160 彼の服
別に、あの日会った彼に本気で恋をしたわけじゃない。
みさぎには初恋だと言ったけれど、他に思い当たる人物もなく、ただ何となく記憶に残っていた安心感を恋だと脚色しただけだ。
「僕はあれが
「ほんの数分の事だし、仕方ないよ。多分忘れてるだろうから、言わなくていいかなって思ってたんだけど。初めて会ったのがその時だって咲が分かってくれたら、俺は嬉しいかな」
「僕も嬉しいよ。あれが蓮だったって事も、みさぎがそこに居たんだってことも」
あの声に気付けたことも嬉しいと思った。
「だから、運命が繋がってるなら、僕はやっぱり最後まで戦いたい。リーナの所に行って、できる限りの事をしたいんだ」
「その怪我で?」
地上の戦闘の激しさは、部屋を揺らす振動で十分に伝わってくる。そこへ行って何ができるか考えたところで大した答えは出てこないけれど、ここにいては祈る事しかできない。
咲は毛布を
「咲」
ベッドの上に座るだけで手間のかかる怪我に嫌気がさして、咲は「
「僕はハロンになんて全然敵わなかったよ」
改めて自分の状態を見て、笑いと涙が同時に込み上げた。
左腕は動かず、無理して力を込めると激痛が走る。そこの骨がハロンに締め付けられた時に折れただろう事は自覚していた。
コートのお陰で制服の損傷は少ないが、今一番上に着ている蓮のパーカーを含めて、ファスナーを開いていた前の部分に血の色が目立った。ベッドの白いシーツにも薄い茶色をうつしてしまっている。
「ごめん、蓮。借りた服を服こんなにしちゃって」
「別に構わないって。元々だいぶ着古したやつだったし、咲がこんな時に着てくれて嬉しいって思ったよ」
蓮は咲の頭を
咲はこくりと頷いた。
「左腕、痛いけど」
「分かった」
その場所に触れないようそっと抱きしめる蓮は、パーカーと同じ匂いがした。
「そんなにこれが気に入ってくれたなら、今度似たやつ買いに行こうか? 咲そろそろ誕生日だよね? クリスマスも近いし」
咲の誕生日は、クリスマスの少し前だ。智たちは四月でみさぎは七月。ターメイヤで生を終えた順にこの世界へ生まれ変わっている。
「知ってたんだ。けど、新しい服はいらないよ」
「そうなの?」
「だって、蓮の匂いがしないじゃないか」
言いながら、それを自分でバラしてしまったことを少しだけ後悔した。
蓮は一瞬真顔になって、「そういうこと?」と笑う。
「咲って面白いね」
「何だよ、面白いって」
「いや、可愛いってことだよ」
蓮はそう言って咲にキスをする。
咲は彼の肩に
丸椅子に戻る蓮に合図して「はい」と答えると、思いもしなかった人物が現れた。
「え……?」
予想外の姿に咲は驚くが、蓮は見知った様子で
「メラーレか?」
「はい」
にっこりの笑顔は、いつも見ている
「何で?」
「驚きましたか?」
過去の姿になった一華は、抱えてきた洗面器をテーブルに置いて咲たちの所にやって来る。
咲は「そりゃ驚くよ」と言って彼女を改めて下から見上げた。
「色々事情があって。大人組の他の人たちも今だけ戻ってるみたいです」
「ルーシャたちもってことか」
「はい」と答える一華だが、特に詳細は話してくれなかった。
「みさぎ達はどうしてる?」
「みんな無事ですよ。みさぎちゃんはハリオス様がついて少し休んでいますが」
「僕のせいか」
「そういう言い方はしないで下さい。大丈夫、今のみさぎちゃんならそろそろ目覚めると思います」
それでも治癒魔法は魔法使いの負担が大きいという事だ。
「あの二人は?」
「戦闘中です」
「そうなんだ。メラーレも心配だね」
一華は浅く
「クッ」
「上へ戻りますか?」
「もちろんだ。だから、もう少しどうにかできる?」
「そう言うと思って、準備してきましたよ」
テーブルの洗面器を持ってきて、一華はその中身を咲に見せた。包帯やら添え木やら道具が色々と入っている。
「やった、ありがとうメラーレ!」
咲は飛びつくように破顔する。
「仕方ないですね。ちょっと痛いけど我慢してください」
眉をハの字にしながら、一華は咲の応急処置を始めた。
不安げな表情を貼り付ける蓮に、咲は「行かせてくれ」と
「もぅ」と苦笑した彼は、イエスともノーとも言ってはくれなかった。
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