第26話 暗黒騎士と弟子の皆伝試験
巷では何やら新しい魔王の噂がまこと密やかに囁かれている一方、
そもそもそんな世間とは乖離した田舎に住む暗黒騎士達にはその噂も届いてはいなかったりする。
あぁ、哀しき辺境事情。
実際、暗黒騎士達の当面の課題は魔女により見た目だけなら完全な痴女に仕上がってしまった貴族妹に極力真実は隠しつつ、
彼女が置かれてしまった状況を本人に理解させるかにシフトしてしまっていたし。
ちなみにその後、貴族妹を見た勇者少女は目を輝かせながら「凄い、まるで女豹みたいだね!」という感想を漏らし、暗黒騎士達をフォローに回らせていた。
悪気はないんです、本当に。
魔女だけに今後の性教育を担わせる事の危うさを理解した暗黒騎士は夫人に少女達への教育を願い出て、
何も理解出来ずにキョトンとしている貴族妹の姿に声も出せずに涙した夫人もこれを了承した。
その夜は本気のお説教を食らったが、魔女と共に暗黒騎士はそれを甘んじて受けるのだった。
そんなこんながあって、それから一年の月日が流れた。
その日は16歳になり、成人として認められる様になった弟子がいつもの鍛錬場にて暗黒騎士と対峙していた。
暗黒騎士から剣を鍛えられてきた彼の今の腕前を試す為に。
二人の邪魔にならぬ様に少し離れた場所で彼らの様子を静かに見守る女性陣一同。
暗黒騎士は自身の使う大剣と同じ様に幅広に拵えた木剣を地面に突き立て、
その柄頭に両手を乗せただけの一見して隙だらけの構え。
それに対して、弟子は木剣を中段に構えてジリジリと距離を測っていた。
「来い」
低く小さく呟くような暗黒騎士の声に弾かれるように弟子は木剣を振り上げ、即座に距離を詰める。
暗黒騎士の大剣を前にして間合いを取る事は無謀、懐に飛び込む事で大剣の利点を殺し、勝機を得る。それは判断としては間違っておらず、最適といえる。
しかし、暗黒騎士は飛び込んでくる弟子に慌てる様子もなく柄頭から手を離すと、その握りを左手の裏拳で薙ぎ払う。
瞬間、目の前で起こるは衝撃で少量の砂埃を巻き上げながら回転する、さながら旋風の如き大剣の壁。
思わず足を止めてしまった弟子の視界には旋風の向こうで既に半身をこちらに背を向けている暗黒騎士の姿。
裏拳の勢いそのままに遠心力をつけて暗黒騎士は旋風を起こす大剣の握りを的確に掴み取り、それは駒の如く、大剣を横薙ぎに振りぬく。
弟子はつい足を止めてしまった自身の判断の甘さを噛み締めつつ、咄嗟に木剣を垂直に構えて来るべき衝撃に備えた。
直後、軋みを上げながら木剣に鈍い衝撃が伝わり、自身の全身の骨まで響くような威力が全身に伝わって弾き飛ばされる。
それは正に数瞬で起きた攻防であり、その一連の流れを把握出来たのは仮にも魔界の実力者である魔女と優れた動体視力を誇る勇者少女の二人だけで、貴族妹と夫人には気づいたら弟子が10mほど後方に弾き飛ばされたようにしか見えなかった。
「アレを防げるなんてやるじゃない、彼」
「う~ん、おじさまも兄弟子も凄いなぁ!」
一方的に弟子が弾かれたようにしか見えなかったが、半端な腕前の持ち主だったら弾かれるどころかその場でへし折られるか両断されている。
衝撃を殺す為に自ら弾かれた弟子の咄嗟の判断も大したものなのである。
無論、両断などしないようにある程度の加減はされていたのではあるが、まともに受けていれば遠慮なく骨を数本へし折られていただろう。
弟子は噴き上がる冷汗を拭いつつ、目の前の師の強さを改めて思いしる。
そこで握る木剣が先程の一撃で半ばから折れている事に気が付いた。
「替えを取ってきていいぞ」
暗黒騎士は向ける大剣を下げ、顎で示す。
「…あざっす」
対峙して分かる実力差、今の自分は未だにあの人の足元にも及んでいないのだと痛感させられる現実。
どうすればあの騎士に届く事が出来るのかを自問自答しながら替えの剣に手を伸ばし、そこで一つの考えに思い至る。
今の足りない自分が何かを得たいならば、何かを捨てなければいけないのだと。
「…ほぅ」
替えの木剣を掴み戻ってきた弟子の姿に暗黒騎士は思わず感嘆の声を漏らした。
「二刀か」
彼は剣技として二刀を弟子には教えてはいない。
それは彼自身の選択であり、現状を打破するべく自らで選び取った判断だ。
「良かろう、来い」
大剣を片手で持ち上げ、その切っ先を弟子へと向ける。
「いきます!」
二刀を交差させて弟子は一直線に飛び込んでくる。
一刀で防げぬ重みなら二刀で防ごうとでもいうのか、それに僅かの失望を覚えながら暗黒騎士は大剣を弟子に向かって縦に振りぬく。
二刀であろうとそれを受ければ、無様に地面に叩き付けられる結果となるだろう。
しかし、それに対して弟子の取った行動は、受ける事なく更に一歩踏み込む事。
大剣が背を掠め、決して弱くはない痛みが彼を襲うがそれを歯を食いしばって耐えて、目的だった懐へと飛び込む事に成功する。
最早、自分に出来る事はただこの剣を振る事だけである。
そこでぷっつりと意識が途絶えた。
「ハッ!?」
次に目が覚めた時には、地面に仰向けになっている自分に気づいた。
周囲には自分を不安げに覗き込んでいる少女達。
何があったのかを思い出そうとして、自分に起きた出来事を理解する。
懐に飛び込んだ自分に対して、師は焦る事もなく肘打ちで迎え撃ったのだ。
捨て身の攻撃であったのに届く事はなかったと弟子は自分の目を腕で隠す。
そんな弟子に対して暗黒騎士は淡々と言葉を紡ぐ。
「あれが試合であったのならば、それは確かにお主の負けだ。 しかし、これが実践であったのならば、お主の働きは決して無駄ではない」
そう言って、軽く凹んでいる自身の鎧を指し示す。
決して自分の剣が届いてはいなかったのだという事を師の言葉で理解して、弟子はただその場で子供の如く号泣した。
その日、暗黒騎士は弟子に皆伝の免状を授けた。
ところでお読みの物語は正常ですのでご安心ください。
勇者歴11年(春):弟子、免許皆伝となる。
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