54 記憶なんてないのに

 ちょっと早めの昼食を家で済ませ、みさぎはさきの元へ向かった。


「気合入りすぎじゃないか?」


 咲から開口一番かいこういちばんにそんなことを言われたのは、今日の服装のせいだ。

 悩んだ末に選んだのは、夏の最後に買った花柄のワンピースだ。前に二人の修行を見に来た時は、れんお勧めの山スタイルで「可愛くはない」と批判され、じゃあ今度はと可愛い服を選んでみれば、そんなことを言われてしまう。


「これからフリに行く男が勘違いするぞ?」


 咲もワンピースを着ている。どう見ても自分より可愛いじゃないかと嫉妬しっとして、みさぎは「難しいよ」とくちびるとがらせた。


みなとが見たら喜ぶだろうな」


 咲はみさぎに向けてスマホを構えると、すかさずパシャリと撮影した。


「ちょっと待って。不意打ちで撮らないでよ」

「いいのいいの。十分可愛いから」


 やたら速い指使いで何か打ち込んで、咲はスマホをポケットにしまった。


「まさか、湊くんに送ったんじゃないよね?」

「いいだろうって自慢してやっただけだよ」

「えぇ、変な顔送らないで」


 咲は悪戯いたずらな笑みを見せ、「大丈夫」とみさぎの肩を叩く。

 みさぎは膨らませたほおから溜息を吐き出し、斜めにぶら下げた鞄の紐を両手で握りしめた。


「そうだ咲ちゃん、こういう時って湊くんに言っておいた方がいいと思う?」

「今から智の事フってくるって? 言わなくていいんじゃないか、別に。私と一緒だってのは写真見たらわかるし、後から何か言われても私が誘ったって言えばいいよ」


 黙って智に会いに行くことに罪悪感さえ感じてしまうが、確かに咲が一緒だし「フってくる」と伝えるのは違う気がして、「そうだよね」と先を行く咲を追い掛けた。


 智の居る広場のふもとまでは、歩いて十五分ほどだ。

 住宅地を抜けて小川沿いの道を歩く。昨日湊と逆方向に歩いた記憶を風景に重ねるとつい嬉しくなってしまうが、今から智に会いに行くことを考えると少しだけ足が重くなった。


「咲ちゃんが来てくれて良かったよ。緊張しちゃうね」

「頑張れよ。終わったら一緒にクリームソーダ食べような」

「うん、そうしよう」


 両手で拳を握り締め、みさぎは自分に克を入れた。

 気持ちを伝えた後も、智と普通に友達として過ごすことができたらいいなと思う。


「そういえば咲ちゃんは、自分が智くんたちと同じように、ターメイヤから来た人だったらって思わない?」


 リーナだったらなんて高望みしなくても、同じように運命を背負っていたらと昨日から色々考えていた。


「まぁ私なんてただの日本人だから妄想してるだけだし、戦うために来た二人から見たら、ふざけたこと言ってるように聞こえちゃうんだろうけどね」

「みさぎ……」


 ボソリと呟いた咲が、うつろな目をみさぎに向ける。


「どうしたの? 咲ちゃん」


 朝電話した時はテンションが高めだった咲が、今はき物でもついたように沈み込んでいるのが分かって、みさぎは彼女の細い腕を掴んだ。


「具合悪い? 少し休もうか?」

「いや、そうじゃない。大丈夫だ」


 咲は首を緩く振って、みさぎを伺った。


「お前は、アイツらと一緒に戦いたいのか?」

「もしもの話だよ。言ってみたかっただけ。智くんみたいに魔法が使えたらカッコいいなって思って」


 それが現実離れした話だという事は分かっている。本の主人公のような理想像は、妄想の域を飛び出してはくれない。


 なのに咲は急に足を止めると、真面目な顔でみさぎと向き合った。


「……何で? お前はアイツらの方に行きたいのか?」

「咲ちゃん……?」


 戸惑いながらみさぎが呼び掛けると、咲はハッとして目をまたたかせた。顔に貼り付けた不安をパシャリと手で叩く。


「ごめん。そうじゃなくて……みさぎがアイツらの所に行くなら、私も仲間に入れてくれ。三人でなんて許さないんだからな?」


 いじけるように顔を逸らす咲に、みさぎは「当たり前だよ」と笑った。


「その時は咲ちゃんも一緒に戦おうね」

「それは……」

「どうしたの?」

「いや、独り言だ」


 零した笑顔はどこか寂しさをにじませる。再び歩き出した咲は、心の中に何を抱えているのだろうか。


「前にも言ったけど、何かあるなら私に相談してね。私だって咲ちゃんの事心配してるんだから」

「うん、ありがとう」


 そこからしばらく沈黙が続いたが、広場がある山の麓に着いた時にはもういつもの咲に戻っていた。


「私はここで待ってるから。智のこと盛大にフッてきてやれよ」

「うん……行ってくるね」


 みさぎは眉をしかめつつ咲に手を振った。


 広場への道を一人で歩くのは初めてだ。咲や湊と一緒の時より、頂上までをやたら長く感じる。

 曇り空の薄暗い山道を半分ほど歩いたところで、ズンと足元が揺れた気がした。


「地震……じゃないよね」


 智は魔法使いだ。きっと彼の修行か何かだと思って、みさぎは先を急ぐ。


 智とちゃんと話ができるだろうか。

 湊とのことを言ったら、どんな顔をするだろう。


 ――『ねぇ、みさぎちゃん。俺と付き合わない?』


 あの時そう言ってくれた智の笑顔が浮かぶ。

 嬉しかったのは嘘じゃない。ただ、自分がそれよりずっと前から湊の事を好きだという事に気付いて、彼の思いに答えることができなかったのだ。


 広場の入口に飛び込んだところで、みさぎは「あっ」と息を呑んだ。

 一瞬前には何もなかったはずのそこに、突如として熱い炎が広がった。視界が緋色ひいろに覆われて、バチバチと火の粉を降らせる。


 山火事かと一瞬ひるんで、みさぎはすぐにそうじゃないと目を凝らした。

 智の魔法だ。


 この間咲が『ファイヤーショー』だと揶揄からかった時とは大きさも威力も全く違っていた。

 乾いた熱が身体を包んで皮膚が痛いと悲鳴を上げるが、怖いとは思わない。


「智くん」


 炎の真ん中に黒い影を見つけて、みさぎは彼を呼んだ。

 




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