
魔法少女になって欲しいという言葉が嘘でないことを証明するにあたって、悠乃たちはすでに変身をして見せていた。
本音としては正体を露見させたくはなかったが、あのまま『魔法少女になってくれませんか?』などと言っても頭の病気を疑われるだけだっただろう。
事実として、悠乃たちが変身したおかげで、魔法少女への勧誘が真実であること自体はあっさりと信じてもらえた。
もっとも、魔法少女になること自体に難色を示されては意味がないが。
悠乃がそんなことを考えている間も、美月は春陽の説得を続けていた。
「大体、私たちは
美月は春陽に魔法少女を諦めさせるためにそう語りかける。
「ぁひん……!」
しかし、美月の言葉がもっとも刺さったのは
魔法少女の活動が原因で受験に失敗した彼女にはあまりに酷な言葉であったことだろう。
「世界を救えても、自分の身も救えないのなら本末転倒じゃないですか」
「ひぎぃ……!?」
美月による春陽への説得は続く。
意図せずして、薫子への精神攻撃となって。
「それとも世界を救えば、私たちの老後の生活を保障してくださるというんですか? 無理ですよね? 世界は救え。でも、志望校に落ちても自己責任。ちょっと理不尽です」
「らめぇぇ……それ以上は……らめなのぉ……!」
ついに薫子は床に倒れ込んだ。
彼女の体はビクンビクンと痙攣している。
「それに……魔法少女なんて他人に言えない活動のせいで受験に失敗したりしたら、今まで育ててくれた両親に申し訳ないですし」
「お願いだかりゃもう許ひてぇぇ……! 刺さっちゃうのぉ……わたくしの柔らかいところに深々と刺さっちゃうのぉぉ……! もうらめぇ……死んじゃうぅっ……心が死んじゃうのぉ……! ぶくぶくぶく……」
ついに薫子の口から泡のようなものがこぼれ始めた。
さすがにこのままでは彼女が自害しそうなため、悠乃は止めに入る。
「あのぅ……ウチのお姉さんが精神崩壊しかけているのでこのあたりで堪忍してください」
「ふふ……。中学受験の失敗から何も学ばす、大学受験の前にまた魔法少女になるだなんて……。わたくしって本当に救いようのない愚図ね……うふふ」
「……薫姉?」
薫子は仰向けになり呟く。
その表情はすがすがしく、まるで悟りを開いた修行僧のようであった。
精神的な臨死体験のおかげで新たな扉を開けたのだろうか。
もっとも、悟りを開いたとしてもこの世の真実に到達できているようにはとても見えなかったが。むしろ絶望に到達しているというべきか。
南無。
悠乃が心の中で合掌していると、薫子はむくりと立ち上がる。
「うふふふ……お二人はお勉強を頑張っているんですよね。なら赤ペンもいっぱい使うでしょう。実は、
「薫姉!?」
本格的に自殺しそうな薫子が本気で心配になる。
もっとも、自殺をするための気力さえ残っていないようなので大丈夫だと思うが。
そう思いたい。
「んー? でもやっぱり、わたしは魔法少女になりたいよ」
どうやら薫子の精神を破壊し尽くした説得も、春陽の気持ちを変えられなかったらしい。
春陽は顎に指を当て考え込む素振りを見せたものの、それでも魔法少女になりたいという意志を曲げることはなかった。
そんな彼女の考えが不満なのか、美月は改めて問いかける。
「分かっているんですか姉さん? 戦うんですよ? 怪我では済まないかもしれませんよ?」
「でもでもー? この町にあの化物が来るんだよねー? なら、戦うための力を持っておいたほうが良くない?」
そんな春陽の主張。
それを耳にした美月はハッとした表情になる。
彼女にとって、春陽の意見は一考の価値があったらしい。
「なるほど……確かにそれも一理ありますね」
春陽の言葉を受け、美月は腕を組んで考え込む。
「戦うことによるリスク……。しかし戦う力が得られるというリターンがある……。戦わなければ戦闘での怪我はありませんが、万が一にでも化物と遭遇してしまえばその時点で詰み……」
美月はすべてのリスクとリターンを秤にかけている。
彼女の天秤がどちらに傾くのだろうか。
そればかりは悠乃たちが介入するべきではない。
だから悠乃は静観を選択する。
すると、10秒ほど経ってから美月が嘆息した。
「……姉さんは何も考えていないように見えて妙に核心を突くので困ります」
思考を終えた美月が告げたのはそんな言葉だった。
その意味を理解し、春陽は表情を明るくする。
「それって――」
「確かに、姉さんの言う通り、魔法少女となってあえて戦いを挑むことは……逆に私たちの身を守ることにつながるかもしれません」
そう美月は結論付ける。
「魔法少女になれば戦わなければならない。怪我もするかもしれません。ですが、もし化物と遭遇をしても何もできずに殺されるということはありません」
美月はそう考察する。
「しかし、魔法少女にならなければ普段は怪我をするリスクはありません。しかし、運悪く化物に出会ってしまえばその時点で死にます。もしくは、ここにいる三人が駆けつけてくれることを祈って震えることしかできません」
再び美月はメガネをクイと持ち上げる。
「結局、自分で自分の身を守るか。自分の命運を他人に託すかという選択なのです。それなら、自分の身くらいは自分で守るという考え方が私好みです」
「おおー。よく分かんないけどすごいねー。ツッキーがそう言うなら、魔法少女になるほうがゴウリテキなんだねー?」
「悲観論でいえば、ですが。楽観論であれば『化物に襲われない可能性だって充分にあるのだから、確率の低い不幸を避けるために魔法少女になってまで普段から危険な目に遭う必要はない』とも言えます。ただ私はリスク分散的な思考回路ですので、多少の怪我は許容してでも、自衛の能力を得られることに魅力を感じただけです」
「んんー? どゆこと?」
難解な美月の言い方が理解できなかったのか、春陽が首をひねる。
「例えるのなら、保険に加入することを無駄と捉えるか有意義と捉えるかの違いです。自分は病気にならないと楽観的に考える人にとっては無駄。病気になった場合のリスクを重く考える人間にとっては有意義。この場合は保険を『魔法少女になる』こと、病気を『化物と遭遇するリスク』と定義していますが」
「なるほろー。よく分かんないからツッキーに任せるねー」
「……判断の丸投げはいざというときの判断力を――まあ、本能で生きている姉さんには無駄かもしれませんね……」
美月は大きく息を吐いた。
そして彼女は悠乃たちに視線を向ける。
「それに今回は、魔法少女の先輩がいるという点も後押ししました。完全に手探りであればリスクは大きいですが、先輩方からノウハウを学べるのであれば比較的安全に力を伸ばしてゆけるという思惑もあります」
「うん。僕たちも君たちを全力でサポートするつもりだよ」
それは事実だ。
悠乃には、彼女たちを魔法少女の戦いに引きずり込んでしまうことへの負い目がある。
だからこそ、黒白姉妹が魔法少女となるのなら、そのための手助けを惜しみはしないだろう。
「そう考えると、将来的に見れば魔法少女となってしまったほうが死亡リスクは抑えられるかもしれませんね」
悠乃の話を聞くと美月はわずかに微笑み、そう締めくくった。
「じゃあ魔法少女になるってことで良いのー?」
「はい。もちろん、安全マージンを十分に確保して戦うことが前提ですが」
「――なんつーか。結構理屈っぽい奴だな」
璃紗は美月を横目にジュースを飲む。
彼女は面倒な話を嫌うので、早い段階で会話からは離脱していた。
そんな璃紗の隣でスナック菓子を食べていたイワモンが口を開く。
「璃紗嬢はこういう子は苦手かね?」
当然ながら、集団で戦う以上チームワークは大切だ。
それを理解しているからこそ、イワモンは璃紗に問うたのだろう。
いくら戦力を補充しても、チーム内で不和が起こっては意味がない。
「ダチとしては、別にどーでもいい。生きてりゃ意見が食い違うことなんてザラだし。それくらいで目くじら立てるつもりはねーよ。仲間としては……まあ、こーいう奴がいたほうが良いんじゃねーの?」
対する璃紗の回答は無関心にも聞こえるが、不満があるようには見えない。
心配なのは大雑把な璃紗と理屈屋な美月の相性が悪いことだったが、その心配は杞憂に終わりそうだ。
璃紗の言葉を聞いて悠乃はこっそり胸を撫で下ろした。
ともかくとして、悠乃たちは新たに二人の仲間を加えて戦いに挑むこととなるのであった。
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