50 お兄ちゃんと兄様
エレベーターを十階で降りて、
綺麗だけれど殺風景な部屋だ。
人の居る気配がまるでなく、
パーティでもできそうなくらいのリビングには最低限の家具が置かれていて、隣の和室はがらんどうとしていた。半分開いたクローゼットの中には、引っ越し会社のダンボールが敷き詰められている。
「広い部屋だな」
「おじさん独身だし、色々考えてるんだろうね。ところで咲ちゃんはご飯食べてきた?」
「蓮は?」
「俺は食べたけど……」
「じゃあいいよ。さっきクリームソーダ食べたから」
考えることが多すぎて、食べることが後回しになってしまう。
コンビニで買ったお茶を半分だけ飲んで、胃が満足してしまった。
「クリームソーダって、みさぎが好きなスイーツじゃん。ちゃんとご飯食べなきゃダメだよ。米ならあるけど、どっか食べに行こうか?」
「米があるなら
「いいけど。作ってくれるの? この間のカレーうまかったよ」
「料理は得意なんだ。おにぎりならすぐできるだろ?」
リビングとくっついたダイニングキッチンに入って、咲は冷蔵庫を開ける。住人が不在だから空なのは予想していたが、冷蔵室はコーラとビールと水で埋まっていた。
「うわぁ。このお酒、蓮も飲むのか?」
「おじさんが置いてったやつだよ。飲んでもいいよって言われてるから飲むけど。俺、一応
「そうだったんだ。うちのアネキと一緒だな」
そんな話をしながら、咲はといだ米を小さな炊飯器にセットする。
蓮は手伝おうとしてくれたが、あまり役には立たなかった。
「そういえば今日みさぎが浮かれて帰って来たけど、学校で何かあった? 咲ちゃんからのメールにも書いてあったけどさ」
「あぁ、何かあったんじゃないかな」
みさぎが
不機嫌に
「咲ちゃんの悩みって、もしかしてそれが原因だった?」
「そうじゃない。アイツらのことはいいんだ。私が話したいのは……」
咲はソファへ移動して、少し頭の中を整理する。蓮は隣に座るのかと思ったけれど、テーブルを挟んだ向こう側へ行ってしまった。
頭の中に過去やリーナのことを並べていざ話をしようとしたところで、咲は
大体、何を話したくてこんな所まで来てしまったのだろう。蓮に会ったら、あんなに沈んでいた気持ちがすっかり楽になってしまった。
現実は何も変わってなどいないのに。
黙り込む咲に、蓮は「無理してない?」と顔を傾けて、ゆっくりと腰を下ろした。
「やっぱり嫌だって思ったらそう言って。俺、朝まで家に戻ってくるから」
「嫌じゃないよ。むしろ、ありがとう」
「どういたしまして」と蓮は笑った。
「咲ちゃんはさ、メールするとちゃんと返事くれるから、少し期待しちゃうんだよ?」
「そりゃメールが来たら返さなきゃ悪いだろ?」
「確かにそうだけど。俺、もしかして一人で浮かれてた?」
「そう……かも」
「けど、そのお陰でこうして会えたんだから、いっか。俺、すっげぇ嬉しかったからさ」
蓮の笑顔に戸惑って、咲は大きく
このまま何も話さなかったら、ただ居心地のいい場所に逃避してるだけになってしまう。咲はそれじゃダメだと気合を入れて、強い目で蓮を見上げた。
「今日はちゃんと話すよ。蓮に聞いて欲しいから」
「うん、わかった」
「けど、これを話したら秘密を共有させることになるけど、それでもいいのか?」
「まぁ口は堅い自信があるから」
「わかった」
咲は握りしめた拳の震えを
「アニメとか好きなら、異世界転生って言葉は何となくわかるだろ? 僕がここじゃない世界から、今の咲に生まれ変わったって言ったら信じるか?」
「えっ」
回りくどいことは言わず直球でそれを投げると、蓮は短く息を呑んで黙った。
彼がどんな顔をしているのか、怖くて確認することができない。
けれど長い沈黙に咲が諦めかけたところで、蓮が「そっか」と呟いた。
「だから――男だった、ってこと?」
「信じるのか?」
咲は驚いて顔を上げる。
「信じる、って。本当のことなの?」
「やっぱり信じないだろ? ならいいよ、そういうことだから」
急に自信が無くなって、咲は立ち上がった。
「待ってよ、咲ちゃん。俺が答える前に、勝手に終わらせないでくれる?」
慌てて蓮も立ち、テーブル越しに咲の腕を掴んだ。
「そんなすぐに飲み込める話じゃないだろ? 信じるか信じないかって聞かれたら、信じられないよ。けど咲ちゃんがそうだって言うなら受け入れなきゃって思う。それじゃダメ?」
何で蓮に会いに来たのかと自分に問う。信じて欲しいから話したはずなのに、そんな奴はいないだろうと最初に諦めて、彼から離れようとしている。
「私、嫌な女だ……男だけど」
「咲ちゃん……?」
だったらこれも話しておこうと思って、咲は
「……みさぎが、僕と同じ転生者だって言っても? それでも蓮は受け入れてくれるのか?」
「みさぎ……? アイツは俺の妹でしょ?」
「アイツは僕の妹だったんだよ」
叫ぶように言い切って、咲は蓮を
「受け入れることなんてできないだろ?」と呟いた声が、
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