129 遅めのハロウィン

 昼前に降り始めた雨に今日はデートだとみさぎが心をおどらせていると、どこかへ行っていたさきが教室に戻ってきた。

 四時限目終わりのベルとともに廊下へ飛び出していったのはトイレか購買かと思っていたが、そうではなかったらしい。


「みんな帰りけといて」

「えっ、今日?」


 弁当を食べていたテーブルに自分の椅子を引いてきて、咲はみさぎ達に向かってその計画を切り出した。


「そう、今日だ。教官の許可貰って来たから、帰りは部活行かないで田中商店に集合な」

「そんな急に……」

「だって雨降る予定じゃなかったし、みさぎだって部活行く気だったろ? いい機会だと思ってさ」


 部活に行く予定なんて、雨が降り出した瞬間に抹消していたけれど。

 デートへの期待を崩されて、みさぎは思い切り顔をしかめて見せる。


「ハロン戦に向けて、ちょっと提案があってさ」


 だったら晴れの日にやればいいじゃないかと反論したかったが、男子二人が「そういうことなら」と納得してしまい、言い出すことができなくなってしまう。


「そういうのもやらなきゃならない時期だよな」

「教官が許可した事なら、行くっきゃないか」

「そうだね……」


 みさぎの気持ちをみ取って、みなとなぐさめるように笑顔をくれた。



   ☆

「もう一ヶ月切ってるし、色々準備しとかないとね」


 ともが足元の大きな水溜みずたまりをまたいだ。雨は昼より強くなっている。

 放課後、「先に行ってて」と言う咲を置いて、みさぎは湊や智と田中商店に向かった。

 話し合うのも大事だが、折角せっかくの雨なのにと思うと最近慣れた憂鬱ゆううつさもまたぶり返してしまう。


 店の軒下のきしたに入り込んで傘を畳むと、智が扉の前にぶら下がった看板を見つけて「貸し切りだ」と眉を上げた。

 ハロン戦の話をするという事で、絢がはからってくれたのだろうか。


 中を覗き込んだ智が「ちょ」と声を詰まらせ、ドアを背にして困惑顔を見せる。


「どうしたの? 智くん」

「何か変なの見た」


 動揺する智に、みさぎは湊と顔を見合わせる。

 また彼女のコスプレかと予想して、レースクイーンか、チアガールかと構えると、


「何してるんだ?」


 背後から時間差で現れた咲が声を掛けて来た。

 「それが」と説明しようとするみさぎに首を傾げ、咲は智を追い越して店の戸を開く。


 店の中に耳が見えた。

 湊と智の背の隙間からぴょこんと三角耳が覗いて、みさぎは顔をしかめる。

 そうきたか──と猫耳キャラをあれこれと想像したが、実際はみさぎの予想よりも遥かに際どいものだった。


「いらっしゃいませぇ」


 絢の声。彼女は猫の姿をしていた。

 それを見た湊が絶句している。


「何だよ、その格好は」


 途端に張り上げた咲の声に凍り付いた空気が溶けて、流石さすがの智も「絢さん」と口角を震わせる。


 絢の姿はほぼ裸だ。

 フサフサの毛をあしらったビキニとブーツと手袋という、コスプレグラビア雑誌にでも出てきそうな格好だけれど、ここの男子たちはきょうざめしている感が否めない。


 妖艶ようえんなエロさという表現を一蹴いっしゅうする目に見えない圧力は、彼女の内からにじみ出る存在感と、染み付いた過去のせいだろうか。

 どちらにしろ鈴木のような「ドキドキしちゃいますぅ」という感情は二人には起きなかったらしい。


 中條の家にいる『気性の荒い猫』と言うのが絢の事だと湊に聞いて驚いていたが、まさかこんな際どい服を着ているとは思わなかった。


「それも教官の趣味なんですか?」

「ふざけないで、アッシュ」


 みさぎの疑問を代弁するように智がそれを口にしたが、絢はぴしゃりと否定する。


「そんなわけないじゃない! ハロウィンよ、ハロウィン。貸し切りにしてあるんだから、好きな服着てもいいでしょ? ラル、貴方だってリーナの猫姿が見たいんじゃないの?」

「ちょ、何でこの流れで俺にふるんですか! 俺は……」


 チラと向けられた湊の視線に、みさぎが慌てて「ルーシャ!」と声を上げる。彼が答えに困っているのは目に見えた。

 「俺は見たいかな」と一華を想像しているだろう智に面白がって、咲まで悪ノリしてくる。


「ホラ、智もメラーレのが見たいんだってさ。湊も見たいんだろ?」

「咲ちゃん!」


 本心は分からないが、湊はきっと否定するだろうとみさぎは思っていた。「答えなくていいよ」とこっそり湊の袖をつまむと、彼はあろうことか「見たい」と言い切ったのだ。


「えぇ?」


 驚くみさぎに、湊は「けど、見せなくていいから」と慌てて付け足す。

 「やったぁ」とく智と咲に、みさぎは真っ赤になって硬直した。


「あら、ラルも意外と素直なのね。リーナ、貸しましょうか?」

「着ません!」


 顔も耳も熱かった。

 絢は「じゃあ、今度ね」と笑んで、入口で棒立ちする四人を見渡す。


「今日はここで何か話し合いするんでしょ? クリームソーダおごってあげるから入りなさい」

「本当ですか! ご馳走様ちそうさまです」


 クリームソーダ一杯で、猫服への困惑が消えてしまうから不思議だ。

 他に誰も居ないという事で、咲は率先そっせんして中央の広いテーブルを陣取じんどった。

 脇に抱えていた手提げ袋から、スケッチブックと色鉛筆を取り出してテーブルに広げる。


「何する気だ?」


 四人全員が席に着いたところで、咲は改まった顔で立ち上がり、意味ありげな笑顔を光らせた。


「旗を作ろうと思うんだ」




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