第570話 ヒムクラート子爵家の事情

アリサ 「殺されそうになったから返り討ちにした。これなら正当防衛。殺しても問題ない」


レスター 「今わざと隙を作って誘ってなかった?」


アリサ 「そうであっても、襲っていい理由にならない。まともな奴なら襲っては来ない。悪い奴の事は多少知ってる襲ってくるようなそういう奴は、捕らえてもどこかで逃げ出そうとするし、逃げれば逆恨みして復讐のために罠を張ったり、影でコソコソ嫌がらせしたりしてくるんだ。生かしておくとろくな事はない」


レスター 「へぇ、そういうもんか、ね…」


アリサ 「死体、捨ててくる。先に帰ってて」


レスター 「正当防衛なら隠さなくてもいいんじゃ?」


アリサ 「ギルドに届ければ、リューにバレる」


レスター 「そうだった」


アリサは既に息絶えたジョーズの身体を掴むと、そのまま転移を発動し、その場から消えていった。


リューと違い、アリサの転移能力は限定的で、短距離しか飛べない。しかも、自分以外の生物は一緒に飛ぶ事はできない。生命のないモノであれば触れていれば一緒に転移できるが、あまり大きなモノは無理である。


死体は既にただのモノ扱いなので転移可能である。サイズ的にもギリギリ、アリサが持ったまま転移できそうであった。


実は、多少大きくともマジックバッグに収納してしまえば、そのバッグを持って転移する事は問題ないのだが……


マジックバッグには獲った獲物が入っている。それに、獲物は食料にもする事が多いので、マジックバッグに人間の死体を一緒に入れるのは躊躇いがあった。そこで、アリサはジョーズの死体の腕を掴み、そのまま持った状態で転移する事にしたのだ。


アリサは短距離転移を十数回繰り返し、魔境の森の中にジョーズの死体を放り込む。死体はすぐに森の魔物達が始末してくれるだろう。


無造作にジョーズの死体を捨てたアリサは、再び連続転移でトナリ村へと帰っていった。いつもは魔力温存のためにそこまで転移を乱発はしないのであるが、今日はもう日が暮れかけているし、一人で返したレスターが心配だったので、急ぎ変えることにしたのであった。




  * * * * *




トナリ村があるのは、アレスコード辺境伯領である。


アレスコードは子爵だったが、親エド王派であったため、グリンガル侯爵のクーデターが失敗した後、異例の大出世で辺境伯を名乗る事を許されたのであった。


そのアレスコード領の隣にあるのがヒムクラート子爵領であるが、そのヒムクラート家の四男が、ジョーズを送り込んできたパガルである。


パガルは上に兄三人が居り、三人とも健在でしかも優秀であったため、あまり優秀とは言えなかったパガルは、廃嫡こそされていないものの、早い内に家を出され、商会を立ち上げ商売の道に進まされていたのだ。


だが、近年パガルは、父親であるヒムクラート子爵に警告を受けていた。


パガル 「そんな、父上、待って下さい! トワバ要塞の物資補給は私の商会に任せてくれると言ってたではないですか?」


ヒムクラート子爵 「そのためには、ヤッテ商会を黙らせるだけの実績を示せと言ったはずだ。ヤッテとは古い付き合いだ。借金もある。そんなヤッテ商会から文句を言われたら、儂も無下にはできん。たとえ息子であったとしても、無能であれば切り捨てる。そうされたくなければ、結果を示す事だ」


パガル 「結果は…もうまもなく出ます! マンドラゴラの安定供給の目処が立ちそうなのです」


ヒムクラート 「マンドラゴラの安定供給だと? それが本当に可能であれば、新興の商会をねじ込んでも、ヤッテ商会もさすがに文句を言えんだろうな。で、それはいつ頃実現できそうなのだ?」


パガル 「それは…もう間もなくです……現在、配下の者を産地に送り込んでおります」


ヒムクラート 「産地…? マンドラゴラはダンジョンの中でしか採れないと聞いたが?」


パガル 「それは…まだ機密事項でして…」


ヒムクラート 「ふむ、まぁいいだろ。分かっていると思うが、我々にはあまり時間がない。早急に結果を出せ。待てるのは一ヶ月だけだ」


パガル 「一ヶ月…ですか? せめて三ヶ月は…」


ヒムクラート 「一ヶ月だ」


パガル 「……はい」


ヒムクラート子爵が結果を焦っていたのは、アレスコードが辺境伯に出世したからである。


アレスコード家とヒムクラート家はずっとライバル関係にあった。だが、どちらも相手を出し抜く事はできずに居た。それが、グリンガル侯爵のクーデターによって、一気に明暗を分けてしまう事になったのだ。


両家とも、古くからグリンガル侯爵と関係があったのだが、先代のアレスコード子爵が病死した後、後を継いだ息子のカール・アレスコードは、グリンガルと袂を別ちエド王派につく決断をしたのだ。(カールはエドワード王と学生時代に同級生であり、エドワードの人となりをよく知っていたのだ。)


最初は、グリンガル侯爵が圧倒的優勢と思われていた。国内の貴族は、エド王派の者も含めて、グリンガル侯爵がエド王を討ち王位を簒奪するだろうと思っていた。そうなれば、グリンガルを裏切りエド王についたアレスコードも失脚、上手く立ち回ればアレスコードの領地をヒムクラート家が奪えると考えていた。


だが、結果はまさかのクーデター失敗。グリンガル派の貴族は軒並み処分される事となってしまった。


だが、コウモリのように上手く立ち回り、偶然の幸運に助けられ、ヒムクラートはかろうじて家の断絶は免れたのだ。


ヒムクラート子爵は、クーデター時、何かと言い訳を重ねて出兵を遅らせた。ギリギリ最後にクーデターに最後尾から駆けつけ、兵を出し協力したという事実だけ残すつもりであったのだ。だが、行軍の途中で橋が大水で流され立ち往生。もともと出発を遅らせていたせいで、クーデター決行日に間に合わなかったのだ。


クーデターが鎮圧されたと聞き、ヒムクラートは『グリンガルとは古くからの義理もあり逆らえなかったがクーデターにも協力したくなかったため、わざと出発を遅らせ参加しなかったのだ』と言い訳を始め、処罰を免れたのであった。(苦しい言い訳であったのだが、クーデター後の混乱の中、田舎の領地の貴族の事など構っておれず、あまり深く追求される事はなかったのであった。)


とは言え、ヒムクラートがグリンガル派であった事は周知の事実だったため、エド王派からは冷遇される立場になった事は変わりなかった。


いずれ国内の貴族の再編が終われば、アレスコードに領地を奪われ、領地替えを命じられるのではないか噂されていた。


その前に、エド王に対し何らかの実績を示し、ヒムクラート家の有用性を証明しなければならない。そのためには、足を引っ張りそうな無能な者など家族であっても切り捨てるつもりであったのだ。




  * * * * *




自分の商会に戻ったパガル。自分の屋敷の執事でもあり、副商会長であるアケルを呼びつけて尋ねた。


パガル 「トナリ村に調査に向かわせた冒険者、ジョーズとか言ったな? そいつはまだ戻ってこないのか? もう随分経つぞ? たかが調査に何を手間取っている?」


アケル 「それが…ジョーズは消息を断ったと報告が入っています」


パガル 「どういう事だ? 確か、もう一人別の奴も送り込んでいたはずだな? そっちからの報告か?」


アケル 「はい。ジョーズはトナリ村についてすぐ、マンドラゴラを納品している冒険者を発見したそうです」


パガル 「ほう! それで!」


アケル 「その冒険者の後をジョーズは追ったとの事なのですが……、そのまま戻ってこなかったと……」


パガル 「まさか、その冒険者に突っかかって、返り討ちにあったのか? 手を出さずに情報だけ持ち帰れと命じていたのに……。お前が言ったとおり、一筋縄では行かない相手だったか」


アケル 「はい」


パガル 「…くそ。お前が送り込んだほうの奴はどうなってる?」


アケル 「はい、こちらのほうは、正体がバレないように、うまく情報だけ掴んで送るようにと厳命してあります。既に情報はある程度掴んだようですが、もう少し裏取りをしてから報告すると…」


パガル 「そんなの待ってられん! 我々も乗り込むぞ! オイレン達を呼べ!」


アケル 「オイレン達を使うのですか?」


パガル 「ジョーズが消されたのだとしたら、相手もロクな奴じゃなさそうだ。オイレン達が丁度いいだろう? 明日には出発だ。お前も来い」


アケル 「商会はどうなさるので?」


パガル 「休業しとけばいい。どっちにしろ、この案件がうまく行かなければ商会は終わりなんだ」


アケル 「…畏まりました」



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


パガル・ヒムクラートがトナリ村に乗り込んで来る。


乞うご期待!



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