第579話 やられたらやり返す!

オイレンはレスターを治療するために高価な治療薬をアケルから渡されていた。


もちろんアケルが治療を指示したのは温情などではなく、簡単に殺さず、貴族に逆らった事を後悔しながら、貴族への恐怖心と従属心を滲み付け、負け犬として生きさせるためである。身体は元通り治っても、心は折れているというわけである。アケルはヒムクラート子爵に仕えている時から、言うことを聞かない平民はそのような手を使って調教していたのだ。


治療薬を使おうとしたオイレンを見て部下の一人、クックロが言った。


クックロ 「親分、そんなの使うのはもったいねぇよ。ガキに使うくらいなら売って酒を買おうぜ」


オイレン 「だあってろクソが!」


部下をぶっ飛ばし、オイレンはちゃんとレスターを治療した。それは、少しだけレスターを見直していたからであった。


オイレンは、レスターの心を折るつもりだったが、レスターはいくら殴りつけても、最後まで、マンドラゴラについての情報を吐かなかったのだ。


オイレン 「ただのクソガキだと思ったのに、意外と根性あるじゃねぇか…」


ただ、最終的にレスターは、マンドラゴラの情報をオイレンに喋った。それは、孤児院の他の子供達を一人ずつ拉致して拷問に掛けると脅されたためであった。


リューに相談すればすべて解決してくれる、たとえ相手が貴族だろうが王族だろうが叩き潰してくれる、それはレスターも知っていたはずだったが……。


だが、絶対とは言い切れない。子供達は増える一方である。それをリュー一人で完全に守り切るのは難しいかも知れない。どこか目の届かないところで拉致されたら…? 実際に自分は不意を突かれて拉致されてしまった。


リューの神がかった強さはどこかリアリティがなかったが、実際に自身が体験した痛みはリアルであったのだ。


それに、リューはいずれまた旅に出ると言っていた。リューにいつまでも守ってもらうわけには行かないのだ。だからこそ、一人で解決しようと思ったのだ。




  * * * * *




アリサ 「レスター……? 大丈夫?」


怪我はないようだが、何かがあったのは確かだ。それに、帯刀していたはずの剣は腰からなくなっていた。


アリサ 「どこに行ってたの?」


レスター 「……」


アリサ 「……とりあえず、孤児院に帰ってモリー先生とヴェラ院長に報告を」


レスター 「それはダメだ! …その必要はない」


アリサ 「レスター?」


レスター 「…大丈夫、これは、僕が、自分でちゃんとケリをつけるよ、お願い、そうさせて…」


アリサ 「レスター……


…分かった。


モリー先生達には言わない。誰にも言わない。その代わり、僕にだけはちゃんと教えて。


何があったの?」


じっとレスターの顔を見つめるアリサ。観念したレスターは全てをアリサに話したのだった。


話を聞いたアリサの目に冷たい殺気が宿る。だが、レスターがそれに待ったを掛けた。


レスター 「アリサ、待って。これは僕が自分で解決する。このまま、やられっぱなしで終わるわけには行かないんだよ! やられたら、必ずやり返す!」


レスターの心は折れてはいなかった。


そして、その様子を亜空間から見ていたランスロットの顔に笑みが浮かぶ。(骸骨の顔なので表情はないのだが。)


   ・

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実は、ランスロットは一連の事態を最初からすべて把握していた。レスターを亜空間からずっと見守っていたのである。


ずっと一人で行動していると思っていたレスター。幼い頃付いていたスケルトンの護衛は、レスターが冒険者になった時、もう要らないとレスターが自ら断ったため、付かなくなった。


だが、それは表向きであり、実際には担当のスケルトンが亜空間からずっと見守っていたのである。ただし、本人の意志を尊重して、本当にギリギリまで、命に関わる状況になるまでは、多少の怪我程度なら手助けはするなという指示を受けていたのだ。


当然、ジョーズと戦っていた時も、オイレンにリンチを受けていた時も、見守っていた兵士から報告を受けたランスロットが駆けつけ、すべて見ていた。もちろん、いよいよ命に関わるという時には手を出すつもりであった。だが不幸にも―――オイレン達にとっては幸にもと言うべきか―――殺すなと命じられていた事もあり、オイレンと部下達の暴行も手加減しながらの甘いものだったため、多少痛い思いはしても、レスターの命に関わるほどではなかったのだ。






後で(すべてが終わってから)それらの報告を受けたリューは怒ったが。しかしおそらく、リューが事前に知っていたら、すぐに手を出してすべて解決して終了してしまったはずである。ランスロットはそれが分かっていたからリューには報告を入れなかった。


それは、ランスロットがレスターに与えた試練であったのだ。レスターが思い詰めていた事―――いつかリューは居なくなるのだから、自分が独り立ちしなければ、という思いは間違ってはいないし、何より、自分も立派な強い冒険者になりたいというレスターの希望を叶えてやりたかった。


さらに言うなら、ランスロットは、レスターが優れた剣士になる事を確信していた。努力を続ければ、いずれは剣聖と言われるような領域にすら辿り着けるだろうと、その才能に期待していたのだ。


確かに酷い目にあったレスターであったが、その程度で心が折れるなら、剣聖になどとてもたどり着けないだろう。それどころか、凡庸な冒険者として、どこかで魔物に殺されて終わる事になるだろう。それなら、冒険者など辞めさせて、別の道を歩ませたほうが良いかも知れない。


だが、レスターは折れてはいなかった。レスターは剣を奪われたため、孤児院に予備の剣を取りに戻り、その足で復讐に向かうつもりだったのだ。不意打ちでなければ、縛られていなければ。もう油断はしない。レスターの目には暗い復讐の闘志が宿っていた。


レスターがまだ自力で解決しようとして動いている以上、ランスロットは、自分の出番はまだであると判断した。できるだけ自分の力でやらせてやりたかったのだ。


いつまでも子ども扱いしているわけにも行かない。


孤児院の子供達も増え続けるし、その子達も、いずれすぐに、独り立ちして生きていかなければならないのだ。そのためにも、自分で色々と経験していく事は必要だとランスロットは考えていた。


ここは、簡単に人が死ぬ世界である。温室育ちの子供では、成人できてもすぐに魔物か盗賊に殺されてしまうだろう。あるいは、騙されて借金奴隷に落ちるだけである。この世界で生き延びるのに必要なのは技術ではない。多少の事ではへこたれない泥臭くも逞しくい精神なのだ。


ランスロット 「リューサマは、いずれまた旅に出るのでしょう? リューサマが居なくても立派に生きていけるように、多少転んで痛い目を見ても、手を貸さずに自分で立ち上がるのを見守ってやるのも愛情ではないですか?」


事後報告に怒っていたリューも、そう言われると言い返せないのであった。


    ・

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アリサ 「レスター…


…分かった。


リューに頼らず自分でなんとかするというのには賛成」


レスター 「そうだろう? じゃぁ…」


アリサ 「だけどレスターはひとつ間違ってる」


レスター 「?」


アリサ 「アタシも手伝う」


レスター 「いや、これは僕が解決しなくちゃいけない問題なんだ…」


アリサ 「一人で全部抱え込む必要はない。


一人でなんて、できる事に限界がある。


でも、力を合わせれば、できる事は多くなるし、人はもっと強くなれる。


その時、その時に、周りにいる人達と、協力できる事は協力していく。


それも大切」


レスター 「…そうか、そうだね…分かった」


アリサ 「少し休む?」


レスター 「いや、大丈夫」


アリサ 「ん」


アリサは自分のマジックポーチ入っていた予備の剣をレスターに渡した。


頷き合うと二人はそのまま、破落戸達の居る宿へと向かったのであった。



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


アリサ 「大丈夫、レスターは負けない」


乞うご期待!


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