49 そういうのは無防備って言うんだよ
夜の都会は人も灯りも多すぎて、空を見上げなければまだ昼間のような気がしてくる。
頭の中のモヤモヤした気持ちは何一つ解決していないけれど、
「メールじゃなくて、話がしたいなって思って。電話でも良かったんだけど……」
「会えたのは嬉しいけど、流石にこんな時間だし家に帰る? 今から話したら終電もなくなるよ?」
蓮がスマホで時間を確認して、駅の方を
そんなのは
「みさぎの家に泊るって言って来た」
それは別に一人で夜を
「えぇ? 本気? ウチに来てもいいけどさ」
「駄目だ。できるわけないだろう?」
咲はそのシーンを想像して、思わず声を荒げた。
「みさぎの居る家に蓮と行って、何て説明するんだよ」
「けど、朝までファミレスとかカラオケって訳にもいかないでしょ? 高校生なんだし」
自分でも訳の分からないことを言っている自覚はある。蓮を困らせてしまうのは重々承知だし、流れとはいえ彼に甘えてしまっている自覚もある。
蓮は額に手を当てて「うーん」と
「ごめん……なさい」
「俺は構わないけど、本当にいいの? 朝まで一緒に居るってことだよ?」
「蓮が嫌じゃなかったら」
「嫌じゃないよ。じゃあ、とりあえず行こうか」
背を向けた蓮に「うん」と答えて、咲は彼の横に並んだ。
「どこへって聞かないの?」
「どこでもいいよ」
「どうでもいいみたいに言わないで」
蓮が「もぅ」と咲を覗き込む。
「……じゃあ、蓮とならどこでもいいよ」
「だったら嬉しいんだけど。みさぎが咲ちゃんの話する時ってさ、いつも強くて明るくて楽しくてって言うんだよ。けど、俺の知ってる咲ちゃんは、ちょっと違うよね」
「別に、こんな暗い女
「そうじゃなくて。また不安そうな顔してるから、この間よりは話してくれたら嬉しいなと思ってる」
「うん……」
今まで誰かに自分の過去を知って欲しいなんて思ったことはなかった。ヒルスが本当の自分で、咲は仮の姿みたいなものだと思っていたからだ。
けど咲としてみさぎに会って、これも自分なんだと知らされた気がした。
蓮は咲の中身が男だと知っても、大して驚かなかい。
それ以上の話をしても、彼は信じてくれるだろうか。誰かに聞いてもらいたくて、蓮ならと期待してしまう。
「本当のこと言ったら、引くんじゃないかな」
本当のことを話したら、またあの夜を繰り返してしまう気がした。
だから、また泣きついてしまいそうな自分が嫌で、蓮に会いたくなかった。
「引かないよ」
見上げた横顔がこっちを向いて、蓮は笑顔を見せる。
そっと繋いだ彼の
☆
十分ほど歩いて蓮が足を止めたのは、大通りから少し離れた十数階建ての白いマンションの前だった。
「ここ?」
「俺のおじさんのマンション。長期出張で誰も居ないから、たまに掃除すれば好きに使っていいよって言われてる」
「それは凄いな。他の女子も連れ込んでるのか?」
「そう言う事聞く? 言っとくけど、誰か連れて来たのは咲ちゃんが初めてだからね? おじさんの出張は先月からだし、俺その辺はもう
重いため息をついて、蓮はもう一度咲に確認した。
「本当にいいの?」
「みさぎが、蓮はオタクだし何するか分からないから気を付けろって言ってたぞ」
「アイツ……けど、咲ちゃんは彼氏いないの?」
「いないよ。男だった時から、そんな相手いなかったんだからな」
ぶっきらぼうに咲が言うと、蓮は「あちゃあ」とこめかみを押さえた。
「そういうの、無防備って言うんだよ? お姉さんに色々言われてるんでしょ?」
姉の教えは『男の部屋に入るのは同意するのと同じことだ』という話に始まり、他にも色々叩きこまれている。
けれど、自分に例えたところでいまいち実感が沸いていないのも事実だ。
男と二人きりなんて、兵学校時代にアッシュと寄宿舎の部屋が一緒だったのと変わりなく思えてしまう。
「言われてるけど、ここは蓮の部屋じゃないから大丈夫だって信じてる」
「俺さ、一応咲ちゃんの事男だって分かってるつもりだけど、関係ないんだからね?」
軽く叱るような口調で言って、蓮は入口のガラス扉を開いた。オートロックのパネルにカードをかざすと、奥の自動ドアが開く。
広いホールには古い置時計があって、十時を告げる鐘を鳴らした。
咲は緊張と不安を噛み締めながら、蓮の後に続いてエレベーターに乗り込んだ。
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