106 気の毒な男
急だったせいかいつもより地味な格好の彼女は、体型に沿った紫のサテン生地のワンピースに薄いコートを羽織っている。強調された胸に釘付けになる智に一華がむくれるという軽い
「それより彼をどうにかするのが先よ。何でこんなことになってるの?」
ベッドでガァガァと
地下で鈴木に見つかるまでの事情を知らない一華に変わって、智が駅で光を見つけてからの経緯を説明する。
「ごめんなさい、ルーシャ。私が
謝る一華に重ねて、智も「すみません」と頭を下げた。
「まさかつけられてるとは思ってなくて。地下へ誘導する結果になったのは俺の責任です」
「僕も……」
咲も続けて謝った。
絢は
「けど彼はどうして学校なんかにいたのかしら」
「それは、多分
ついこの間彼が言っていた事を思い返して、咲が鈴木を振り返った。
メラーレが地下で剣を叩く音を『
肝試しのメンバーを探しているようだったけれど、結局誰も見つからなかったらしい。
「一人で来たのか。ちょっと気の毒だな」
「でも俺たちをつけてあの地下室に辿り着いたんだから、コイツにとっちゃ大成功だったんじゃないか?」
「お前にぶっ倒されたけどな」
しかも憧れの一華と智の
「彼一人で良かったわよ。私もこんなことばかりして良くないのは分かってるけど、仕方ないわね。今騒ぎを起こすわけにはいかないもの」
キンと耳鳴りがして、咲は絢の手元を見やった。
彼女の細い指先が
「少しだけ巻き戻すわ」
彼女は攻撃魔法を
魔法陣を貼りつけた人差し指を鈴木の額に押し当てて、絢は小さく文言を唱えた。
くるくると回る文字列が肌に移って、インクが
一瞬止まった鼾が、再びうるさくガァガァと鳴り響いた。
黒い魔法はウィザードの操る白とは対照的な色だ。それを少し怖いなと思いつつ、咲は腕時計の時間を確認した。
☆
すぐに起きるだろうと絢は言ったのに、あれから三十分経っても鈴木は目を覚まさなかった。
相変わらず締まりのない顔で鼾をかいていると思えば、急に泣き出しそうに顔を
「本当に記憶は消えてるんだろうな?」
保健室にいるのは咲と鈴木の二人だけだった。
一度家に戻ると言った絢と一緒に、智と一華にも帰ってもらった。
一華は鈴木が今一番熱を上げている女性だ。せっかく消してもらった記憶を、彼女に会う事でぶり返されても困るし、逆に夜の出会いに舞い上がってしまうかもしれない。
どっちにしろ顔を合わせたら面倒が起こりそうな気がした。
「僕はコイツと結構長い付き合いなんだな」
咲が広井町から引っ越して来た小学生時代から、彼はずっとクラスメイトだった。転校してきてすぐに告白されたのも、即効で断ったのも、咲にとっては良い思い出だ。
だからと言って特別な思いは何もないけれど。
もう九時半近くになっていて、そろそろ目を覚まして欲しかった。あんまり遅いと
「起きろよ、鈴木」
肩をツンと人差し指で突くと、鈴木の目がパチリと開いた。
あまりにも機械的な覚醒に驚いて、咲は「うわぁ」と声を上げる。
「俺何でここに……海堂? お前がいてくれたのか?」
状況を飲み込めていない様子で鈴木はゆっくりと起き上がり、不安気に咲を覗き込んだ。
「どこまで覚えてる?」
咲が質問すると、鈴木はこめかみの痛みに手を添えて、首を傾げた。
「俺……」
揺らいだ視線がテーブルの上の懐中電灯に止まって、ハッと目を見開く。鈴木が持っていたものだ。
「そうだ! 俺、肝試ししようと思って学校にもぐりこんだんだ。そしたらお前と
「ちょっと待て。僕はアイツと逢引きなんかしてないぞ」
「うわぁぁあああ」
咲の否定など聞き入れず、鈴木はいきなり叫び声を上げた。
まさかルーシャに限ってそんなことはないと思っていたけれど。
「俺の一華先生が、アイツと抱き合って……」
この世の終わりを思わせる叫びを前に、咲は「えええ?」と
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます