145 刺激が強すぎる

 みなとがどこへ行ったのかは分からないが、和室で智と二人というシチュエーションに耐えられず、みさぎはコートを羽織って外へ向かった。


 昇降口から外へ出ると、少し強い風に雪が舞っている。

 もうハロンの出る当日だというのに、自分の感覚を疑ってしまうくらいに辺りは穏やかだった。臭気はほとんどなく、みさぎは冷たい空気を思い切り吸い込む。


「いつ来るんだろう……」


 雲が多めの青空を見上げたところで、背中に気配を感じた。

 靴を履く音に振り返ると、智が「おはよ」と外に出てくる。

 昨日の記憶が蘇って思わず目をらすと、智は横に並んで同じように空を見上げた。


「まだ、もう少しかな。リーナはちゃんと寝れた?」

「……あんまり、かな。ハロンは前みたいに突然出てくるのかもしれないね。今日は野宿になっちゃうかなぁ」

「そうなるかもね」


 盗み見たキスの刺激が強すぎて、頭がずっとモヤモヤしている。そのせいで寝れなかったと本人には言えないけれど。

 前に自分と湊のキスを見たという鈴木も同じ気持ちだったと思うと、ちょっと申し訳ない気がした。


「夜の、見てたでしょ」

「やっぱり……気付いてたよね」


 実に気まずいと思いながら、みさぎは「ごめんなさい」と謝った。


「昨日寝れなくて。智くんが出ていくの見えたから、話でもって思ったんだけど」

「こっちこそ黙ってたのはごめんね。廊下でリーナが追い掛けてきてるのは分かってたんだけど」

「最初からバレてたんだ」


 「まぁね」と智は頷く。


「それで、智くんはどうするの?」


 話の続きを聞いていいのか迷ったけれど、聞かずにはいられなかった。


「俺は一華と離れない。それだけだよ」


 智は肩をすくめるようにゆるく笑った。彼の良く見せる屈託くったくのない笑顔は、アッシュの時から変わらない。

 一華と一緒にターメイヤへ戻りたいと言った智だけれど、その希望はあっさりと本人に否定されてしまった。失いたくないと言った彼女の言葉も、智の気持ちも、どちらも上手いようにいけばいいなと思う。


「私も応援してるよ」

「ありがと。リーナもラルと仲良くね。さっきのアレはびっくりしたけど」


 みさぎは「うん」とあごを引いて、先日湊の家に行った時のことを智に話した。


「そっか、あれがよくあるんじゃあ弟も心配だな」

「あぁ言う時、私は何て言ってあげればいいと思う?」

「リーナは見守ってやればいいんじゃない? いつも通りにさ」

「そうなの?」

「だって、原因は前の親父さんの事とかハロンの事だろうし。リーナとラルは恋人同士だけど、これは戦闘の話でしょ? リーナはウィザードで俺たちは側近なんだからさ、湊を信頼してやればいいんだよ。頼むってさ」

「偉そうに聞こえちゃわない?」

「ないない。俺たちは使われてなんぼだよ? そういうのが俺たちの自信に繋がるんだから。だから頼って、俺の事も」


 智は「ね」と笑って、自分の事を親指で指した。


「智くん……わかった。じゃあ、頼みます」

「任せて。この間みたいなはしないようにするから」


 前のハロン戦で、真っ先に倒れた智。あの時の黒いハロンは、彼の武器である魔法を受け付けなかった。

 だから、彼は元々そこで命を落とす予定だったのだ。

 けれど、今も彼は生きている。


「私、二人を追い掛けてきて良かったと思ってるよ」

「俺たちだけじゃ頼りないから?」

「そうじゃないよ。また会えたからだよ?」


 「そっか」と笑んだ智の声に、キュルキュルという金属のこすれるような音が重なる。

 みさぎは智と顔を見合わせて、頭上を仰いだ。そういえばさっきから上の方に気配を感じていた。


「アイツら、あそこに居たのか」


 逆光に手をかざし、智が屋上へ目を凝らす。

 鉄柵の向こうに湊と咲の姿が見えて、みさぎは大きく手を振った。

 握っていたロープを湊に掴ませて、咲が「みさぎぃ」と手を振り返してくる。

 少々不快な金属音は、旗を掲揚する音だ。


「咲ちゃんの旗、できてたんだね」


 頂上ではためいた青い旗には、ハロンらしき獣の横顔と小さくターメイヤの国章が見えた。



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