27 メイド服はアラサーでもきっと大丈夫

「そのカッコ見てると、話したいことも話せないんだけど……」


 応接室に通されてソファに座ったさきは、銀の丸盆にメロンソーダを乗せて現れたあやから目をらした。


「こんなの大したことないじゃない。向こうの世界に居た時は、もっと色々着てたでしょ?」


 異世界・ターメイヤで魔女ウィッチだった彼女は、確かにいつもヒラヒラでファンタジーアニメにでも出てきそうな服を着ていたが、生憎あいにくここは魔法世界でもなければアキバでもなく、ただのド田舎だ。


「絶対おかしいから」

「それを言ったら、昨日の貴方の格好だって山に行くには程遠いわよ」


 ミニのワンピースとピンヒールのサンダルを指摘されて、咲はムッとほおふくらませる。


「じゃあ、昨日みさぎに貸したワンピースは? アンタらしくないよな?」


 ズボン姿のみさぎを『地味』だと言った絢が彼女に着せたのは、普段のラインナップからは想像できないような、上品な白無地のワンピースだった。


「あれは昔、デエト用に買ったのよ」

「デートだと?」


 驚愕きょうがくして立ち上がる咲に、絢は「良い思い出じゃないから聞かないで」と忠告し、やたらと布の多いスカートをフワリとひるがえして、向かいのソファに座った。

 咲は「分かったよ」とあきらめて腰を落とす。

 

「それで? 私に何か聞きたくて来たんでしょ? 昨日はどうだったのよ。あの二人はちゃんと戦えそうだった?」

「あぁ……アッシュの野郎がムカついた」


 ズズッとメロンソーダをすすって、咲はミニスカートで足を組んだ。ギリギリパンツは見えない。


「だからあの二人が訓練してる所なんて行かない方がいいって言ったのよ。彼に未練みれんタラタラじゃない」

「そんなんじゃないよ。僕たちは親友なんだ。相棒にはなれなかったけど……」


 「あきれた」と絢は首を振った。


「そういうのが未練がましいって言ってるのよ」

「昨日アイツに剣で勝ったくらいで浮かれて、僕は馬鹿みたいだなって思ってさ」

「ちょっと、その姿で戦ったの? バレるわよ?」

「僕は咲だぞ? そう簡単にバレやしないよ。あんなのマグレだと思えば何の問題もない。けど、アイツの魔法を久しぶりに見て現実を叩き付けられたって言うか……僕が選ばれなかった理由はちゃんとあるんだなって」


 ターメイヤに居た頃の話だ。国はリーナの側近を二人募集していて、選ばれたのがラルとアッシュだった。


「悲観するほど弱くもないじゃない。比べる相手が悪いだけよ。根に持ちすぎ。大体、あぁいうのは近親者を外すものよ?」

「それでも僕は候補まで上がって、あの二人に負けたんだよ」

「珍しくナーバスなのね」


 咲は「くっそ」と半分空いたグラスをテーブルにドンと置く。


「僕はラルより剣は弱いし、アッシュみたいに魔法は使えない。リーナを追ってこの世界まで来たけれど、僕は何をしに来たんだろうって思ったら泣きたくなってきた。アイツがラルをまた好きだっていうなら、僕には止める権利なんてないんじゃないかってな」

「妹の恋愛にお兄ちゃんが口出しする権利なんて最初からないわよ。けど、それと貴女がここに居る理由は別よ? 貴方はちゃんと意味があってここに来てる。意味があるから、私は貴方をここへ来させたんだから」

「意味って何だよ」

「まだ教えないわ」


 きっぱりと断る絢に、咲は「ケチ」とへそを曲げる。


「ケチで結構よ。必要になったら話すから」

「分かったよ。それより僕はこんな自虐じぎゃく話をしに来たんじゃない。昨日のあの場所だけど、学校の所有地なんだってな」

「そうよ。看板立ってたでしょ?」


 そこまでは二人から聞いている。それ以上の話を湊はしなかったけれど。


「あの場所を探し当てたのは湊だって言ってた。うちのオヤジに聞いたら、あの広場どころかあの山の周囲一帯が、校長の持ち物だって言うじゃないか。僕はリーナの事ばかりで、ハロンに関しての情報はほぼ持ってない。けど湊が見つけたあの場所が本当は偶然なんかじゃなかったら――アンタが校長にうまいこと言って確保したってことなのか? それとも――」

「よく頭が回るじゃない、お兄ちゃん」


 絢はニッコリと笑って、メロンソーダをストローで可愛く飲んでみせた。そこからのしたり顔に、咲は「えっ」と眉をしかめる。


「そうね、ラルがそこに行ったのは偶然なんかじゃないと思うわ」

「やっぱり!」

「けど、あそこを確保しようって言い出したのは、私じゃなくて校長よ」

「えっ?」

「私はね、リーナを最初に見つけ出すのは当然貴方だと思っていたの。まさかハリオス様に先を越されるなんてね。お兄ちゃん、リーナ愛が薄いんじゃないの?」

「……はぁ?」


 突然出た懐かしい名前に、咲は首を傾げた。

 最初彼女が何を言っているのか分からなかったが、場所、目的、リーナ、校長――その一つ一つを頭に浮かべていった瞬間、まさかの思いにハッとする。


「それって、校長がハリオス様だってことか?」

「ご名答」

「えええええっ!」


 意外過ぎる事実に驚愕きょうがくして、咲はそのまま背面飛はいめんとびよろしくソファへと崩れた。


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