137 イルミネーションの魔法

 次の場所へと移動し、ともと合流する。

 そこから魔法陣を二基沈め、その日の作業はお開きになった。


 一華いちかのマンションの横で智と別れ、あやの店を経由して駅に向かうと、ちょうど向こうからみなとが来るのが見えた。


 もう辺りがだいぶ薄暗くなって、駅前の小さな外灯の灯りに湊が「お疲れ」と入り込む。


「広場に行ってたの?」

「あぁ。そっち遅くなりそうだったから自主練じしゅれんね。最初は海堂も居たんだけど先行くって下りたから、もう向こうに着いてるんじゃないかな」


 夕方かられんに会う予定のさきと、二人で剣の稽古をしたという。


「咲ちゃん剣貰えたんだ。良かったね」

「だいぶ張り切ってたよ。俺も久しぶりにとも意外とやれて刺激もらった」


 この間傘で挑んだ時の事を思い出して、みさぎは苦笑する。自分が、と立候補したいところだが、相手をするにはちょっと役不足だ。


「咲ちゃんって実は結構強いんだもんね」


 初めて広場に行った時、咲は智を一瞬で負かしていた。まぐれだと本人は言っていたけれど、まだヒルスだと正体を明かしていない頃の嘘だ。


 ハロン戦で一緒に戦いたいと言った彼女が、剣を手にして喜ぶ姿はいくらでも想像できる。

 しかもあれだけ嫌だと言っている湊と二人で山へ行くなんて、余程の事だと思った。


「戦ってみたの? どうだった?」

「五回やって、俺の全勝」


 湊も嬉しそうにその結果を報告する。彼は手抜きなどしないだろうから、当然の結果なのかもしれない。


「すごいよ湊くん。咲ちゃん悔しがってたでしょ」

「あとちょっとで勝てそうだったから、完敗じゃないとか言ってたけど」

らずぐち叩けるなら、楽しかったってことだね」


 駅舎に入ると、湊の眼鏡が真っ白に曇った。

 ハンカチでレンズを拭う顔をじっと見つめていると、湊は悪戯いたずらな笑顔を向けてくる。


「みさぎって、俺が眼鏡外してると嬉しそうだよね。こっちの方がいい?」

「えっ、ううん、そんな……」


 眼鏡を掛けた彼も好きだし、外した顔はいつも新鮮に思えてドキドキしてしまう。

 どっちがいいんだと本気で考えて、悩みまくった末に「どっちも」と答える。


「どっちも、好きだよ?」


 恥ずかしがるみさぎの優柔不断な本音に湊はきょとんと一瞬固まって、そこから嬉しそうにはにかんだ。



   ☆

 電車の中では逆にみさぎたち魔法使い組の話をした。

 店の中に智が居たこと、魔法陣を描きに山へ入ったこと──色々話をしたけれど、自分が昼食のなべを食べすぎてしばらく動けなかったことは内緒だ。


 車内はガランとしていたが、広井町の駅はいつもの休みより更に人が多かった。先週から始まったイルミネーションの効果だろう。


「離れないで」


 湊に手を繋がれて、みさぎは「うん」と握り返した。

 会場の広場へ流れる人の波に乗って、早足でついていく。少しでも立ち止まれば後ろの人にぶつかってしまいそうな混み様だ。

 すっかり暗くなった外の空気に、吐き出す息が白い。


「雪降りそう。寒くない?」


 雲に覆われた灰色の夜空を見上げて、みさぎはマフラーに顔をうずめる。


「うん、まだ平気だよ。けどもう冬なんだね。ハロンが来る時はもっと寒いのかな」

「だろうね。雪積もっててもおかしくないもんな」


 ライトアップはもう始まっていて、道の先から歓声が聞こえる。みさぎも目に飛び込んできた光に「わぁっ」と声を上げた。


 広場に年中ある大きな木がクリスマスツリーに変わり、広場から町へと流れる街路樹がいろじゅには金色の光が張り巡らされている。


「すごくきれいだね」


 広場に着いて、みさぎはいつもと違う見慣れた町を見渡した。


「ここにお兄ちゃんたちもいるのかな」


 とは言ってみたものの人の数は半端なく、誰かを探すのは容易でない。

 友達同士や親子連れも居たが、大半はカップルだ。その中に自分も入っているのを素直に嬉しいと思う。


「湊くんと来れて良かったよ」


 「俺も」と湊が微笑んだ。


「ハロン戦が終わったらクリスマスもあるし、また来ような」

「クリスマス……か」

「嫌?」

「ううん、そうじゃなくて。クリスマスにはもう終わってるんだなと思って」


 町はもうクリスマス一色に染まっている。あと一ヶ月と少しでイブだというのに、ハロンが来るのはそれよりも二十日以上前だ。


「あっという間だな」


 数字を数えると、少し怖いなと思ってしまう。十月のハロン戦を前に、咲が同じ様なことを言っていたけれど、本当にそうだと思った。


「俺さ、前に戦うのは怖くないかって聞かれて怖くないって言っただろ? けど今は少し怖いと思うよ」

「湊くん?」


 学校をサボって、二人で広場に行った時だ。また何も思い出していなかったみさぎは、彼にそんな質問をした。

 湊は思い詰めた顔から息を吐き出して、繋いだ手に力を込める。


「あの頃は、使命の為に来たから死ぬのなんて怖くなかった。けどみさぎがリーナだって分かって、一緒に戦うんだなって思ったら、やっぱりみさぎには生きていて欲しいし、みさぎを残して死にたくないって思う。戦うってことが死に直結することなんて、前の父親が死んだ時に分かってた筈なのに、どこか他人事みたいに思ってた」


 彼がこんな話をするのは、ラルの時から思い返しても初めてな気がする。


「あの時みさぎに死なないでって言われて、嬉しかった。俺は戦うのが怖いんじゃなくて、失うのが怖いんだな」

「そうだよ、死んじゃダメ。私はアッシュが死ぬって聞いて、そんなの絶対にダメだと思った。誰も死んじゃダメなの。私はみんなで生き残るために来たんだよ?」


 「そうだな」と安堵する湊が、引かれたように顔をあさっての方へと向けた。


「あれって海堂たち?」


 彼の視線を追うと、少し離れたツリーの前に咲と蓮がいるのが見えた。

 繋がれた蓮の腕を逆の手で咲が掴んで、何か楽しそうに話をしている。

 まさかこんな人のごった返す中で二人を見つけられるとは思わなかった。

 ただ二人でいるだけなのに、嫉妬しっとしてしまうくらい幸せそうだ。


「お兄ちゃんの隣にいる咲ちゃんが、いまだに兄様に見える時があるんだ」

「そうなの?」

「うん。けど今は咲ちゃんのままだよ。声掛けない方がいいね」

「だな」


 二人に背を向けて広場の奥へ歩いていくと、通りすがりの男子と肩がぶつかった。よろめくみさぎを湊が受け止める。


「大丈夫?」


 ありがちな展開にいつも以上にドキドキしてしまったのは、湊の腕がそのままみさぎを抱きしめたからだ。

 誰かが見ているかもしれないと思うのに、このままで居たいと思う気持ちに自分から離れることができない。


「湊くん……」


 そんなみさぎに、湊は躊躇ためらいがちに口を開いた。


「みさぎ、明日俺の部屋来る? 部活終わった後、良かったら……だけど」


 いつになく積極的な湊に動揺してしまうが、みさぎは彼を見上げ「行く」とうなずいた。





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