84 束縛する男は嫌いですか

 体育の後、ルーシャことあやに治癒魔法の事を尋ねた。

 リーナは彼女に何年も魔法を習っていたが、治癒魔法の事なんて話題にすらならなかった気がする。

 それなのに絢は「できるわよ」とあっさり返事したのだ。


 魔導書がハリオスこと校長の田中耕造こうぞうの自宅部屋にあるという情報を得て、みさぎは放課後田中商店へ向かった。


「ねぇみなとくん、先に帰っていいよ」


 今日は帰りが湊と二人きりだった。

 治癒魔法の話なんて剣士の彼には関係ないと思って、先に言った次第だ。

 店に差し掛かった所でみさぎが湊にそう伝えると、彼はあからさまに不満げな顔を見せる。


 予想的中だ。

 何となく、嫌がられる気がした。


「俺も行くよ?」

「絢さんの所だし、一人でも平気だよ。遅くなっちゃうかもしれないし」

「構わないから。それとも一緒に行くのは嫌?」

「えっ……?」


 そういう意味ではないのだけれど……。



   ☆

「もう、面倒くさい恋愛してるわね。それって束縛そくばくじゃない?」

「やっぱり……ルーシャもそう思う?」


 シンとした店内に、みさぎは重い溜息ためいきを響かせた。

 絢が急遽きゅうきょ店を臨時休業にしたお陰で、店内は他に誰も居なかった。耕造もすぐに帰って来てくれるらしい。


 みさぎはメイド姿の絢がご馳走してくれたクリームソーダを頬張ほおばって、「はぁ」と肩を落とした。


 結局やんわりと断って、湊には先に帰って貰った。

 彼の事は好きだし一緒に居たいのはやまやまなのだが、こと魔法に関してはあまり入ってきてほしくないのが本音だった。


「ラルってあんな感じだったかな」

「あんな感じよ。彼って元々根暗な感じじゃない? そりゃあ戦場を渡り歩いた挙句あげく、父親が目の前でられたらあぁもなるわよ。束縛なんて、貴女の事が好きすぎるって事じゃない」

「そ、そうなのかな」


 ストレートな言葉に恥ずかしくなって、みさぎは絢から目を逸らした。

 ラルがリーナの側近だった頃、淡々とした説明口調でそんな過去話をされたのは覚えている。

 パラディンだった彼の父の功績が、ラルを苦しめているのも知っている。


「だからって、束縛は……」

「嫌なら別れなさいよ。別に男なんて他にいくらでも居るじゃない」

「そういう言い方しないで。やっと……好きって言って貰えたのに」


 みさぎは勢い良くメロンソーダを飲み込んで、向かいの席についた絢をじっと見つめた。


「そういうルーシャはどうなのよ」

「私の事はいいのよ。それより貴女のお兄ちゃん、この間男と歩いてたわよ」

「ええっ?」


 先に浮かんだのはれんの顔だった。

 その後にそれは咲の事なんだと理解したけれど、結局絢が見たのはどちらも間違ではないんだとみさぎは頭を抱える。

 詳細を絢に説明したら面倒なことになりそうな気がして、「いいんです」と首を振った。


「兄様が良いと思ってるなら……」

「貴女って嫌だとか言いながら、結構ブラコンよね」

「ブ……そんなことないですっ!」


 いきなり何を言い出すのだろうか。

 慌てて否定すると、絢は「そう?」と笑った。


「ヒルスとはちゃんと話してる?」

「まぁ、一応」

「まだ納得できてない顔してるわね」


 絢はテーブル越しに手を伸ばして、「だって」と押し黙るみさぎの額を指でちょいと突いた。


「貴女があの崖を飛んですぐ、ヒルスは自分も行くって言ったの。まぁそんなのは想定内だったけど、自分から女にしてくれって言ったのよ」

「あの時に?」

「えぇ。貴女がラルにぞっこんだったから、身を引いたのね。転生も転移も時間を超えることはできないから、当然先に飛んだ貴女の兄になることはできないでしょ? 男なら可能性もあるんじゃないって何回か説得したけど、気持ちは変わらなかったわ。貴女の女友達でいたいって言ってね」


 頬杖ほおづえをつきながら、絢は懐かしそうに目を細める。

 そうだったんだとヒルスの顔を浮かべたところで、みさぎは「えっ?」と疑問符を飛ばした。


「ちょっと待って。私、リーナの時ラルを好きだなんて誰にも言わなかったよ?」

「それ本気で言ってるの? 誰も知らないと思ってた?」

「本気だよ。だって、好きだって自分でも思ってなかったもん」


 確かに今考えるとリーナはラルを好きだったけれど、それを当時の自分がちゃんと理解していたわけではない。 

 ウィザードとして側近の片方を好きになったら仕事に影響が出ると思ったから、アッシュにアプローチされた時も曖昧あいまいな返事ばかりしていた。

 メラーレに聞かれた時も「良く分からない」と答えていたし、ヒルスに勘繰かんぐられた時も「そんなことはない」と反抗した筈だ。

 それなのに絢は片手で頭を抱えて大袈裟おおげさに溜息をつく。


「みんな知ってたわよ。貴女たち二人以外は」

「えええええ」


 「信じられない」と涙声で叫んで、みさぎはテーブルに突っ伏した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る