第89話 魔族娘、女編集を尾行する
港で出会った女編集者。
あの時は妙に挙動不審なのは勇者に絡まれて混乱していたからだと思っていたが、
よく考えれば、こちらに気づいてから尚更取り乱していたような気がする。
分厚い眼鏡を掛けていて全く分からなかったがあの冷たい印象の切れ長の目も、
多忙だからか、最後に見た時はきちんと整えられていた髪も何かぽやんぽやんしてたがアレは精霊姫で間違いない筈だ。
多分。
「うぅ…最後に見たのが大分前だから結構記憶が怪しいけど…間違いないわ!」
「最後に会ったのっていつの話?」
「私がまだ反乱軍のお飾り代表だった頃だから4年くらい前…」
「結構怪しいんじゃないの、それ? 見間違いじゃね?」
暗黒騎士も剣士の言葉に頷いており、魔族娘の「女編集=精霊姫」説に関しての反応はあまり芳しくない。
「だからって、勇者ちゃんに何かあってからじゃ遅いんだぞ、お前ら!」
「ただいま~!」
魔族娘の心配を余所にホクホク顔で戻ってくる勇者。
後ろにいる魔法使いも満足そうに「生原稿見せてもらいましたわ…」等と呟いている。
そんな二人の様子に「ほらな?」という顔で肩を竦めている剣士。
「え~、ないない」
「う~ん、私もそれはあり得ないと思いますけれど…」
戻ってきた二人にも自説を説く魔族娘、しかし、矢張り二人の反応も否定。
「今日は先生達と話してきたけど、編集ちゃんの事はみんな褒めまくってたよ?
〆切りには厳しいって嘆いてたけど」
「えぇ、出版社にも週4で通ってるのは間違いないですわよ?」
「うぬぬぬぬ…聞けば聞くほど別人な気がする…」
ただ、そこで思い出したように魔法使いが呟く。
「あぁ、ですけれど夜に遊びに誘っても絶対応じてくれないとは仰ってましたわね。
お仕事がお忙しいという理由だそうですけれど、
試しに覗いてみたら出版社に灯りは点いてなかったそうですわ」
「それだー!」
魔族娘が大声で魔法使いを指さす。
「夜にきっと何か企んでるに違いない!」
「人のプライバシーを探るのはちょっと…あまり褒められた事ではありませんの」
女編集に対して好感を抱いている勇者と魔法使いはあまり乗り気じゃない。
普段ならこの手の事には完全に乗ってくる勇者が明らかに「やり過ぎじゃない?」という目で見てくるので魔族娘もちょっと怯む。
「分かったよ、明日1日あとをつけてみる。
それで何もなかったら土下座でもなんでもするよ!」
「明日はお休みだそうですわよ?」
「明後日!!」
そうして2日後。
「で、何で我まで一緒にこんな事をさせられているんだ?」
何故か魔族娘に指名された暗黒騎士が、色眼鏡とマスクを付けた魔族娘と一緒に日が昇る前から水上出版の前に張り込んでいる。
「あんたは気配消す技持ってるでしょ? 勇者達が嫌がるからあんたしか一緒に来れる人がいなかったのよ!」
「なら一人でやればよかろうが…」
溜息を吐きつつも、亡き親友の娘をそのまま放っておく訳にもいかずに渋々同行する暗黒騎士。
「あ、来たわね。 港で見た顔で間違いないわ」
やっと日が昇ってきた頃に、住宅街の方から歩いてくる女編集の姿が目に入る。
やはり瓶底眼鏡を掛けており、どこか野暮ったい印象でとても四天王の一人には見えないが、
「あの冷血女の事だから、どこかできっとボロを出すはずよ」
そんな風に魔族娘は女編集を睨むが、
「おはようございます!」
「あぁ、編集ちゃんおはようね」
「あ、おねーちゃんおはよー!今度また読み聞かせしてよー」
「お、編集ちゃんは今日も元気だね。お仕事頑張ってな!」
道を歩く人から次々と挨拶をされて元気に返していく姿。
「滅茶苦茶好かれているが?」
「ぬぐぐ…」
女編集が出版社に入るのを確認して、外から覗き込んでみても、
机に向かって書類を整理する姿と、上司と色々話し込む姿しか見えない。
「普通に仕事しているが?」
「……」
「ちょっと君達、そこで何しているんだ!」
出版社を覗き込む怪しい二人に通報を受けた市警が声をかけてくる。
「いかん、逃げるぞ!」
「ちょっと、これじゃあたし達のが怪しいみたいじゃない!」
「みたいじゃなくて怪しい二人、止まれ!」
脱兎の如く逃げ出す二人に、出版社の中に居た何も知らない女編集は今日は騒がしいなと首を傾げた。
「ハァハァ…まだ続けるのかこれ…」
「ぜぇぜぇ…あ、当たり前でしょ!」
結局、水上都市を丸々一周して何とか市警を振り切った二人が息を整えつつ、女編集の尾行を再開する。
といっても、何も起きずに時間だけが無為に過ぎていったのだが。
「何するんだっけ、土下座?」
「うっせうっせうっせ! まだワンチャンあるわい!」
最早残すのは夜の行動だけなのだが、この時点で9割無実なんじゃないかなと思っている暗黒騎士。
「ムッ、出てきたぞ?」
他の社員に退勤の挨拶をしつつ、路地へと出てくる女編集。
「よし、行くわよ!」
これが土下座回避へのラストチャンスなので慎重に後をつけていく魔族娘。
二人が後をつけていくと帰路へと着いている筈の女編集は何故か路地裏の方へと入っていく。
「うん? 住居の類はなさそうであるが?」
「ほら、やっぱり怪しいじゃない! ねぇ!」
先程まではほぼ無言で沈んでいた表情がパッと明るくなる魔族娘。
「お主、性格悪いって言われない?」
「取り敢えず、今はそういう状況じゃねぇだろ!?」
暗黒騎士の指摘にキレつつ、女編集が入っていった路地裏に入った二人はそこで女編集を見失ってしまう。
そこが行き止まりであるにも関わらずにだ。
「これは…本当に当たりだったかもしれん」
それまでは半信半疑というよりほぼ魔族娘の方を疑っていた暗黒騎士がしゃがみ込み、地面をなぞる。
「これは召喚陣を応用した転移の術だ。 よっぽど高位の術者しか扱えぬ類のな」
暗黒騎士が背後を振り返る。
「おっしゃ―、逆転大勝利じゃおらぁ―!」
だが、舞い上がった魔族娘は話も聞かずに一人でガッツポーズを決めていた。
「聞けよ、話…」
勇者歴16年(冬):魔族娘、女編集の秘密に近づく。
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