第434話 ◇Side デボラ

子供達を寝かしつけていると、執事が部屋に入り、声を掛けてきた。


「デボラ様、お父上がお戻りになられました」


「あら、早かったのね」


「すぐにデボラ様に部屋に来るようにと仰せです」


「そう、子供達を寝かしつけたら行くわ」


「いえ、直ちに来るようにとの仰せです」


「一体何? 子供達がかわいそうじゃないの」


「お子様達はメイドにお任せ下さい」


なによもう。せっかく子供達がウトウトし始めたのに、また起きてしまったじゃないの!


私は後をメイドに任せると、若干怒りながらお父様の書斎に向かった。


だが、季節は晩秋、夜はかなり冷え込むようになってきた。その冷たい廊下の空気のおかげで、少し頭が冷えてきた。


冷静に考えれば、お父様が夜、こんな風に無理に私を呼びつけるなんて事は今までなかった事。よく考えれば、執事だってそんなに空気を読めない男ではなかったはず。


私は、何か嫌な予感を感じながら、お父様の部屋の扉をノックした。


「お父様、デボラです」


「入れ」


「お父様、お帰りなさいませ、お早いお帰りだったのです…ね……?」


部屋に入ってすぐ、私は雰囲気がいつもと違う事に気付いた。いつもは笑顔を向けてくれるお父様の表情が今日はかたい。


見れば、扉の内側両脇に騎士が立っていた。


「お父様…? なにかありましたか?」


「デボラ……


…お前を逮捕する。抵抗するな、手荒な真似はできればしたくない」


「はい?」


騎士達はデボラの逃亡を防ぐために居るようだ。もし私が逃げ出そうとしようものなら、即座に取り押さえるという緊張感が感じられる。


「逮捕って、一体どういう事ですの?」


「暗殺を依頼したそうだな?」


その言葉を聞いた瞬間、ゾクリと悪寒が背中を走ったが、なんとか表情には出さないで済んだ。


「暗殺者ギルドに依頼してリュージーンという冒険者を襲わせた。そうだな?」


私は焦った。一体どういう事? まさか、暗殺が失敗した?


いや、落ち着け、私。


失敗した時は、派遣された暗殺者は自害するよう隷属契約で命じられていると言っていた。もし仮に失敗したとしても、一切証拠が残るようなヘマはしないと。


これは……お父様は、私がボロを出すかどうか、カマを掛けているのかも知れない。


私は一度、深呼吸してから答えた。


「…なんの事か分かりませんわ。私がなんでそんな事をする必要があるというのですか? 証拠はあるのですか?」


「暗殺は失敗、返り討ちにあったそうだよ」


「じゃぁ証人は居ないんじゃない。暗殺者はみんな、失敗した時は自害するし証拠は残さないでしょう?」


「お前の言うとおりだ。暗殺者は大部分が自害したそうだよ。だが、一人、生きて捕らえる事に成功したらしい」


「え……う、嘘よ、それは偽物よきっと。暗殺者は隷属の魔法で捕まっても自害するように命じられていると聞くわ、生き残っているはずがない」


「随分暗殺者について詳しいんだな?」


「え、いや、その、昔、冒険者やってた頃に聞いたのよ」


「その、襲われたリュージーンという冒険者は、隷属の魔法を解除してしまう能力があるんだそうだよ。


先だっての王都の奴隷ギルドでの騒ぎは聞いているだろう? その時、奴隷ギルドの不正を暴いたのが、そのリュージーンという冒険者だったそうだ」


と言う事は、証人がいるというのは本当なの?! まずい……!


落ち着け、認めたら負け、考えろ、考えろ……


「じ、自害する前に、隷属の魔法を解除したと言うこと?」


「おそらくそうなのだろうな」


「で、でも、無関係な者を用意して、嘘の証言をさせている可能性だってあるわ? 隷属させられていたって事にすれば、責任は使用者が問われる事になるから、嘘の証言させても無罪で済むしね」


「たしかに、そういう可能性もある。だが、その証言者が嘘をついているかどうか確認する必要もない。お前が、裁判で、証言用の隷属の首輪を使って証言すればすべてハッキリする事なのだから」


「わ、私に隷属の首輪を着けろというの?!」


「隷属の首輪と言っても、証言用に調整された専用のものだ。証言以外の命令に従わなくていいようになっている。尋問する側も専用の契約の首輪を着け、裁判に関係ない事についての質問は一切できないようになっている」


「そっ! そこまでする必要はないのでは? 代官の娘が犯罪に関わっていたとなったら、お父様だって立場がなくなるでしょう? 嘘だって事で、握りつぶしてしまいましょうよ」


「つまりそれは、暗殺者ギルドに依頼した事は認めるという事だな?」


「ち、違うわ! 代官の身内が疑いを掛けられただけで迷惑だという意味よ。裁判にしてしまったら、おかしな噂が表に広く知れ渡ってしまうでしょう」


「むしろ有耶無耶にしたほうがおかしな噂が残るだろう。もし訴えが嘘なら、それが嘘だと明確に証明しなければならない」


「証言はするわ、で、でも、証言用の隷属の首輪なんて……使わなくてもいいんじゃない…か…しら?」


私も苦しい言い訳なのは分かっているけど、上手い言い訳が思いつかない。


「そうは行かない。今回の件は、代官の身内が犯罪に関わっていたと言う事で、非常に重大な案件と判断されるだろう。


デボラ……お前が潔白である事を祈っているよ…」


「ソ……ンナ……」


もう上手い言い訳は何も思いつかない……


…詰んだ。


私は膝から崩れ落ちた。


「…お前が犯罪に関わっていたと判明した時は、私は代官を辞任するつもりだ」


騎士二人が私の腕を掴んで立たせ、その日はそのまま自室に軟禁された。子供達の寝室に行く事すら許されなかった。


そして翌日、私は牢屋へと移送された。


そのまま、私が家に帰れる日は、二度と来なかった……。



― ― ― ― ― ― ―


次回予告


トナリ村に到着したリュー、家を買う


乞うご期待!



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