2章 4話 白と黒の魔法少女
「んで? ここにいるのか?」
後日、とある中学校の校門前で、璃紗はあくびを噛み殺していた。
彼女は校門に体を預け、待機している。
すでに授業は終わっているのであろう。
悠乃たちが校門で集合した時には、すでに生徒が帰り始めていた。
にもかかわらず三十分待ってもターゲットが現れないため、璃紗は若干不機嫌そうだった。
先に出待ちをしていたイワモン曰く、悠乃が来るよりも早くターゲットが帰宅した可能性はないらしいのだが。
「うむ。実を言うと、スカウトする相手はすでに目星を付けてあってだね。そのうちの二人が、ここの生徒なのだよ」
「オイ。その二人は部活してねーだろーな? この調子で夜まで待たされたら蹴るぞ」
「是非」
笑顔を浮かべるイワモンを、璃紗は冷たく見下ろした。
そしてなぜか身悶えるイワモン。
その理由を理解することは、悠乃の脳が拒否した。
「ゴホン……。まあ、そのあたりは抜かりない。
「ま、ならもう少し待ってやるよ」
そう言うと、璃紗は校門に背中を預けたまま目を閉じた。
その姿はあまりに堂々としたものだった。
羨ましい限りである。
なぜなら悠乃たちは――
「「み、見られてる……!」」
悠乃と薫子は絶賛緊張中だったからだ。
理由は簡単だ。
悠乃、璃紗、薫子、そして豚猫。
異色な三人が校門前で待ち構えているのだ。嫌でも人目につく。
それに璃紗も薫子もベクトルこそ違えどどちらもかなりの美少女。
注目されないわけがない。
自分にも男子の目が注がれている気がするが悠乃は気にしないことにした。自分の精神衛生のために。
ともかく、悠乃たちはすさまじい数の視線にさらされているのだ。
璃紗は例外としても、悠乃と薫子には酷すぎる状況だった。
「か、帰りたい……」
「吐き気がしてきました」
悠乃と薫子は顔を青くしている。
新人魔法少女をスカウトするという目的がなければ、さっさと退散しているところである。
「なあ、あの子可愛くね?」「高校生、だよな?」「なんかオドオドしてて……庇護欲そそられるな」
「……ひぇ」
周囲から聞こえてくる会話に悠乃は身震いした。
男子に告白されてきた嫌な思い出が走馬灯のように脳裏を駆ける。
すでに半泣きである。
「璃紗ぁ」
悠乃がすがるように璃紗を見つめると、彼女は目を開き困ったような表情を浮かべる。
そして――
「ちょっとお前たちさぁ。……何見てんだ?」
璃紗は苛立ちを隠さない声音で周囲の男子を威圧した。
実際の機嫌の悪さもあって、その声には殺気じみたものがこもっている。
「ひ、やべぇ……」「人間、だよな?」「絶対、どっかの組の
そんな言葉を残し、男子たちが去ってゆく。
いや。男子に限らず、璃紗を中心としてほとんどの人が離れていった。
「すご……」
「わたくしたちにはできない芸当です」
「別に誇れるようなもんじゃねーだろ」
感心する悠乃と薫子から目を逸らし、璃紗はそう言った。
照れ隠しなのか、妙にわざとらしい咳払いをして彼女は再び目を閉じる。
「んーっと」
悠乃は手元にある二枚の写真へと視線を落とす。
そこには白と黒の少女が映っていた。
それが二人の名前だそうだ。
彼女たちは双子のようで、両者ともに魔法少女として高い素質を持つという。
「正直、先人としては、未来ある後輩を戦いに巻き込むだなんてしたくはないんだけどね……」
魔法少女として命がけで戦った過去がある悠乃だからこそ思う。
彼女たちをスカウトすれば戦いは楽になるかもしれないが、彼女たちの人生に与える影響を想えば気が進まないと。
「そうですね。うふふ……。わたくしみたいに一生を棒に振るかもしれませんしね。……あはは」
光の消えた瞳で薫子は呟く。
金流寺薫子は名家の令嬢として生を受けた。
そんな彼女は成功者としてのレールを歩み続けることを求められ続けられていたという。
しかし彼女は中学受験で理想的なレールから外れることとなる。
ちょうど受験の直前に魔王との決戦――グリザイユの夜と呼ばれる事件が勃発したのだ。
大切な期間を寝る間もないほどに奔走することになった彼女は、肝心の受験当日に体調を崩したそうだ。
そうして両親に提示されていた道を転がり落ちた彼女は現在、家族全員からいないもののように扱われているという。
それは極端な例かもしれないが、魔法少女として生きることがノーリスクではないことを示す一つの証拠となるだろう。
「まあ、わたくしたちが戦力を補充しなかったせいで残党軍が勝つようなことがあれば、人間の未来は存在すらしなくなりますが」
「……怖い事言わないでよ」
結局のところ、それが黒白姉妹を勧誘せざるを得ない最大の要因である。
悠乃たちが負けることは、人間の破滅を示す。
であれば多少のことには目を閉じなければならないのだ。
それが結果的に、多くの人を救うこととなる。
もっとも、本人たちが強く拒否するのであれば違う人間をスカウトするつもりではあるのだが。
「あ、あの二人ではありませんか?」
悠乃が思考に沈んでいると、薫子がそう言った。
彼女が視線で指す方向を見ると、そこには写真と瓜二つの双子がいた。
黒白春陽。
雪のように白い長髪。
顔立ちは美人に近い。だが天真爛漫な振る舞いもあり可愛いという表現のほうがしっくりくる少女だ。
中学三年生ということらしいのだが、仕草は年齢以上に幼く見える。
黒白美月。
肩まで伸ばした黒髪と、メガネが特徴の少女だ。
双子ではあるものの、春陽を姉と呼んでいるらしい。
おそらく姉の気質が影響しているのだろう。妹である彼女は、姉とは打って変わって固すぎるほどに真面目そうだ。
中学三年生には見えないほど理知的である。
「……よく考えると、イワモンの情報網って変態臭い……」
イワモンからもたらされた情報を反芻して、悠乃は表情を曇らせた。
こんな詳細な情報をどうやって調べておいたのかと思うと、気になる反面、考えてはいけないような気もする。
「と、ともかく二人が現れた以上……」
「ど、どうしましょう?」
薫子に尋ねられ悠乃は硬直する。
「どうするって……話しかける……かな?」
そう。それが正しいはずだ。
まず話しかけなければ何も始まらない。
それは理解できている悠乃なのだが、どうにも勇気が出ない。
初対面の女子中学生に話しかけられるようなコミュ力を悠乃は持ち合わせていないのだから。
そしてそれは薫子も同じことだった。
「何と話しかければいいんですか? わたくし初対面の人に話しかけるなんてできません……。しかも相手は女子中学生ですよ? もしも『えー? なんですかこの貧乳ババア。口臭いんでこっち来ないでもらえますぅー? あたしらー、Dカップ未満とは喋る気ないんですけドォ?』とか言われたら死んじゃいます。すでに死んだように生きていますが引導を渡されてしまいます」
「え? 最近の女子中学生ってそんな感じなの? そんなこと言われたら僕だって死んじゃうよぉ」
恒例のネガティブ妄想だと分かっていても、悠乃は青ざめる。
女子中学生にそんなことを言われたら確実にトラウマになる。
ガラスのハートが木っ端微塵である。
「ったく……アタシが行くよ」
見るに見かね、璃紗が黒白姉妹に向かって歩き出す。
正直、このままでは戸惑っているうちに黒白姉妹を見送る未来が見え始めていたので助かる。
「り、璃紗に任せておけば大丈夫だよね?」
「た、多分そうです……! 璃紗さんは、小学校の頃から友人が多かったですし……! 間違いないです……!」
悠乃と薫子は校門の陰に隠れながら璃紗を遠目から観察する。
一方、璃紗は堂々と黒白姉妹のいるところまで歩いてゆく。
完全にアウェーな場所であそこまで普段通りで行動できるというのは、それだけで悠乃にとっては英雄のようなものだった。
「ああ、ちょっとそこの二人さ」
「「?」」
璃紗はついに黒白姉妹を呼び止める。
初対面の人間に呼び止められたことで、黒白姉妹の頭上に疑問符が浮かぶ。
そこで璃紗は――多分、少しでも相手の警戒心を削ごうとしたのだろう――微妙に引き攣った作り笑いを見せ――
「ちょっと話があンだけどさ……ツラ貸してくんね?」
「「さ、誘い方がおかしいッ……!?」」
(どう考えても無事に帰してもらえそうに聞こえないよぉ……!)
自分たちが黒白姉妹の立場であれば絶対に震えあがるであろう口説き文句を口にした璃紗に戦慄する悠乃と薫子。
あんな台詞で誘うくらいなら、挙動不審な悠乃たちが行ったほうがマシだ。
とはいえ後悔先に立たず。
黒白姉妹の一人――美月が沈黙したまま春陽の手を取って歩き出していた。
そのまま二人は璃紗を素通りして校門を目指す。
完全に美月からは不審者認定されていた。
一方で春陽は事態が呑み込めていなかったようで――
「ツッキー? あの不良みたいな人呼んでたよー?」
「姉さん喋らないでください。目も合わせたら駄目ですよ。気付かなかったフリをしてください。絡まれたら困ります」
「んー分かったー」
美月の言葉に、春陽は間延びした返事をする。
「ヤンキーさん。絡まれたら困るからじゃあねー」
「いやむしろケンカ売ってるだろ!」
璃紗がそう言い返したのは無理からぬことだろう。
一方、春陽は手を振りながら「ほぇ?」と自分のしたことを理解できていないようにも見える。
「姉さん……! 逃げますよ……!」
「うんー? 分かったよー」
美月はこのままでは大事に発展すると判断したらしい。
彼女は春陽の手を取ると、一目散に走りだした。
「イワモン! 飛んで先回りだ!」
璃紗が指示を飛ばす。
対して、指示を受けたイワモンは――地面に寝転がって女子中学生のスカートを覗いていた。
もっとも、女子中学生たちは相手がセクハラ豚猫などとは知らずに無邪気にイワモンを撫で回しているのだが。
彼は自分の姿が猫であることを悪用しまくっていたらしい。
「イワモン! さっさと飛んで追えよ!」
「にゃん? 猫は翼なんてないにゃんよ?」
「すっとぼけてんじゃねぇよ! ぶっ殺すぞテメェ!」
ただの猫のフリをして女子中学生のスカートを観察し続けるイワモンに璃紗は激怒していた。
あと、イワモンが無駄に純朴そうな目をしているのが妙にムカつく。
小首をかしげる動作なんかが特に。
「あと璃紗嬢。君の勘違いを朕は訂正せねばならない」
「あ?」
苛立ちのせいか、璃紗の返事はかなり雑である。
「朕は飛べない! デブだから!」
「…………」
――人がキレると本当にブチリという音がすることを悠乃は初めて知った。
「それならよー?」
一周回って穏やかな表情になる璃紗。
彼女はすでに足を後方に引いて構えている。
「転がって追いかけやがれェェッ!」
「ありがとうございますッ!」
璃紗はイワモンを強烈な蹴りで吹っ飛ばした。
彼女の専門は野球のはずだが、どうやらサッカーの才能もあったらしい。
彼女の弾丸シュートは正確に黒白姉妹に迫る。
そして白い肉玉は完璧な精度で黒白姉妹の足を片方ずつ捕えた。
「「きゃぁ!?」」
イワモンに足を取られ、黒白姉妹は逃走半ばにして転ぶ。
なんとか顔面着地は免れたようだが、璃紗が追いつくまでに再び走り出すことは不可能だ。
「ムフフ。女子中学生の太腿を朕は今、堪能している。しかも、双子の足を左右で同時にという背徳感。こればかりは世界を救った英雄とはいえ、法律という壁に阻まれて味わうことのできぬエデン……」
イワモンは満足げな表情で黒白姉妹の足を抱き寄せている。
正直、かつてとはいえマスコット的存在だった生物がしてはいけないほどゲスな表情をしている。
「ったく、手間かけさせやがって。豚がよォ」
璃紗は腕を組み、そんな黒白姉妹とイワモンを見下ろすのであった。
おそらく、彼女のセリフはイワモンへと向けたものであったのだろう。
しかしイワモンの正体を知らない黒白姉妹に伝わるわけもなく――
「ツッキー。わたしたち豚さんなのー?」
「……見誤りました。私たちはもう家には帰れないかもしれません……」
――まずは誤解を解くところから始まりそうだった。
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