166 ランチャーと花火

 闇をキィンと走り抜けた細かい火花が、空にパンパンッと乾いた音を連発させる。

 ハロンは攻撃の手をやめ、音を探るように鋭い角を左右に振って高く飛び上がった。


 辺りに香ばしい火薬の匂いが漂う。

 ヤツの興味がれたのを見計らって、ともが姿を現した中條の側へ駆け寄った。


「ありがとうございます、教官」


 軽く下げた頭を起こした所で、智は「ちょ」と息をのんだ。目に飛び込んだ光景に、思わずハロンの事も忘れて彼を二度見する。

 反射的に背筋が震えたのは、アッシュの頃に覚えた恐怖へのトラウマのせいだろうか。


 彼を中條だと理解できたのは、特徴のある髪型がそのままだったせいだ。

 気配も同じで、オカッパ髪。なのに顔が別人だ。

 中條よりも目が細く、にじみ出る冷たさに輪を掛けたようなその顔を忘れるわけがない。

 闇に隠れた髪の色も、恐らく深い緑に変わっているのだろう。


「ちょっと……何で?」


 ターメイヤの宰相さいしょう・ギャロップメイの顔をした中條は、


「説明は後で」


 それだけ答えて空をにらむと、手持ちの棒にライターの火を近付けた。

 聞き覚えのある音が再び空へ走り、ハロンの側で破裂する。


 ロケットランチャーを背中に背負った彼が次に使った道具は、武器ではない。


「それって……ロケット花火ですか?」


 彼が夜空に放ったのは、背中のランチャーでも特殊な武器でもなく、十本のロケット花火だったのだ。

 中條は黒くなった火薬を雪に押し付けて手放すと、丸薬の入った袋を智に差し出す。


「とりあえず食べて回復を。摂取量が多いと効きが悪くなるので気を付けて下さいね」

「はい、ありがとうございます」


 短時間に複数食べても効果が倍になる訳ではない。それは分かっているけれど、今頼れるのがこれしかなかった。

 何度か離れて休息をとることはできたが、ハロンと戦い始めてもう数時間が過ぎている。智が休んでいる間、敵も回復しているのは否めない事実だ。


 さっき戦闘中に中條の気配を感じて油断してしまったのは、疲れで集中力が散漫になっていたせいだ。正面から振り下ろされた羽の直撃をかわすことができたのは、咄嗟とっさに放たれたロケット花火のお陰だった。


「色々持ってきてるんですね」

「この世界には興味深いものが多いんですよ」


 智は一度に二粒の丸薬を口に入れ、大きく深呼吸をした。好きな味ではないけれど、空腹を満たすこの味を、意志を無視して身体が欲しているのが分かる。

 「麻薬だな」と吐き出すと、中條が空を睨んで声を上げた。


「来ますよ」


 ロケット花火の効力も短い。けれど、赤い目が再び智を捕らえたところで旋律せんりつが走った。

 気付いたのは、ハロンと智だ。対峙たいじした視線が固まって、同じ方角を見やる。


みなとか?」


 ずっと鼻にこびり付いていた、もう一体のハロンの気配が消えたのだ。

 広場の方角を向くハロンがあの黒丸と繋がっているのかどうかは分からないが、ヤツもそのただならぬ状況を感じ取ったのだろう。


「凄ぇな、あっという間だ」


 感嘆かんたんの声をらす智に、中條が「どうしました?」と首を傾げる。魔法使いではない彼に、この感覚は分からなくて当然だ。


「あっちに出たハロンを、湊が殺ったんですよ」

「ほぉ」


 中條からも安堵あんどが零れる。


「なら、残るのは本当にコレだけですね」


 智が改めてハロンへ挑もうと、指先に炎を付ける。けれどハロンはそのまま空へと昇っていった。

 オオンという咆哮ほうこうは、今までにない大きさで耳をつんざく。


「ちょ……」


 爆音は余韻よいんを響かせて空気をビリと震わせた。鼓膜こまくの奥が痛んで、二人は両手で耳を塞ぐ。そうせずにはいられない程の音だった。


 その数十秒の間に動くことはできなかったが、ハロンが攻撃してくることもなかった。

 空に赤く浮かんだ巨体に視線を貼りつけて、ただ恐怖に震える。


 音がやんだのは突然だった。ぶつ切りにされたように訪れた解放の後に、今度は雷鳴が轟く。

 ハロンは智たちに目を向けることもなく、そのまま広場の方向へ飛び去った。

 いつの間にか空を覆っていた暗雲が、隔離壁かくりへきの中に雨を降らせる。


「リーナ……」


 打ちつけるような雨に彼女を思い出す。これは過去で彼女を襲ったのと同じ雨だ。

 あれがあの戦いの結末を決めたんだと、関係した人間は誰もが思っている。

 咲に治癒魔法を掛けて休んでいる彼女が、近くにいるような気がした。


「大丈夫か……?」


 ここから広場の湊と合流するのが得策な気がしたが、辺りには別のモンスターの気配もあった。ハロンの存在に潜んでいた彼等が、一体二体と姿を現す。だいぶ数は多かった。

 雑魚ばかりだけれど、まずはそっちを片付けなければならない。


 智は久しぶりに剣を出して、赤い炎を刃に走らせる。ずっと魔法戦をしてきて、気分転換だ。

 戦いを仕掛ける直前、智は僅かの休息にふと思った疑問を中條に投げた。


「教官、前にリーナへ渡した記憶の石ですが、あれの中身は──」


 他の大人たちには内緒だと言っていたその中身は、彼女が【ウィザードとして知る権利のある情報】だと言っていた。あの時はピンと来なかったが、今朝ハリオスがその話題に触れた瞬間、アッシュの古い記憶を引き出したのだ。

 そしてそれは以前に彼女が言っていた、魔導書の消えたページの事だろうと推測する。


 ひょっとしたらという可能性を口にすると、中條は「流石さすがですね」と感心して眉を上げた。


「知っていたんですか?」

「いえ、そういえば昔そんなことを聞いたことがあるような気がして。けど、もしそうなったら俺は……」


 その中身が智にもたらすものは、ハロンに負ける事よりも望まない結末かもしれない。


「アッシュ」


 不安がる智をさえぎって、中條は「やめなさい」と腕をつかんだ。ギャロップに戻った彼の鋭い視線が、興奮しかけた智の気持ちを抑制よくせいする。


「今は決まってもいない未来に悩む時じゃありませんよ」

「……はい」


 中條に言われて、それ以上思い悩む暇もなかった。

 山林から姿を現したモンスターに、再びその場所が戦場と化したのだ。






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