1章 エピローグ お茶会をしましょう

 レディメイドとの戦いが終わった後。イワモンは上司からの指示を仰ぐために一時帰還した。

 そして戻ってきた彼が告げたのは『悠乃たちに魔法少女の力を預けておく』という決定であった。

 今回の件で魔法少女の戦力がやはり必要だと判断されたこと。

 そして今回のように《怪画カリカチュア》が出現し始めてから魔法少女を招集したのでは対応が後手に回ってしまうこと。

 それらを反省した結果の決定だという。

それだけを一方的に悠乃たちへと伝えると、イワモンはさっさと元の世界に帰ってしまった。

 ――これで議会での発言力が増す、とホクホク顔で。


 そんなこんなで戦いは終わった。

 魔法少女たちは日常に戻る。

 前回と違うことといえば、彼女たちは魔法少女としての力を失うことはなかったことだろうか。



「おーい悠乃。皿これで良いかー?」

「うん。大丈夫?」

「安心しろって。落とさねーように左手で持つからさ」

 イワモンが帰還してから数日後。

 悠乃たちは、彼の家でお茶会を開くことになった。

 誰も欠けずに戦いを終えたこと祝うためのお茶会だ。

 みんなで茶菓子を持ち寄って、それをテーブルに広げる。

 昔は頻繁に見られた、それでいて最近はずっと見ることができなかった光景だ。

「うふふ。お菓子作りはわたくしが魔法少女としての活動以外で唯一輝ける場所。『鳶が鷹を生む』ならぬ『ゴミが菓子を焼く』です。うふふ。わたくしなんかがお菓子様を焼かせていただくだなんて恐縮です。本来であれば、焼かれるのはわたくしの死体の仕事だというのに」

「なあ悠乃。なんで薫姉はこんなになっちまったんだ?」

 蒼井悠乃。

 金流寺薫子。

 朱美璃紗。

 かつて魔法少女として世界を救った三人が一堂に会し、語り合う。

 その内容は高尚なものなどではなく、他愛のない世間話だ。

 それも当然だ。

 3人は救世主などと呼ばれるになっただけの高校生なのだから。

「さあ……。最近はわりとスルーすることにしています」

「昔の薫姉から想像もできない扱われ方だな」

 ネガティブ思考に沈みつつある薫子を見て、悠乃と璃紗は小さく息を吐いた。

「安心してください。メイドさんたちにさえ見放されたら本格的に居場所がなくなりますからね。彼らへの賄賂としてクッキーは数えきれないほど焼いてきました。腕前は保証しますよ」

「いや。その保証のされ方は反応し辛ぇーよ」

 そう言いつつも、璃紗の目は薫子が持っているクッキーへと向けられている。

 彼女が作るお菓子が美味しいことなど、悠乃たちの間ではとっくの昔から共通認識なのだ。

 悠乃たちが茶会の準備を着々と進めていると――チャイムが鳴った。

「ん? 誰か来たぞ」

 璃紗が手を止める。

「うん。実はもう一人呼んであるんだっ」

 そう言うと、悠乃は玄関へと駆けてゆく。

 何かを察したのか、璃紗と薫子も彼の後を追った。

 悠乃は玄関の扉を開く。

「いらっしゃい。お茶会の準備は上々だよ」

 彼は目の前にいる人物へとそう告げた。

 灰色の髪を巻いた、小さな少女へと。

「美味しい紅茶はいかが?」

 そう悠乃が問いかけると、灰色の少女――灰原エレナはにやりと笑う。

「くく。妾が喫茶店の看板娘と知っての言葉かの?」

「もちろん。僕たちのお姉さんが煎れる紅茶はすごく美味しいんだ」

「そうか。では、楽しみにしておくのじゃ」

 エレナは玄関に入ると、手にしていた袋を掲げた。

 そこに入っているのはスコーンだ。

 形が多少不揃いなので、手作りなのだろう。

「焼いたのは妾じゃからの。絶品とまでは言えぬかもしれぬが、レシピは一級品じゃ。味は保証するのじゃ」

「魔王の名に賭けて?」

「否、看板娘の名に賭けてじゃ」

 そう言ってエレナは悠乃に笑いかける。

 あの戦いの後、悠乃たちは彼女とも交流を続けている。

 魔王グリザイユとしてではなく、灰原エレナという一人の友人として。

 四人目が現れたことで、茶会のメンバーは揃った。

「じゃあエレナも皿を並べるの手伝ってよ」

「無論じゃ。看板娘の実力を見せてやろうぞ」

「そんなに大層な技術がいるの……?」

 悠乃は戸惑いながらも茶会の準備を続けてゆく。

「エレナさん」

「ぬ?」

 薫子が神妙な表情でエレナの手を握る。

「もしよろしければ、紅茶を煎れるコツのようなものを教えていただけませんか? わたくしも工夫はしていますが、所詮素人ですし。やはり実際にお店で働いている方の意見も聞いてみたいです」

「妾も自分で煎れたことはないからのぅ。あの夫婦から教わったことをそのまま教えることしかできぬが構わぬか?」

「はい。充分です」

 エレナと薫子はそんなやり取りをしながら紅茶を煎れる。

 すぐに馴染めたようで良かった。

「うふふ。紅茶って良いですよね。それに対して本当にわたくしはゴミです。きっとわたくしでお茶を煎れても、腐敗臭のする薫汁しかでないのでしょうね」

「なぜそんなに卑屈なのじゃこの女は……」

「それにしてもどうしましょうか。アドバイスの代価として命を差し出そうにも、釣り合いが取れていません。そうですね――わたくしのクッキーでお許しくださいませんか? ああ大丈夫です。このクッキーはわたくしの命より高価ですから」

「お……おぅ」

 ――馴染めているの……だろうか?

 エレナの目からSOS信号が送られてくるが、悠乃は無視する。

 仲が良さそうで良かった。本当に良かった。

 別に関わりたくないから放っておいたわけではないのだ。

「助けてやんねーの?」

「早めに慣れていただきます」

 悠乃は璃紗にそう答えた。

 それを聞いて璃紗も「それがいいかもな」と同意して静観する。



「じゃあ、みんなに行き渡ったね」

 そんなこんなで準備は整い、悠乃たち四人はテーブルを囲む。

「これよりお茶会の始まりだ」

 悠乃がティーカップを持ち上げると、全員がティーカップを手にする。

「乾杯」

 そんな一言と共に、悠乃たちは紅茶を口にする。

 ――と思ったのだが、なぜか悠乃以外は誰も紅茶を飲んでいない。

「?」

 ティーカップに口をつけたまま停止する悠乃。

 なぜか他の三人は笑いをこらえるような表情をしている。

「そぉーいえばさぁ、悠乃?」

「?」

 璃紗が切り出す。

「悠乃君。今日のニュース見ましたか?」

「? ?」

 薫子からの突然の話題に、悠乃は疑問符を浮かべる。

 それを見て満足げにエレナが頷く。

「いかんのぅ。ニュースをまったく確認しとらんとは、それはいかんの」

 そんなことを言いながらエレナは懐からケータイを取り出し、悠乃へと画面を見せる。

 そこには、青髪をたなびかせて戦う1人の少女。

 花嫁衣装を纏い、氷の翼を背負って飛ぶ凛とした少女の姿があった。

「――――――――――――――――ふぇ?」

 紅茶を口に含んだまま悠乃は硬直する。

 それが致命傷になった。


「「「『5年越しの奇跡。マジカル☆サファイア現る』」」」

「ぶふぅッ!?」

 三人からニュースのタイトルを告げられた悠乃は、紅茶を盛大に噴いた。

「もぅやだぁぁぁぁぁぁ!」

 悠乃は心の底からそう叫ぶのであった。



「ぅぅぅ……。顔面に紅茶を浴びても誰も気付いてくれない。わたくしって本当にゴミですね……」

 そんな中、悲しみに暮れながらハンカチで顔を拭く少女がいたのはまた別の話である。

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