第628話 その冒険者を捕らえて処刑しろ!

執事 「お館様、大変でございます! 坊ちゃまが……!」


サルタ子爵 「そんなに慌ててどうしたのだ…?


―――おお、なんて姿だ!?」


悶絶したままのルイが冒険者達によって領主の館へと運ばれて来たのだ。


そして、両手を失くした息子の姿を見てサルタ子爵は絶句した。


サルタ 「……酷い…


いったい何があった?!」


ポウ 「やったのは、リュージーンという流れ者の冒険者です」


事情を説明しにポウも領主の屋敷にやってきていた。そうしろとリューに言われたからだ。


事は冒険者ギルドの中で起きたのだ。ポウはギルドの責任者マスターである。不在中だったから知らないなどと言っても通らないだろう。後で領主から詰められて色々面倒な事になるのは間違いない。


だがもともとリューは逃げ隠れする気もないし、ズルズル長引かせるつもりもなかったので、先に全部、ありのまま説明しておけと言ったのだ。


サルタ 「冒険者だと…? 貴様、誰かと思えば冒険者ギルドのマスターポウじゃないか! 貴様の指示か!? なぜ息子にこんな事をした?!」


ポウ 「いえいえ! 私は関係ありません、流れ者だと言ったでしょう? なんでも、昨日街に着いたばかりだそうで。私が出かけている間にこんな事になっていたので、私は関係ありませんよ? ただ…」


一瞬逡巡したものの、ポウは意を決した。


ポウ 「…そもそも、悪いのはご子息のルイ様です……のようなのですがね?」


少々語尾に弱気が現れてしまったが、ポウとしても、息子の行状を放置していた子爵に、嫌味のひとつふたつも言っておきたい気持ちは常にあったのだ。


サルタ 「ルイが一体何をしたというのだ?!」


ポウ 「冒険者になったばかりの若い娘の胸にルイ様が触りましてね」


サルタ 「その程度の事で! こんな目に遭わされたというのか?!」


ポウ 「それが、その娘の父親がなんとSランクの冒険者でしてね。ルイ様は、よりにもよってその父親の眼の前で嫌がる娘の胸を揉んだものですから。当然、その父親が激怒。その結果、このような事になりました。


まぁ、相手はSランクですから。殺されなかっただけ良かったかと」


サルタ 「たかが胸を触ったくらいで殺すなど…」


ポウ 「あの。ご子息の破廉恥な行動については以前から苦情を申し上げていたはずですが? 私は以前から言ってましたよね? いつかこんな事が起きるんじゃないかと。


閣下がキチンとご子息を諌めて頂ければ、このような事は起きなかったかと思いますが?」


サルタ 「俺が悪いというのか!」


ポウ 「…っ、いえ、その…まぁ、なんと言いますか、そういう事だと思いますが…」


怒気を込めて睨みつけるサルタ子爵に少し及び腰になりつつも、始めてしまったのだからとポウも引かない。


サルタ 「仮に息子が多少、平民の女相手に多少悪さをしたとて、その程度の事がなんだと言うのだ? こんな目に合わされるほどの事か? 両手がないではないか…これは火傷か? 酷い事を…」


ポウ 「それは、まぁ…。ちょっとやり過ぎかな? とは思いますけどね」


サルタ 「その冒険者を捕らえて処刑しろ! どこに居る?!」


ポウ 「まぁまぁ。慌てなくても大丈夫、居場所は分かっています、ギルドの近くの宿にいるそうです。当人から伝言です、『逃げも隠れもしない、文句があるなら直接言ってこい』と…」


サルタ 「いい度胸だ! ならばすぐに騎士を向かわせて~


ポウ 「その前に! ご子息の治療をされた方が良いと思いますよ? 今、ラジルがこの街に帰ってきているそうですから。ラジル、ご存知でしょう?」


ラジルというのは、この国の貴族であれば知らぬ者とてない高名な治癒士である。治癒魔法が使える者は多いが、ラジルは身体の欠損までも復元治癒させてしまう【エクスヒール】が使える稀有な治癒魔法師なのだ。


ポウ 「実はラジルはこのジルチの街の出身でしてね。たまたま休暇で里帰りしていたようです。休暇が終わってラジルが王都に帰ってしまう前に、治療を依頼したほうがよろしいかと。王都でラジルの治療を受けようとしたら随分長く待たされるらしいですからな。でも、休暇中の今なら…


…件の冒険者は名前も居場所も分かっていて、本人も逃げも隠れもしないで待っていると言っているのですから、多少後回しでも大丈夫でしょう」


サルタ 「…そんな事を言いながら、その冒険者を逃がすつもりじゃなかろうな?」


ポウ 「そんな事はありませんよ、私だって今日初めて会ったんですから。そんな見ず知らずの冒険者を庇う理由はありません」


それを聞いたサルタ子爵は慌ててその治癒師ラジルを呼びに行かせたのであった。



 ――――――

 ―――― 

 ――

 ― 




 ― 

 ――― 

 ――――― 

 ―――――――



サルタ 「お前は王都でも高名な凄腕の治癒師だそうじゃないか。手足の欠損も治せるとか?」


ラジル 「治せますが…この街には休暇で来ているので、仕事はしたくはないのですが?」


サルタ 「ふん、治癒師として有名になって天狗になっているのだろうが、お前、実は、ただの平民だそうじゃないか? 子爵である私に逆らってタダで済むとおもっているのか?」


ラジル 「私は王都でドラグル公爵の保護を受けています。たかが子爵ごときが手を出す事などできるとお思いで?」


サルタ 「ドラグル公爵だと!? …くそ!」


執事 「ラジル殿。あなたはこの街には里帰りで来ているとの事ですが…ご家族に会いにいらしたのですよね?」


ラジル 「……? それが何か?」


執事 「いえ、ラジル殿は王都に帰れば公爵様に保護してもらえるのでしょうが、ご家族はそうは行かないのではないかと思いましてね」


サルタ 「はっ、そうだ! お前の家族は。この待ちに休暇で里帰りしたと言うことは、お前の家族はこの街で生活しているのだな? 街の領主に逆らったら、その家族の生活がどうなるか…」


ラジル 「はぁ…やっぱりそうきますか。これだから貴族は…」



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


ラジルの治療でルイの腕は治るが…?


乞うご期待!


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