9 そんなに大きい胸じゃなかった
雨が苦手だと言う人はいるけれど、全身に響く
雨が降るごとに感じる気持ちを自分でどうにかコントロールしたいとは思うが、特に進展はないままだ。
今まで何度も雨の日はあったし我慢できないわけではないけれど、こんな不意打ちの雨に来られては、心構えもなにもない。
「雨苦手なの?」
腕に絡めたままの手に力を込めて、
「そうなんだ。俺も晴れてる方が好きだけど。だったら俺がみさぎちゃんの家まで送って行こうか?」
「智の家は逆方向だろ? みさぎを送っていくのは私の役目だからな」
咲がどんと胸を叩いて主張すると、
「海堂の家はすぐそこだろ。普通に考えて、電車が一緒の俺が帰ればいいだけじゃないの?」
店の入口で押し問答が始まって、みさぎは慌てて「ごめんなさい」と両手を振った。
「みんなありがとう。雨はちょっと苦手なだけだから大丈夫だよ。今日は湊くんと一緒に帰るね」
「オッケ」と頷く湊。
「分かったよ。じゃあそういうことで。だったら咲ちゃんは俺が送って行こうか?」
「いや、それは遠慮しとく」
スネる咲に、智は「了解」と笑う。
「また明日」とそれぞれに言って、電車組の三人はすぐそこにある駅舎の
制服を濡らす雨を払うと、背中から咲が智を呼ぶ。
「智」
三人が同時に振り返ると、咲はいつになく真面目な表情で声を張り上げた。
「私も智に会えて嬉しかったよ」
「ありがとね、咲ちゃん」
笑顔で手を振る智の横で、みさぎは湊と顔を見合わせた。
智にとってはさよならの延長線にすぎないのかもしれないが、いつも彼女と一緒に居る身からすると『らしくない』と思えてしまう。
「どうしたんだ、アイツ」
小さく呟いた湊に、心配顔を傾けるみさぎ。
今日の咲は朝から何かおかしかった。校長が智の転入を教えてくれた時からだ。
みさぎがこっそり智を見上げると、すぐに気付かれて「どうしたの?」と目が合う。
「智くんは、咲ちゃんとも友達だったの?」
「いや、今日初めて会ったんだよ」
とても嘘をついているようには見えない。咲の様子に不安を
「行こう」と二人に促され、みさぎは咲に手を振って駅舎へと駆け込んだ。
☆
上り電車が発車した後も、咲はまだ田中商店の
ホームにはまだ下り電車を待つ智がいるだろうが、ここから姿は見えない。
「アッシュ……」
ポツリと呟いた唇を噛んで、咲は濡れた
「なぁに? 彼に恋しちゃったの?」
背中にあるガラス扉の奥から、声と気配が同時に現れる。
「そんなわけないだろう。アイツは僕の親友なんだからな」
咲は首だけを後ろに回して、「そうだったわね」と微笑む
「ところで絢さん。さっきのパンだけど、他のテーブルとシナモンの量が違うだろ。あんなに入れて、僕たちを試そうとでもしたのか?」
「ニーズを考えただけの事よ。変な意味はないわ。あの二人も美味しいって食べてたじゃない。貴方も嫌じゃなかったでしょ?」
「そりゃ美味しかったけど……」
「でしょう?」
絢は両腕を組んで、なまめかしく笑う。
「前から、もしやとは思ってたんだ。けど、さっきのシナモンで確信したよ。絢さん……いや、アンタが何でここに居るんだよ。大体そのデカい胸は何なんだ」
「驚いた?」
「当たり前だ。前はそんなじゃなかったじゃないか。僕はそのデカい乳のせいで、三日三晩寝込んだんだからな」
咲は頭を抱えて、ボタボタと降りかかる雨を仰いだ。
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