81 スカートの丈は短い方が可愛いんじゃなかったのか
月曜の朝、
いつものように改札に
「意識しすぎ。相手は
「そうなんだけど……」
──『咲ちゃんって、お兄ちゃんと付き合ってるの?』
その返事をもらうだけなのに、朝からずっと落ち着かない。
自分で聞いたことなのに、確定している『YES』を咲本人の口から聞くのが嫌でたまらなかった。
扉が開いて外に出ると、
「海堂いるよ。頑張って」
「うん」
意を決して顔を上げると、改札の向こうで咲が待ち構えていた。いつものような仁王立ちではなく、彼女もまた気まずそうな顔をしている。
「おはよ、海堂」
湊が先に声を掛けて、咲とみさぎを交互に見つめる。
「おはよ」と咲が短く答えて、みさぎも「おはよう」とぎこちなく返した。
「俺先行くから、二人でゆっくり来ればいいよ」
湊がそう言ってみさぎの横を離れた。側に居て欲しい気もしたけれど、みさぎは「ありがとう」と小さな笑顔を返して彼の背中を見送る。
咲と二人になってしまい、気まずい気持ちは晴れないままだ。
咲がヒルスだと分かってもこんな気持ちにはならなかったのに、
「あの……」
改めて振り向いた視線が咲と重なった。
見た目だけならば、いつもの咲だ。女子が
駅舎の前で顔を見合わせたまま、みさぎは彼女に歩み寄る言葉を探した。
「えっと。今まで通り、咲ちゃんって呼んでもいい?」
「あぁ、もちろんだ。この間、すぐ返事できなくてごめんな」
「いいよ。けど、咲ちゃんって本当にうちのお兄ちゃんと付き合ってるの?」
メールと同じことをストレートに聞く。
できてもいない覚悟で返事に構えると、咲は小さく唇を噛んだ後にその答えをくれた。
「うん」
予想通りの返答に衝動が込み上げて、みさぎはそれを振り払うように学校へと歩き出した。
「やっぱりそうだよね。うちのお兄ちゃんって嘘つくの苦手だし」
「ごめんな」
「謝らなくていいよ。けど、ちょっと複雑っていうか」
みさぎの歩く速度に、横で咲が合わせる。リーナの頃から、ヒルスはいつもそうだ。
お互い前を向いたまま、ぽつりぽつりと呟くように会話する。
「咲ちゃんは、お兄ちゃんの事好きなの?」
「うん……」
「そっか。咲ちゃんも
毎日「リーナ」と繰り返してきたヒルスの執着を
ヒルスへの想い、咲への想い、そして蓮への想いがバラバラで、素直に二人の関係を受け入れてあげることができない。
「みさぎが嫌なら、僕は蓮と別れるよ」
咲がみさぎの前へ走り出て、意を決したようにきっぱりと言い放つ。
「えっ」
けれど、みさぎは咲にそうして欲しいとは思わなかった。
「僕は蓮と居るといつも通りの自分でいられなくなる。次のハロン戦を控えてこんなんじゃダメだって思う事もあるし、お前が嫌なら僕は──」
「私を理由にしないで」
「みさぎ……」
「ハロン戦を控えてるのはみんな一緒だよ。咲ちゃんがお兄ちゃんを嫌いだって言うなら別だけど、そうじゃないなら私を理由に別れたりしないで。一緒に居て落ち着かなくなるのは好きって証拠でしょ? 私だって……湊くんと居るとそうなるよ」
後ろを歩いていた二年生との距離が迫って、みさぎは大きくなる声を抑える。
「あんなにラルを嫌がってた兄様が、私と湊くんを認めてくれたんだよ? 私だってお兄ちゃんたちを駄目だなんて言えないよ」
リーナがハロン戦で雨の中倒れた時から、ヒルスはラルを憎んでさえいた気がする。転生してもなお、咲は湊に対してその感情を引きずっているように見えたが、最近は少し仲が良さそうだなとさえ思える。
「僕は別に、湊を認めたわけじゃないけどな」
「そういうこと言わないで。だから、お兄ちゃんと仲良くしてあげて」
「……分かったよ。ありがとう」
少し照れながら、咲はそっと笑顔を零す。そんな反応にも複雑な思いは
☆
学校に近付いたところで、みさぎは校門の横に立つ彼を見て「そうだ」と眉を上げた。
風紀委員の伊東先輩だ。
テスト期間中はお休みしていた、挨拶運動と言う名の制服チェックが再開している。
今ちょうど、別の女子が指導されている真っ最中だ。
みさぎは咲のスカートを
「この間から思ってたんだけど、咲ちゃんのスカート長くなったよね? それってもしかして、お兄ちゃんの影響?」
今まで下着が見えそうなくらいに
みさぎが心境の変化かと思って心配したのは先週までだ。
土曜日に二人の関係が発覚した途端、その理由が蓮な気がして、背中がゾワゾワとしてしまった。
「いや、寒くなってきたから……」
動揺しながら答える咲の嘘はバレバレだ。
「まだ寒くないじゃない。咲ちゃんの脚は、世の中の男たちに見せつけるものだったんでしょ? 短い方が可愛いって言ってたじゃない。それなのに──」
「
反抗する咲に、みさぎは泣きたい気分だった。
彼女の一人称がヒルスの時の『僕』に変わっているのに、その他の女度が少しずつ上がっている気がして、みさぎは「もぉ」と目を
「お兄ちゃんの事意識してるの? やだぁ」
「何だよ、蓮とのこと認めてくれたんじゃなかったのか?」
「認めるのと慣れるのはまた別なんだよ。時間が必要なの!」
「海堂さん」
盛り上がる二人の会話に割って入ってきたのは、風紀委員の伊東先輩だ。
彼は咲を見ると条件反射のように声を掛けてくる。
さっきの別の女生徒への注意は終わって、次のターゲットが常習犯の咲へ移った。けれど今日は状況がいつもと違う。
咲はニヤリと勝ち誇った顔で彼を見上げた。
「おはようございまぁす、伊東先輩。私に声掛けるなんて、どうしたんですかぁ?」
久しぶりに聞く咲の猫なで声に、みさぎは横で息を呑んだ。まさか蓮の前でもこうなのだろうか。
伊東先輩は「えっ」とスカートへ目をやって、その丈に驚愕した。
「ええっ、海堂さん?」
膝丈のスカート。校則よりは少し短めだけれど、伊東先輩は目を疑って咲の
「いやぁん、そんなに見ないで下さいよぉ」
「海堂さん、ど、どこか具合でも悪いんですか?」
「だって、先輩の言う事聞かなきゃと思って」
混乱する伊東先輩に悪い女の顔を見せて、咲は「失礼しまぁす」と校門を潜った。
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