第51話 オーガファイトクラブ

オーガ達の視線が、突然落ちてきたギャビンへと集まる。

 

一瞬のの後、オーガ達が騒ぎ始めた。

 

襲われる! と身を固くしたギャビンであったが、周囲で大声で吠えているオーガ達は何故か攻撃してくる事はなく、まるでギャビンを囃し立てているかのようであった。

 

戸惑うギャビン。

 

すると、ギャビンの背後に居たオーガが、尻もちを着いていたギャビンの首根っこを掴み、引き起こして部屋の中央に向かって押し出した。

 

ギャビンは周囲のオーガ達に次々に背中を押され、ついに部屋の中央で待つオーガの前まで押し出されてしまった。

 

部屋に落ちた時、中央では二体のオーガが殴り合っていたが、今は一体しかいない。一体は下がって周囲の列に混ざったようだ。

 

中央に立っているオーガは、ファイティングポーズを取りながら、カモン!カモン!と手招きしている。戦えという事なのか。

 

何を言っているのか分からないが、周囲のオーガ達も大騒ぎで煽っているようである。

 

意を決してギャビンは剣を抜いた。相手のオーガは素手なのだが、特に気にする様子はなく、それで構わんよとばかりに手招きしている。

 

オーガの発する闘気は凄まじく、腰が抜けてしまいそうなのを必死で堪え、ギャビンは思い切って斬り掛かっていった。

 

だが、ギャビンの剣はあっさりとオーガの手の平で受け止められてしまう。手が傷ついた様子もない。驚くギャビン。そこにオーガのパンチが飛んでくる。

 

咄嗟に手でガードしたが、どこに当たったのかもよく分からず、吹き飛ばされたギャビンは周りを囲んでいたオーガの輪にぶつかって床に転がった。

 

だが何故か、ぶつかられたオーガがギャビンに手を差し伸べる。

 

いや、無理やりギャビンを引き起こし、再び戦わせようとしているだけであった。

 

オーガに引きあげられ、ヨロヨロと立ち上がったギャビンであったが、しかし今の一撃だけで、もう戦う力はほとんど残ってはいなかった。

 

目の前で繰り広げられる異様な光景に、口をポカンと開けて見ていたリューであったが、我に帰り慌ててギャビンとオーガの間に転移で割って入った。

 

リュー 「大丈夫か?!」

 

中央のオーガと対峙しながら、背後のギャビンに声をかけるリュー。

 

周囲のオーガ達は一層うるさく吠えている。邪魔をするなとでも言っているのだろうか。

 

その時、なんとギャビンはリューの背中を蹴って中央に押し出すと、走って逃げ出した。

 

どこへ逃げればいいかも分からず走り出したギャビンであったが、部屋の奥に階段があるのをみつけ、そこに全力で向かった。

 

ちょうど、サリが様子を探るようにしながら階段を降りてきたところであった。つまり出口があると言うことだ。ギャビンは階段まで走ると、サリを押しのけるように階段を駆け上っていった。

 

    ・

 

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予想外に後ろから蹴られ前によろけた事で、リューとオーガとの距離が縮まる。そこを隙かさずオーガはパンチを繰り出してきた。

 

リューは咄嗟にそれを片手で受け止めようとした。

 

だが、体が小さければ(体重が軽ければ)、強い衝撃を横から受ければ吹き飛ばされてしまう。力がどれだけ力が強くとも、立った状態では踏ん張るにも限界があるのだ。

 

 

― ― ― ― ― ― ― ―

立っている状態で押したり引いたりする時、発揮できる力は体重に比例する。一番分かりやすいのは「綱引き」であろう。

 

6人ずつに別れて綱引きをするとして、片側のチームは普通に6人全員で綱を引く。対して反対側のチームは3人だけで引かせるとする。ただし、3人の側はそれぞれ余った人間を背負った状態で引かせるとする。

 

その状態で綱引きを行うと、勝つのは6人で引いている側ではなく、体重が二倍になった3人のチームである。

 

身体を固定した同士で力比べをするなら純粋に筋力勝負になるが、“立った状態”では、体重が軽いと筋力が強くても力をほとんど伝えられないのだ。

 

立った状態では、筋力よりも体重が重要となる。ボクシング等で体重が重いほうが“圧倒的に”強いのはそのためである。

― ― ― ― ― ― ― ―

 

 

身長170cm程度のリューに対してオーガの身長は2.5m近くありそうである。とてもリューはオーガのパンチを受け止められる体格には見えないのだが……

 

リューはいとも簡単にオーガのパンチを受け止めて見せたのだった。

 

リューは体勢を崩す事もなく、微動だに揺るがない。逆に殴ったオーガのほうが自分のパンチの反作用で後ろに押し返されてしまった。

 

実はリューは、オーガのパンチを受け止める瞬間、自分の体重を増加させたのである。時空魔法のひとつである重力を制御する能力の応用である。

 

リューは前世の知識で体重が重い事によるメリットを知っており、必要になる事もあろうと、以前から練習していたのであった。

 

剣でもパンチでも、相手の攻撃を受け取めなければならない状況はあり得る。相手の攻撃をまともに受け止めるというのは戦闘においては悪手でしかないのだが、そうせざるを得ない事はままあるものなのだ。その時、相手が巨体であるほど、体重差によって体勢を崩される可能性が高くなる。そうならないよう対策を当然考えていたのである。

 

自分の数倍もの質量がある相手に対し、リューは瞬間的に自分の体重を十倍にも増やす事で、余裕を持って受け止める事を可能にしたのだ。

 

二足歩行の人間にとって、自分の体重を一時的に増やすのは意外と便利な技である。ただし、弱い床の上で用いると床が陥没・崩落してしまう事もあるので注意が必要であるが。(地面にはリューの足形にくっきり凹んだ跡が残ってしまっていたが、ダンジョンの壁はとても強度が強いので崩れる事はなかった。)

 

 

 

オーガの強力なパンチを受け止めビクともしなかったリュー、それを見て、周囲のオーガ達が沸いた。

 

(結果として、オーガ達の興味がリューに移った事でギャビンは見逃してもらえる事となったのだった。)

 

パンチを止められたオーガは、リューの掌の堅い重量感に一瞬驚いた顔をしたが、すぐに次のパンチを繰り出してきた。

 

だが、集中力が高まったリューにとってはオーガのパンチもスローモーションである。避けるのは造作もない。

 

リューはそのパンチの軌道を必要最小限だけ手で押して逸らしてやりながら、カウンターでパンチを叩き込む。身長差があり顔にはうまく手が届かないので、鳩尾を狙った。

 

リューの強烈な一撃を受け、もんどり打って倒れて動かなくなるオーガ。

 

周囲のオーガがさらに沸く。

 

リューはオーガのリーダー格を倒した事で、周囲のオーガが怒って一斉に襲いかかってくるのではないかと警戒したのだが、なぜかそのような事は起きなかった。

 

倒れたオーガを他のオーガが隅に引きずって行き、代わりに別のオーガが中央に出てきてファイティングポーズをとるのである。一人ずつ戦う(やる)という流儀なのだろうか?

 

時空魔法を使えばこの場に居る全てのオーガを全員同時に瞬殺する事も可能であったが、あくまで一対一の対戦を望むオーガの姿勢をちょっと面白いと思い、リューは付き合ってやる事にしたのだった。

 

前に立つオーガを片端から伸して行くリュー。

 

次々に前に出てくる挑戦者のオーガ。

 

人間相手では、もしリューが全力で殴ったら一撃で即死してしまうが、オーガは頑丈であった。先程ギャビンの剣もオーガの皮膚を切り裂く事ができなかった。安物の剣では斬れないほどオーガの皮膚は硬いのである。

 

オーガは元々肉体が頑丈なのもあるが、実は、魔力を使って身体を強化しているのである。この世界では魔力を使って筋力を高めたり防御力を上げたりする技術を、多かれ少なかれ、皆、無意識のうちに使っている。オーガのような高ランクのモンスターであれば、頑丈なのは当然であった。

 

リューにとっても、全力でパンチを振るえる人型の相手がたくさん居るというのは、なかなかない機会なのである。パンチの技術を磨く練習に丁度いいと、リューはいろいろな角度のパンチを繰り出してみるのであった。

 

繰り返しパンチを出しているうちに、だんだんコツを掴んでくるリュー。

 

最初のうち、リューは拳を強く握り込んで殴っていた。それは、地球で生きていた前世で、握力が強い者はパンチ力も強いと聞いた事があったためである。だが、繰り返しているうち、どうやら力を抜いたほうが良いと言う事に気づいた。

 

パンチの破壊力は、拳の速度×重さである。拳の速度が早いほどパンチの威力はあがるが、強いパンチを打とうと変に力むと、返って動きが固くなり速度が上がらなくなる。拳・手首は脱力させておいたほうが拳速は上がるのである。

 

拳だけではない、もし力を入れて筋肉を固めてしまうと、固められた関節は当然動かなくなる。稼働する関節が少なくなれば、作用する筋肉の数が減り、運動能力も低くなるのは当然の事である。リラックスして無駄な力は抜き、関節を固める事なく筋肉を駆動する事で、より大きな力を発揮する事ができるのである。これはあらゆるスポーツにおいて基本である、と地球の運動科学の先生が言っていたのをリューは思い出した。

 

そして、目標に激突する瞬間までは脱力して加速した拳は、相手に当たるインパクトの瞬間に、握り込まれる。拳だけでなく、全身の筋肉を締めて肉体を“ひとつの塊”にする事で体重を拳に伝えるのである。

 

さらに、インパクトの瞬間に重力魔法で自分の体重を10倍にする事で、ヘビー級ボクサーを遥かに上回るパンチ力をリューは発揮する事ができるのであった。

 

最初は、力任せに殴っているだけであった。力が強く、また加速の魔法が自動的に発動してしまう事で動きは非常に高速であるが、しかしリューのパンチはしょせん素人であった。だがそこに技術が加わっていく事で威力は増していく。

 

ただ闇雲に剣を振り回してもリューは十分に強かったが、レイナードに剣の振り方を教わった事でさらに剣の切れ味が増した、それと同じである。

 

オーガを殴り倒しているうちに、リューのパンチはどんどん鋭くなっていく。ついにはリューの拳速は音速を超え、打った瞬間にパンと乾いた音がし始めた。

 

音速を超えるとすごい衝撃波が発生するなどと言う話をリューは聞いた覚えがあったが、拳程度の大きさのものが一瞬音速を超えたとしても、せいぜい音がするくらいで大した事はないようである。

 

地球のライフルの弾丸の飛ぶ速度は音速を超えている、さらに戦車の大砲から打ち出される弾丸はマッハ5にもなる。音速を超えたからといって周囲がすべて消し飛ぶほどの衝撃波は発生しないのである。

 

だが、逆に言えば、音速を超える拳速に体重の十倍の質量を乗せるリューのパンチは、もはや大砲の弾丸と同じであるとも言える。パンパン音が鳴るたびにオーガが吹き飛んでいくのである。

 

やがて全てのオーガをKOしたリュー。

 

気がつけば、最終的に倒したオーガの数は百体以上であった。。。

 

オーガの死体は素材として高く売れる。だが、異様に頑丈なオーガは、KO状態ではあってもほとんどが生きていた。

 

まだ生きているモノも動けないなら全て殺して素材として持ち帰ってもいいのだが・・・

 

彼らは最後までルールを守って、一斉に襲いかかってくるような事はなかったし、卑怯な戦い方をするモノも居なかった。

 

それに敬意を評してリューは止めを刺さず、殺さずにその場を後にしたのであった。

 

振り返ってみれば、ギャビンについても、オーガ達は殺そうとしていたわけではないようにも思える。もしかしたら、酷い目に遭うが、命までは取らないという罠なのかも知れない。

 

オーガを倒せるレベルの者であれば、非常に美味しい狩場と言えるかも知れないが。。。

 

仮に殺されても、ダンジョン内で死んだ魔物の魂は、時間が経つとまたリポップ(復活)する。

彼らはそうして、いつまでもこの部屋でファイトクラブを続けながら獲物が来るのを待つのだろうか……

 

 

 

― ― ― ― ― ― ― ―

 

次回予告

 

一方、逃げ出したギャビンは……?

  

乞うご期待!

 

 

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