第7話「甘やかす事も大好きなんだ」
「――それじゃあ私は帰るね」
神楽坂さんと話して満足したのか、来てから一時間も経たずに佐奈が帰ろうとする。
さっさと帰ってくれと祈っていたけど、予想以上に早くて驚いた。
「もう帰るのか? ほぼ文句を言いに来ただけじゃないか」
「文句を言いにって――誰のせいでそうなったのかな?」
しまった、
余計な事を言ったせいで佐奈に白い目を向けられている。
かわいい妹だったはずなのに、今日の佐奈は素っ気なくて冷たい。
これも思春期によるものなのか――いや、どう考えても俺のせいだよな……。
佐奈が冷たくなった事を思春期のせいにしようとしたけど、散々佐奈を怒らせる事をした自覚があるため目を逸らすのはやめた。
だけど、今まで積み上げてきた物がボロボロと壊れていき、少しだけ泣きたくなる。
「別にそんな急いで帰らなくてもいいよ」
「明日からまた仕事で忙しいんでしょ? 神楽坂さんとの時間を私が取ったら悪いじゃん」
どうやら佐奈は俺と神楽坂さんに気を遣ってくれているようだ。
やはり佐奈は気遣いができるかわいい妹だ。
将来いいお嫁さんになるだろう。
しかし、その妹の気遣いが今は辛い。
なんせ嘘をついているようなものなのに、それで気を遣わせているのだ。
これで何も思わないほど俺は屑ではない。
「それにまだ夏休みはたくさん残ってるから、また別の日に来るよ」
今は八月に入ったばかり。
高校生である佐奈には休みがいっぱい残っているのだ。
正直凄くうらやましい。
そういえば、神楽坂さんも今は夏休みなのか。
明日からこの子一人にさせる事になるけど――まぁ、もう大丈夫だよな。
佐奈のおかげで身元を知る事ができた。
何かあっても逃げられる事はないだろう。
しかし一つ疑問なのは、高校にも普通に通っているのにどうして家出をしているのかという事だ。
どう考えても生活に困っていないだろうし、夏休みの間だけ遊び歩きたいという事なのだろうか?
やはり、知れば知るほど神楽坂さんについて謎は増えてしまっていた。
下手につついて地雷を踏むわけにはいかないので迂闊な行動は取れないけど、彼女が何を考えて居候をしているのかは知りたいところだ。
「そっか、それじゃあ車で送っていくよ」
「うぅん、いい。お腹空いてるから何処かで食べてから帰るから」
「んっ? ご飯食べてなかったのか?」
「お兄ちゃんにおいしい物食べに連れていってもらう予定だったから、お昼ご飯食べずに出てきたの」
「だったらそういえばよかったのに……。俺たちと一緒に食べたらよかったじゃないか」
お腹が空いたまま俺たちが食べているところを見るのは辛かっただろうに、どうして言ってこないのか。
佐奈の行動に呆れていると、なぜか佐奈も溜め息を吐いた。
そしてどうしようもない駄目人間でも見るかのような目で俺の顔を見つめてくる。
「もう、ほんとお兄ちゃんはこういう系はだめだよね。神楽坂さんがお兄ちゃんのために一生懸命作った料理を私が食べるわけにはいかないでしょ。ちゃんと彼女さんの気持ちを考えなよ」
何を言われるのかと思うと、まさかの駄目出しだった。
さっきから佐奈の中で俺の評価が駄々下がりな気がする。
正直かなり辛い。
だけどここで反論しても今の佐奈だと聞く耳を持たないだろう。
むしろ余計に文句を言われてしまいそうだ。
それに、佐奈の行動は全て神楽坂さんに対する気遣いのため、俺が言い返すわけにもいかない。
身長は140後半しかなく、顔も童顔で声なんてアニメ声なのに、知らない間に佐奈は大人になっていたようだ。
……見た目は中学生と変わらないけど。
「なんだろ、今お兄ちゃんが私に対して失礼な事を考えた気がする」
「き、気のせいだよ」
図星を突かれ、白い目を向けてくる佐奈の言葉を慌てて否定する。
だけど佐奈はなんだか物言いたげにジッと俺の顔を見つめてきていた。
どうやら中学生と変わらない見た目とか思っていた事が完全にバレているようだ。
兄妹間では隠し事ができないという事だろうか。
「神楽坂さん、こんなだめだめお兄ちゃんだけど、人としてはいい人だからどうか見捨てないであげてね」
何を思ったのか佐奈は、俺に対して溜め息をついた後神楽坂さんに頭を下げた。
妹の兄に対するイメージが酷すぎる。
一緒に住んでいた頃なんて全く傍を離れないくらい甘えん坊だったくせに。
「おい、佐奈。それはいくらなんでもあんまり――」
「――大丈夫です、お兄さんの面倒は私が責任を持って見させて頂くので」
「……神楽坂さんもさ、悪ノリしないでくれ」
両手を合わせて笑顔で返事をする神楽坂さんに、俺は溜め息混じりに注意をした。
この二人、元々は仲がよさそうではなかったのに、たったこの数十分の間に意気投合してしまったようだ。
俺に限ってのみ、この二人は混ぜるな危険のような気がする。
「じゃ、お邪魔虫は帰るよ。また学校――は日が大分開いちゃうから、またね、神楽坂さん」
佐奈は本当に帰ってしまうようで、玄関に出て靴を履き終えると神楽坂さんに別れの挨拶をした。
神楽坂さんも笑顔で別れを告げて頭を下げる。
この子は軽い女の子かと思ったけど、終始佐奈に対しては丁寧な対応をしていた。
もしかしてお嬢様なのだろうか?
だけど、それならもっと家出をしている理由がわからない。
「お兄ちゃんも、ばいばい。たまにはおうちにも顔を出してよね」
神楽坂さんに気を取られていると、佐奈が若干頬を膨らませて話しかけてきた。
文句を言いたげなのは、俺がほとんど家に帰らないせいだろう。
社会人になると用事がない限り家に帰らなくなるため、正月などのイベントごと以外では顔を出していない。
それが佐奈には気に入らないんだと思う。
「まぁ仕事に余裕ができたらな」
「うわぁ、絶対こないよ、この人」
さすが妹。
兄の事をよくわかっている。
正直家に帰るつもりはほとんどないのだ。
それに今は神楽坂さんがいるため余計に帰る事はできないだろう。
だけど俺は余計な事を言ったりはしない。
その代わり、別の話題を振る。
「佐奈、これでおいしい物を食べて帰りなよ。後、ほしい物を買うといい」
俺は財布から一万円札を取り出し、おこづかいの意味も込めて佐奈に渡す。
すると佐奈は凄く嬉しそうにお金を受け取った。
神楽坂さんとは大違いだ。
「やったぁ、ありがとうお兄ちゃん! さすがお金持ち!」
「お金持ちというか、稼ぐだけで使う暇がないだけなんだけどな」
実際残業ばかりでお金はいっぱい入るのに、使う時間がないためお金は貯まる一方だ。
結婚の事も考えていたし、二十四歳にしてはかなりの貯金があると思う。
でも三六協定に違反しそうになると、その時間以降は全てサービス残業になるし、体もしんどいため他人におすすめできる職場ではない。
もし佐奈が入社したいとか言い出したら全力で阻止をするだろう。
「じゃ、もう本当に帰るね」
「あぁ、勉強頑張りなよ」
「あっ……えへへ。うん!」
頭を撫でてあげると、佐奈はとても嬉しそうに頬を緩めた。
やはり頭を撫でられる事が好きなところは変わらないようだ。
こういうところは本当にかわいい妹だと思う。
だから甘やかしたくなるんだよな。
「――そっか、お兄さんは甘やかす事も大好きなんだ」
「ん? 神楽坂さん何か言った?」
佐奈の頭を撫でていると神楽坂さんが何かを呟いたように聞こえ、俺は彼女のほうを振り返った。
だけど神楽坂さんは首を横に振り、笑顔で口を開く。
「いえ、何も言ってません。須山さん、お気をつけてお帰りください」
「うん、ばいばい、神楽坂さん。お兄ちゃんをよろしくね」
神楽坂さんの挨拶を皮切りに、佐奈は自分の家へと帰ってしまった。
折角来てくれたのに可哀想な事をしてしまったと思う。
また来た時にはちゃんとおいしい物を食べに連れて行ってあげようと思った。
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