第527話 犬好きの…

儂はゴンジと言います。


かつて若い頃は王都で衛兵を務めておりました。今は田舎の街の貴族のお屋敷の門番をしております。


今の雇い主はザイラー男爵です。男爵家で門番を募集していると、昔の衛兵仲間が教えてくれましてな。応募してみたところ採用されまして、男爵ととともにトロメの街に移住してきました。


トロメでの生活も落ち着いてきた頃合いのある日、男爵様が隣町の冒険者ギルドに、子犬を集めろという依頼を出したと使用人達が話しているのを聞きました。


トロメの街には冒険者ギルドがありませんので、隣町に依頼を出されたのでしょう。


なんでも、男爵のご子息様が犬を飼いたいと言い出されたとか。ええ、男爵様はたいそうお子様を可愛がっておいででした。


子犬を一匹でなく、なぜたくさん集めたのか? さぁ? 儂はただの門番ですから、男爵様のお考えなど分かりはしませぬが…。


…まぁしかし、個人的には分かる気もいたしますがの。


実は、儂も大の犬好きでしてな。儂も昔、犬を飼っていた事があるのです。ええ、そもそも、ペットを飼うなど、貴族か金持ちでなければできないものですが。魔獣ではない普通の犬はそれほど多くはありませんしの。


ただ、儂の場合は、たまたま縁があったのでしょう、街道を歩いている時に、森から迷い出てきた子犬を拾ったのです。


それから数年、儂はその犬と一緒に暮らしましてなぁ。儂には妻も子も居ませんでしたので、その子は儂の大切な家族、子供みたいなものでした。病気で亡くなってしまった時は悲しくて悲しくて…仕事も手につかなくなってしまいましてな。それ以来、ペットを飼うのはやめたのですじゃ。


犬の名前はペントンと言いましてな、いつでも一緒に居ったもんです。仕事の時も……え、男爵様の話? ああそうでしたな。


儂は貧乏でしたから、ペットを一匹飼うのも贅沢だと言われたものですが、もし金がたくさんあったら…。おそらく、男爵様は金持ちだから、きっとたくさん飼うおつもりなのじゃろうと。なので、子犬をたくさん集めろという依頼についても、特に疑問には思いませなんだ。


それからしばらくして、集められた子犬が馬車で運ばれてきました。


全部飼うのだろうという儂の予想はハズレまして。聞けば、男爵様はご子息様に気に入った犬を選ばせるという話でした。屋敷の使用人達がそう話しているのを聞いただけですが。


男爵様はそれはそれはご子息様をかわいがっておられましたからの、きっと相性の良い犬を選んでやりたかったのでしょう。


選ばれなかった犬は、後で領民から里親が募集されると言う話でした。ならばその時に儂も一匹貰いたいと……ええ、また、もう一度、犬と暮らすのも悪くないかと思うようになりましてな。


運ばれてきた犬達は庭に放されました。儂は門番ですので中の様子までは見ていませんでしたが、元気に走り回る子犬達の声が聞こえておりました。


その後すぐ、男爵様とご子息様が現れ、犬選びが行われた様子でした。


そういえば……その時、一組の若い夫婦が声を掛けてきましたの。話を聞いてみると、その夫婦は子犬が貰えるという噂を聞いて来たとの事。おそらく屋敷の使用人達から街に噂が漏れたのでしょう。ならば、後で自分が犬を貰う時に一緒に話をしてやるので、選定が終わるのをしばらく待っているようにと言いました。


ところが…、しばらく待っていると、屋敷の中から急に子犬の悲鳴が聞こえたきたのですじゃ。すぐ後に男爵様とご子息様の笑い声も聞こえましたので、子犬が転びでもしたのかと思ったのですが……


その後、断続的に子犬の悲鳴が繰り返し聞こえ始めましてな。犬好きの儂には分かりました、あれは子犬達の断末魔の叫び声じゃった…。堪らず儂は、様子を見に屋敷の中に飛び込んだのですじゃ。


そこでは、男爵の護衛の騎士達が、弓で庭を逃げ惑う子犬達を射ておりました。


儂は、思わず止めに入ってしまったのですが、男爵様は不思議そうな顔をしておられました。


よく見ると、男爵様の隣にいるご子息様の足元には石があり、その石の下には血だらけの子犬の死体があるのが見えました。ご子息様の手も血で汚れているようでしたが、ご子息様は楽しそうに笑っておいででした。


男爵様が私の問いかけにお答え下さいました。息子が面白がったからやった、と。『酷い』と儂は思わず言ってしまったのですが、『何が酷いのだ?』と男爵様はおっしゃられましてな。狩りに行けばもっとさくさんの獲物を殺すのに、と…。また、殺した犬達はちゃんと使用人たちの食事の材料にでも使わせれば無駄にはならんだろう、とも。


お貴族様にとってはそれは当たり前の感覚なのかも知れませぬが……正直、あんな可愛い犬を殺したり食べたりは、儂には理解できませんのですが。


その時、まだ生きていた子犬が一匹、震えながら儂の足にすり寄ってきたのですじゃ。


儂は思わず抱き上げようと手を伸ばしてしまったのですが、その時、騎士が弓を番えるのが見えました。


儂は思わず、子犬を抱え込んで座り込んでしまいましたが、しかし男爵様が構わずやれと言い、風切り音がしました。儂は、矢で貫かれる事を覚悟しましたが…


しかし、そうはなりませなんだ。


突然強い風が吹き轟音がして……、恐る恐る目を開けてみると、異形の存在が宙から降ってきたところでした。


全身に金属の鎧を着ているようにも見えましたが、よく見るとそれは鎧ではなく、体と一体化しているようにも見えました。そして……背中には悪魔のような翼が生えておりましたのじゃ。


男爵様が『魔族?』と呟くのが聞こえました。


男爵様が騎士達に攻撃を命じたのですが、再びゴォという風が起こり、気がつけば、その場に居た騎士達の首がすべて切り飛ばされておりましたのじゃ。


騎士だけではない、見れば、男爵様も殺されておりました。ただ幸いにも、男爵のご子息様はご無事でした。儂はご子息様へと駆け寄りました。なんとかご子息様だけでも守らなければと思ったのです。


ご子息様を庇うように抱きしめ、恐る恐る振り返ると、その魔族はそれ以上攻撃してくる事はなく、背を向けており、儂が離してしまった子犬を抱き上げておりました。儂は一瞬しまったと、子犬は助からない、そう思いました。


しかし、見ると、その魔族は子犬を優しく抱き上げ撫でておりました。どうやら魔族は子犬を害する気はないようで、儂はほっといたしました。


犬好きの魔族だったのでしょうな、まぁ気持ちは分かります、儂も犬好きですからな。その魔族も子犬の可愛さに気持ちを落ち着けたんでしょう。


ただ、その後…、


…信じてもらえないかもしれませぬが、不思議な事が起きましたのじゃ…


…なんと! 殺されていた子犬達が、すべて生き返ったのです!


さらに……! どこからともなく骨の怪物が多数現れて、その子犬達をすべて連れ去ってしまいましたのじゃ……。


信じられない? ええ、そりゃそうじゃろうと思います、儂自身も信じられぬくらいですからの…。


しかし、すべて本当の事なのでございます。


もしかしたら、犬好きな神様が、子犬達が殺されているのをたまたま見掛けて、助けに来てくれたのかもしれませぬなぁ……




  * * * * *




宰相 「…以上が目撃者である屋敷の門番の事情聴取の内容だそうです」


女王 「そう……」



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


失ったものと残ったもの


乞うご期待!


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