120 大好き

 やばいやばいやばい……


 そんな言葉を脳内で数十回繰り返しながら、さきれんのすぐ横でゾンビアニメを見ている。

 まだ一話目のアイキャッチが終わった所だ。

 冒頭から恐怖シーンが出てきているが、怖いとかおびえていられるような状況ではない。


 熱がある──はっきりと自覚できた。


 けれど、それを言い出すことはできなかった。折角せっかく楽しい時間を過ごしているのに、熱だなんて言えば台無しになってしまう気がしたし、玄関の前に停まっていた車で強制送還させられるかもしれない。

 何よりまだ我慢できる気がした。


 目元が熱い気がして、少しだけ目をつむる。

 寒気がしてひざを抱え込むと、蓮はそれを恐怖だと捕らえて「怖い?」と咲をのぞき込んだ。


「ううん、平気だ」


 強がってみたものの、こんな近くで蓮に不調を隠し通せるわけがなかった。

 画面に突然飛び出たゾンビの顔に驚いて「ヒッ」と声を上げた咲の手を、蓮がそっと握りしめる。

 それが決定打だった。


「咲?」


 途端に表情を強張こわばらせた蓮が、咲の前髪を手でかきあげ、ひたいほおを押し当てる。


「ちょっ……」


 急に縮まった距離に慌てる咲を、蓮は真面目な顔で覗き込んだ。


「いつから?」

「えっと……さっき。けど、もう少し前からそんな気はしてた……かな」


 まっすぐな視線にたじろいで、咲は咄嗟とっさに嘘をつくことができなかった。


「けど、平気だから」

「こんなに熱くて平気なわけないだろ? 俺に気なんて遣うなよ」

「だって。熱があるって分かったら、今日蓮に会えなかっただろ? 会える時は蓮に会っておきたいんだよ。僕は……」


 蓮は最後まで言わせてはくれなかった。


「大好き」


 そんな言葉で、蓮は咲を抱きしめる。


「俺だっていつも咲に会いたって思ってる。だから一人で無理なんてするなよ。気付けなかったの分かると、俺だって辛いんだぞ?」

「蓮……」

「大好きだから、熱でも何でも咲の事心配させて。それとも俺、甘えられないような空気出してる?」


 昼間『甘えてこい』と智に言われた。

 蓮は、咲が何かおかしなことを言っても、きっと全部受け止めてくれるだろう。だから、「そんなことないよ」と首を振った。


「僕は、蓮に甘えてないのかな」


 どうやら熱のせいで心も弱っているらしい。

 泣きそうになって、咲は慌てて涙をこらえた。


「ねぇ咲。会える時に会いたいって、会えなくなるような心配してる? こんな時に言うのもなんだけど、今度の部活の合宿って、その日に何かあるの? みさぎがみんなで体力作りだとか言って親に承諾書貰ってたけど、違うんじゃない?」

「──あるよ。だから、今日は蓮に会いたかった」


 ハロン戦で何があるかなんて分からない──智に言われた言葉を引きずっている。

 蓮に会えなくなるかもと言う現実に、こんなにも不安になる自分が信じられなかった。


「戦うの?」

「うん」

「みさぎと眼鏡くんは強いんだろ? 咲も行くつもり?」

「これは僕のけじめなんだ」


 声を出すたびにしんどくなって、咲は崩れるように蓮の肩を両手で握り締める。


「ごめん、蓮」

「いいよ、俺のベッド入ってて。薬持ってくるから」

「薬はさっき飲んだんだ」

「持ってきてたの? そんなに自覚してたのかよ。じゃあ、飲み物持ってくる」

「ごめん」


 もう一度謝って、咲はうように立ち上がると、ベッドの上に腰を下ろした。


「ごめんじゃないだろ? 俺は心配させてって言ってるんだよ」


 咲は立ち上がる蓮の手を掴んだ。


「待って」


 寂しいなんて気持ちは口にしたくなかったけれど、それをこらえたら必死に押さえていた涙が込み上げた。


「泣いてもいいよ」


 蓮はモニターのスイッチを切って、咲の隣に腰を下ろす。


「泣いたらみさぎに聞かれるだろ?」

「初めて会った時も、同じこと言ってたよ。咲はみさぎに気を使いすぎ。気にするなよ、妹だろ? 心配させとけばいいんだよ」

「そういうわけにはいかない」

「相変わらず咲は頑固だな。そういうトコも好きだけどさ」


 昼間、智に「ラルに遠慮している」と言われたけれど、実際は蓮の言う『みさぎに気を使っている』という表現の方が近い気がした。


「けど、意地張ってみさぎに気を遣うなら俺には甘えてよ。今日はここに泊まりな、俺が看病するから」

「蓮……」


 蓮は「我慢するな」と言ってキスをした。咲はハッとして「駄目だ」と彼を離れる。


「風邪うつるだろ?」

「俺が熱出したら、みさぎに看病させるから」

「なら余計に駄目だ」


 咲は半泣きで蓮を睨む。


「それって、俺とみさぎのどっちに嫉妬してるの?」

「──どっちもだ!」


 考えた末に咲が答えると、蓮は不満そうな顔で「そうですか」と苦笑する。


「けど、俺が言う事聞くと思う?」

「思わない」


 「だろ?」と二度目のキス。そこから蓮が咲を抱きしめた。

 近付くハロン戦やみさぎのこと、色々な思いがつのって、蓮に甘えてしまう。

 制御が効かないのは熱のせいだろうか。


「また僕はここで泣くのか」


 言葉の最後が涙に掻き消える。

 咲がわんわんと泣き出した声は、もちろん二つ隣のみさぎの部屋に届いていた。






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