第86話 勇者の職場訪問

「ほ、本当に作者の方々に会われたのですか?」

「うん! 編集さんに名刺も貰ったから間違いないよ!」


まるでこれから王にでも謁見するかのような緊張した素振りでそわそわしている魔法使いに対して、勇者は名刺に書かれた住所を道端の住民達に尋ねながら魔法使いを伴って歩いていた。

暗黒騎士達にあの本を作っている職場を訪ねてくると誘ってみたが、全員渋い顔であまり期待していない様子だったので「だったら私達だけで行ってくる!」と出掛けたので他の面子は不在である。


「え~っと、水上出版…あった、ここだね」


倉庫に併設した小さな建物を見つけ、勇者は扉をノックする。

奥からパタパタと足音がして、港で会った眼鏡の女性が迎え出てくれた。


「あっ、本当にいらっしゃってくれたんですね!

 丁度良かった、今から先生方の所に様子を伺いに行く所だったんです!」


女編集は顔を綻ばせ、準備をするので少し待っているように勇者に告げる。


「あら、そちらの方は?」

「この子は私の幼馴染で、私と同じ先生達の本のファンだよ!」


勇者の説明に驚きと親愛の籠った目線で魔法使いを見つめる女編集。


「まぁ! でしたら貴女もご一緒に。 先生も喜ぶと思います!」

「え、でも、お邪魔ではないでしょうか…?」


魔法使いにも嬉しそうに提案する女編集に魔法使いは恐縮そうにするも、


「いえ、先生方はどうにも卑屈になりがちなので、

 皆様のような方が居ると知る方が励みになりますから!」


そんな風に話すと、建物の中に一旦戻っていく。


「楽しみだね、妹ちゃん!」

「え、えぇ、緊張してきましたわ…」


期待に胸を膨らませる勇者と手汗を拭く魔法使い。

女編集が建物から肩掛けの鞄を抱えて出てきて、勇者達を笑顔で案内するのだった。


「うわぁ…」

「死屍累々ですわ…」


女編集が「こちらです」と案内してくれたこじんまりとしたアトリエの中には港の3人組が死人のような顔で机に突っ伏したり、椅子にもたれかかっていたり、床に転がったりしている。


「こんにちわ、先生方。 進捗はどうですか?」


笑顔の女編集に対して、


「し、下書きは何とかひねり出したのである…」

「うぁ…寝てません寝てませんよ?」

「床が冷たくて気持ちいい…」


初老の男性が震えながら指さした机の上の原稿を手に取り、

つらつらと流し読む女編集。


「…流石ですね、先生方。 これなら完成分も楽しみです!」


真面目な表情から一転して、3人組を誉める女編集。


「そうであるか…フフッ、だったら〆切りを後3日ほど…」

「明後日までにお願いしますね」


氷の微笑を浮かべる女編集にガクッと項垂れる3人組。


「ムッ、そちらの少女達は…?」

「あれ、港で会った子だっけ?」

「でも、そちらの子は見た事がありませんけど?」


惨状に入り口で突っ立ったままだった勇者達にやっと気づいた3人組がそちらに顔を向ける。


「あぁ、彼女も先生方の作品のファンだそうで、偶には生の感想を聞かせてあげたいと思い一緒に来てもらいました」

「は、初めまして! 私、先生方の『愛の試練』を拝見いたしまして…その、とても感動いたしましたわ!」


魔法使いの反応に3人組はまたもや顔を見合わせ、


「なんと、よもや立て続けにワシらの作品を好む者に出会えるとは!」

「こ、こういうのって、風が吹いて来たって言うんですかね?」

「そ、それ私がストーリーを決めてますのよ!」


3人組は身なりを一応は整えると、勇者達をアトリエの中に案内しようとする。

二人は念の為に女編集の顔色を窺うが、


「まぁ、息抜きは必要ですから。 お二人の素直な感想を聞かせてあげて下さい」


少しだけ困ったような表情を浮かべつつも、応じる様に促す。


「じゃあ、あの海上の戦いの事を!」

「わ、私もフェルディナンドとミシェーラがこれからどうなるのか…あぁ、気になるけどネタバレは!?」


勇者達が3人組のアトリエの中に入っていくのを見届けながら、女編集は、


「それでは私は一旦進捗状況を編集長に報告いたしますのでこれで失礼します。

 あ、あと明日は私はお休みを頂いてますが先生方は原稿を仕上げてくださいね?」


それだけを告げると一礼し、アトリエを出て行ってしまった。


「あら、行ってしまわれましたわ…

 あの方にも後できちんとお礼を申し上げませんと」

「そうだね、あの子とも本の話したかったのに」


それを見送り、残念そうな表情を浮かべる勇者達。


「〆切りには厳しいが、真面目な良い子だぞ。あの子が来てから我々の作品をあの出版が快く引き受けてくれるようになったのでな」

「それまでは印刷の手間だので断られる事の方が多かったですしねぇ」

「というよりも、あのままでは同人誌の域を出ませんのでしたわ」


うんうんと頷きあう3人組。

不平不満を漏らす割に女編集の事を内心では感謝しているようだ。


「へ~、凄い子なんだねぇ…同人誌って何?」


3人組から出されたお茶を啜りながら女編集の出て行った玄関を眺めるのだった。


勇者歴16年(冬):勇者、3人組のアトリエを訪ねる。

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