42 元親友の恋

 一時間に一本もない真っ白な時刻表を貼り付けたバス停の前に並んで、みささぎはスマホの通話ボタンを押した。

 最初に出るのが中條なかじょう先生ではありませんようにと祈るのは、いつもの涼しい口調で勘繰かんぐられてしまいそうな気がしたからだ。


 コール三回で「白樺台しらかばだい高校です」と出た声が女性だったことにホッとする。養護教諭の佐野一華いちかだ。


 「やったぁ」と音にせず伝えると、みなとがすぐ横でスマホをいじりながらこくりとうなずいた。


「あの、一年の荒助すさのみさぎです。今日ちょっと体調が良くないので、お休みします」

『みさぎちゃん? おはよう。大丈夫?』


 後ろめたい気持ちで「はい」と答えると、一華が声をひそめた。


『もしかして、そこに相江あいえくんもいるの?』

「えええっ」


 びっくりして湊を振り向く。

 先に電話をしたのは彼だが、どうしてバレているのだろう。


 みさぎは慌ててスマホを耳から遠ざけた。ビデオ通話の機能はなかったはずだ。

 『みさぎちゃん』と遠くに声が聞こえて耳にスマホを戻すと、一華は楽しそうに声を弾ませた。


『やっぱりそうなんだ。相江くんにも連絡貰ってたから、そうなんじゃないかって思ったの。担任の先生には適当に言っておくわね。こっちは私に任せて、みさぎちゃんは頑張って来て』

「は、はい。ありがとうございます」


 とがめられるどころか、応援されてしまった。

 通話が切れて、みさぎは覗き込むように湊を見上げる。


「一華先生にバレちゃった」

「保健の? さっき俺がかけた時も同じ先生だったけど」

「うん。怒られなかったけど、すごく楽しそうだったっていうか」


 「へぇ」と眉を上げる湊は、さっきからずっとスマホをいじっている。


「メール?」

「あぁ。智がうるさくて。荒助さんといるの? って」

「そっちもバレてるんだ……」


 保健室で告白された時、智に『気持ちが変わったら教えて欲しい』と言われた。あの時の返事を先延さきのばしにしてしまっていることに心が痛む。


「智くんに、何て答えたの?」

「そうだよって言ったら、それっきり」


 湊は不敵な笑みを浮かべて、スマホを鞄にしまった。


「大丈夫かな……」

「まぁ言いふらして騒ぐヤツじゃないよ。海堂かいどうにはバレてるだろうけど」

「そういうことだよね」


 みさぎはメールを確認する。咲からの新着はなかった。


「智の方が良かった?」


 意地悪っぽく言う湊に、みさぎは黙ったまま首を横に振る。


「なら嬉しいよ」


 湊はそう言って表情をゆるめた。


 今日は朝からたくさん彼の笑顔を見ている気がする。

 みさぎはずっと落ち着かない心臓を手で押さえて、ようやく現れたバスに顔を上げた。


 目的地の最寄り駅は、学校と同じ白樺台だ。

 一つ向こうの宮野みやの駅に下りて、そこから歩いて戻るつもりだったが、スマホの地図で調べてみたら、予想よりも大分距離があった。

 宮野駅から出るバスが白樺台方面に行くことを知って、半分だけそれに乗る。


 今日は天気が良く、散歩日和だった。

 バス停の側にあった自動販売機で飲み物を買い込んで、この間咲と歩いた小川沿いの道を逆方向に湊と歩く。

 彼と他愛ない話をしているだけで、みさぎは楽しくてたまらなかった。


 三十分ほど歩いて、広場への入口に辿り着く。

 そこから坂を上ったところで、みさぎはふと足を止めた。


 甘い匂いがした。

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