192話―五人の姉弟子
里を出発したアゼルたちは、ボーンバードに乗り空を往く。フェルゼが持ってきた古い地図を広げ、メリトヘリヴンの場所を確認する。
「いいか?今私たちが目指している魔導都市、メリトヘリヴンは大陸の北東の端にある。ほら、ここだ」
「えっと、今ぼくたちがいるのがだいたいこの辺だから……かなり遠いなぁ。本当に端っこにあるんですね」
「ああ。何しろ、炎の欠片を守るためにエルダ様が建立された都市だからな。守りを固めるために、四方を険しい山脈で固めてある」
フェルゼが指差す通り、メリトヘリヴンは東西南北を険しい山々で囲まれている。地図で見るだけでも、その険しさはフリグラの谷の比ではない。
だが、アゼルたちにはボーンバードがある。空をひとっ飛びすれば、三人など関係なし……かと思われたがそうは問屋が卸さないようだ。
「ああ、言っておくがこのまま突入することは不可能だぞ。街には上空からの侵入を阻む強固な結界が仕掛けられている。歩きで山脈を越える以外に、たどり着くすべはない」
「えぇー!! 楽出来ないのー!? うぇぇ、嫌だなー」
「仕方あるまい。私や姉さんではメリトヘリヴンの結界を解除出来んのだから。……姉弟子たちなら、ギリギリ出来るかといったところだ」
外敵から街を守るためにエルダが仕掛けた結界は、まだ機能しているようだ。故に、山脈の途中からは歩きで向かわねばならない。
ぶーぶー文句を垂れるメレェーナに、ため息をつきながらリリンが答える。姉弟子という言葉に、アゼルはふと興味をそそられた。
「あの、よかったらリリンお姉ちゃんたちの姉弟子さんについて聞かせてくれませんか? どんな人たちなのか、知りたいんです」
「……んむ、いいだろう。目的地まではまだ遠い。旅の暇潰しにはなろうさ。じゃあ、まずは……エルダ様の一番弟子、ジェルマ先輩について話そう」
フェルゼは頷き、過ぎ去った遠い過去を懐かしみながら話し出す。自分とリリンの先輩である、五人の巫女たちのことを。
「ジェルマ先輩はしっかり者でね、エルダ様の片腕としてよく働いていたよ。まあ、少々几帳面すぎるきらいはあるが、頼れるサブリーダーだった」
「何事もきっちりしていないと気が済まない人だったな、先輩は。一分一秒に至るまでスケジュール管理してるのを見た時は、思わずうへぇとなったものだ」
「うわー、絶対あたしとウマが合わなさそー。ほら、あたしちゃらんぽらんだし」
「そうだな」
最初の弟子だけあって、ジェルマは巫女たちの中心的存在だったようだ。メレェーナが首をすくめると、リリンは一言で肯定した。
「ちょっとー! そこは否定するとこでしょー!?」
「はいはい、分かった分かった。では次だな。双子の巫女、エスリー先輩とオルキス先輩だ」
「この二人は本当にそっくりでな、髪型や服装を同じにすると全く見分けがつかなかった。いたずらが好きで、よく入れ替わりドッキリをしていたよ」
かつての日常を思い出したのか、リリンとフェルゼの表情がほころぶ。そんな二人を見て、アゼルは羨ましさを覚えた。
「……いいなぁ。二人の話を聞いていると、巫女さんたちの仲がどれだけ良かったのかよく分かります」
「いや、最初の頃はそうでもなかったぞアゼル。四番弟子のシーラ先輩は、かなりの問題児だった」
「懐かしいな。私たちが弟子になりたての頃は、とにかく傲慢で嫌な女だった。しょっちゅうエルダ様に叱られては、妹弟子の私たちに八つ当たりしていたよ」
アゼルの呟きに、リリンとフェルゼは苦笑いしながら次の巫女について語る。どんな場所にも問題を起こす者はいるようで、それはメリトヘリヴンも同じようだった。
「えー、ひどーい。そんな人がよく追い出されなかったねー?」
「ああ。一度、街をドラゴンゾンビが襲ってきたことがあってな。その時に、シーラ先輩が大怪我をしてしまってね。リリンが一生懸命手当てをして一命を取り止めたんだが……」
「どんな心境の変化があったかは知らんが、それ以来すっかり丸くなってな。滅多に驚かないジェルマ先輩すら、変わりっぷりに目を丸くしていたよ」
かつての苦い記憶も、今となってはただの笑い話。そんな感情が、二人の表情や仕草から見え隠れしている。
「わ、そうなんですね。でも、仲良くなれたなら良かったです。きっと、リリンお姉ちゃんの優しさが心を開いたんですね!」
「ああ、そうだとも。私は慈悲深くて優しいんだ、アゼル」
「ハッ、なぁにを言うか。皆手当てをやりたがらないから、年功序列で押し付けられて渋々だったクセに」
「ちょ、バラさないでおくれよ姉さん!」
アゼルに誉められてカッコつけるリリンだったが、すぐフェルゼにネタばらしされて慌ててしまう。和気あいあいとしたムードが、一行を包む。
「さて、次で最後か。私たちの一つ上の弟子……ニア先輩だ。この人はまあ……凄い甘えん坊だったな」
「どうも、上の者に好かれる才能があったんだろうなぁ。普段はキビキビしてるジェルマ先輩ですら、ニア先輩にはダダ甘だったよ」
「まあ、エルダ様や先輩たちだけでなく私たちにもベッタベタだったからな。ちょこちょこ後を追っかけてくる姿は、小動物のソレと同じだ」
「個性豊かな人たちがいたんですね。ぼくも、会ってみたかったな……」
リリンたちの話を聞き、アゼルはそう呟く。だが、彼女たちはみな暴走した炎に焼かれ、鎖の苗床に取り込まれてしまった。少年の望みは叶わない、と思われたが。
「会えるさ。鎖の苗床さえ倒せば、皆解放される。エルダ様も姉弟子たちも、苗床に流れる炎片の力で生き長らえているはずだからな」
「ああ。研究所から脱出する直前、私たちは見た。皆が炎に呑まれた後、忌まわしき苗床にコアとして取り込まれるのを」
「うー、想像するだけで嫌だなぁ。千年も変なのに取り込まれたままなんて、あたしだったら絶対やだよ」
リリンたちの言葉が正しければ、エルダや姉弟子たちは今もまだ生きていることになる。禍々しいケモノを産み出し続ける、苗床のコアとして。
そして、それが耐え難い苦しみであろうことはアゼルやメレェーナにも容易に想像がつく。何としても、彼女たちを救わねばならない。
改めて、そう決意を固めた。
「全員が生きているのなら、助けてあげないと。千年もの苦しみを、ぼくたちが終わらせ」
『警告! 警告!
その時だった。アゼルの腰にくくりつけられた黒水晶のドクロが、耳をつんざく大声をあげたのだ。しかも、叫んだ名は……封印したはずの相手だった。
「ゾダンだと!? バカな、奴は私が封印してやったはず! まさか、封印が解かれたのか!?」
「もう、こんな時に邪魔をしに来るなんて! 皆、戦闘準備を……」
「その必要はねえぜ。今回は、お前らと戦いに来たわけじゃあねぇからな」
慌てふためくアゼルたちの元に、忌々しい声が届く。転移魔法を駆使し、一行のすぐ側にゾダンが姿を現した。
咄嗟に距離を取り、警戒心と敵意を剥き出しにするアゼルたちに向かってゾダンは両手を上げながらそう声をかける。
「信用出来ませんね、お前の言うことなんて。それにしても、まさか復活していたとは……」
「ハッ、あの程度でくたばるようなタマじゃねえんだよオレは。ま、んなこたぁどうでもいい。単刀直入に言う、お前ら鎖のケモノどもを潰しに行くんだろ? 手伝ってやるぜ」
「えっ!?」
ゾダンの言葉に、アゼルたちは驚きで固まってしまう。何故彼が自分たちの目的や、鎖のケモノについて知っているのか。
そこから考え出される結論は、たった一つ。我に返ったアゼルは、ゾダンに問いかけた。
「まさか、鎖のケモノたちを解き放ったのは……」
「そう、オレたちだ。ま、こっちもこっちで手痛いしっぺ返しを食らったがな」
やれやれとかぶりを振りながら、ゾダンはため息をついた。
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