184話―星降るネクロマンサーの谷

 宮殿を出立したアゼルたちは、数日かけて目的地であるフリグラの谷を目指す。途中で野営しつつ、豊骨祭当日の朝には到着することが出来た。


「さあ、着きましたよ。ここが豊骨祭の会場……フリグラの谷です!」


「おー、すげえ広いな。いい景色だぜ」


 ボーンバードの上から見下ろす谷は、幻想的な気配を漂わせていた。広く深い渓谷のあちこちに、祭を彩る色とりどりの光る垂れ幕が飾られている。


 陸と陸を繋ぐ長い吊り橋の手すりも、七色の輝きを放つモールで装飾され見る者の心を躍らせる。本番に向けてのリハーサルなのか、時々小さな花火も上がっていた。


「周囲の山々は雪景色……谷は色とりどりの光のカーテン……素晴らしいですわ。この光景を見られただけで、ここまで来た甲斐があります」


「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいです。あ、見てください。他のネクロマンサーたちも集まってきましたよ」


 感嘆の声をあげるアンジェリカを見て、アゼルは自分のことのように喜ぶ。そんな中、豊骨祭に招かれたネクロマンサーたちが集結し始めていた。


 ある者はアゼルのようにボーンバードを駈り、またある者は骨の大蛇に乗って険しい山岳を踏破し。それぞれの方法で、フリグラの谷へやって来たのだ。


「なあなあアゼル、早く降りようぜ。アタシゃもう、楽しみ過ぎて死にそうなんだよ!」


「まあまあ、もうちょっと待っててください。入場開始まで、まだかかるみたいですから」


「なーんだ、まだなのか。あー、早く入れてほしいもんだ」


 まだ会場の整備が終わっていないようで、入場は出来ないらしい。しばらく待っていると、青色の花火が打ち上げられた。


 入場の受付が始まったことを告げる、合図だ。谷の周囲に集まっていた数百人のネクロマンサーたちは、一斉に会場へ向かう。


「さ、降りましょうか。ジェリド様、そちらは大丈夫ですか?」


「問題ない。こちらもすぐに降りられる。では、行こうか。我が秘術を継ぐ者たちの顔を、見にな」


 ラスカーに説教という名の折檻を受けているカイルを横目に、アゼルはボーンバードを降下させる。谷の南、断崖絶壁に突き出た発着場へと。


「よっ、と。さあ、到着です。向こうで入場手続きをしましょうか」


「ええ、そうしましょう。ふふふ、楽しみですわね」


 ボーンバードを消し、アゼルたちは谷の中に入るため長蛇の列に並……ぼうとしたが、そこに係員らしき人物がやって来た。


「あ、こちらにおられましたか! アゼル様で間違いまりませんね?」


「はい、そうですけど……」


「ああ、よかった。里長から、あなた様とそのパートナーの方は手続きなしでお通しせよと通達が出ているのです。ささ、こちらへどうぞ」


 どうやら、アゼルは面倒な手続き一切ナシで里に入れるようだ。ふとジェリドの方を見ると、そちらはもう一人の係員が対応していた。


 ネクロマンサーの祖たる王とその子孫は、特別待遇なのだろう。アゼルたちからすれば、ありがたいことこの上ない。


「ラッキーだな、アゼル。んじゃ、アタシはカイルんとこ行ってくる。名目上は、あいつのパートナーってことになってるからな」


「分かりました。中でまた会いましょう、シャスティお姉ちゃん。アンジェリカさん、行きましょうか」


「ええ。このアンジェリカ、いつでもどこでもアゼル様の三歩後ろをついていく所存ですわ!」


 気合い十分なアンジェリカは、旅行カバンを持ってアゼルの後を着いていく。係員に案内され、二人はジェリドたちより先に谷の中へ入る。


「ようこそ、輝く星が降るネクロマンサーの里……フリグラの谷へ!」


「まあ……! こうして間近で見ると、本当に素晴らしい景色ですわ!」


 二人の目の前には、上空から見下ろした時よりも美しい景色が広がっていた。うっすらと積もった雪が陽の光を反射し、輝きを放っている。


 そこかしこから軽快な祭はやしの音が聞こえ、思わず踊り出したくなるほど心が沸き立ってくるのをアゼルたちは感じていた。


「祭の開始まで、まだ時間があります。その間に、アゼル様とジェリド王には、是非里長と会っていただきたく思います」


「ええ、いいですよ。確か、この里の長が『ザーズ・パーティー』の総帥でもあるんでしたっけ」


「はい。今日この日を、里長は誰よりも楽しみにしておりました。何しろ、いにしえの英雄と現代いまの英雄、二人と会えるのですから」


 うきうき気分の係員に連れられ、二人は長い吊り橋を何回か渡り、谷の頂上を目指す。骨で作られた橋は見た目のわりに驚くほど頑丈で、軋みすらしない。


「里長ー! アゼル様をお連れしましたよー!」


「おお、来おったか! ほれ、はよ連れてこい!」


 谷の頂上にある一際大きな屋敷に到着し、中に入るとハツラツとした声が聞こえてくる。奥の座敷に入ると、そこには……。


「主ら、よう来たのう! ほれ、そこに座れ。遠慮はいらん、くつろいでいっとくれ」


「アゼルさま、この子が……その、操骨派の総帥なんですの?」


「ええ、そうですよ。その方が、ぼくたち操骨派ネクロマンサーのリーダー……メリムルさまです」


 座敷の中央に敷かれた座布団の上に、着物を着崩した幼女がちょこんと座っていた。片手には、魔術の触媒であるタリスマンが埋め込まれたキセルを持っている。


「うむ! このわしこそ、六百八十四代ザーズ・パーティー総帥にしてこのフリグラの里の長! メリムルであるぞ!」


「……はあ」


 幼女……メリムルはえっへんと胸を張り、かっこつけて自己紹介する。が、アンジェリカに胡散臭そうに見られていることに気付き、手足をバタバタさせる。


「なんじゃお主、まさか疑っておるのか!? むがー、無礼な奴じゃな! ほれ、よう見てみい。このカリスマに溢れるわしの姿……って、こら! 吹き出すでないわ!」


「も、申し訳ありませんわ。カリスマとは程と……エ゛ア゛ッ゛!」


「たわけめ、次はないぞ。よいな?」


「き、肝に銘じておきますわ……」


 顔面にキセルを投げつけられ、アンジェリカは轟沈する。リリンとのやり取りを見ているようで、アゼルは苦笑いしてしまう。


 そんな中、少し遅れてジェリドとラスカーが屋敷に到着した。メリムルはだらけモードからシャキッとモードに切り替え、王を出迎える。


「ようこそ、我が屋敷へお越しくださいました、偉大なるジェリド王よ。本日、こうしてお会い出来たこと心より嬉しく思います」


「私こそ、嬉しく思うよ。全てのネクロマンサーは、我が子孫も同然。たくさんの孫に囲まれているようで胸がいっぱいになる」


 二人のやり取りを、アゼルたちは側で見守る。しばらく話をした後、豊骨祭が始まる時間になったため一行は外に出た。


 谷の中心部にある広場にて、開会式が行われる。そこで、ジェリドに開催にあたっての演説をしてほしいとメリムルは言う。


「急な頼みで申し訳なく思いますが、どうでしょう。受けていただけますか?」


「構わない。むしろ、喜んでやらせてもらうよ。祭に招いてもらったのだ、そのくらいの礼はせねば」


「ありがたいことです。わしも嬉しく思いますよ、ええ」


 そんな話をしていると、ジェリドたちは広場に到着する。すでにたくさんのネクロマンサーで広場は埋まっており、開会式が始まるのを待っていた。


「皆の衆! 今日はよくぞ集まってくれた、里の代表として礼を言う。みなも知っておるじゃろうが、今年の豊骨祭は特別じゃ。偉大なる二人の英雄が揃い踏みしておるからの!」


 広場に用意された壇上に登ったメリムルは、そう口上を述べながらアゼルとジェリドを紹介する。拍手喝采の中、ジェリドも壇に上がった。


 すると、一瞬にして拍手がピタッと止まり静寂が訪れる。皆、ジェリドの言葉を聞き逃すまいと耳を傾けているのだ。


「今日、この場に集ってくれた者たちよ。礼を言わせてもらいたい。私の秘術を、今の世に継承してくれたことを。そして、私のことを忘れずにいてくれたことを」


 朽ちかけた王は、感謝の言葉を述べる。目尻には、うっすらと涙が滲んでいた。


「私は、そう長くは生きられぬ。だから、皆と共に楽しみたい。この祭を、心ゆくまで! さあ、始めようか。我らネクロマンサーの宴を!」


 高らかに祭の始まりが告げられた直後、万雷の拍手がフリグラの谷に響き渡る。特別な祭が、ついに幕を開けたのだ。



◇――――――――――――――――――◇



「姉さん、この気配は……」


「ああ、間違いない。どこぞの愚か者が、鎖のケモノを解き放ったようだ。やれやれ、あんな辺鄙へんぴな場所に行く物好きがいるとは思わなんだ」


 その頃、リリンとフェルゼはゾダンたちによって引き起こされた異変を察知していた。ケモノたちの気配を追い、西へと向かう。


「さてさて、ケモノどもはどこに行くのかね。リリン、地図を持ってるだろう? この辺りで一番近い人里を調べな」


「分かった。……む、どうやら西の山岳地帯にフリグラの里なる場所があるようだ。多分、ケモノどもはそこに向かっているはずだ」


「ふむ、なら急がないとね。ケモノどもに苦しめられるのは、私たちだけでいい。誰一人、犠牲になんてさせないよ」


「そうだな、姉さん。そんなことは……許されない」


 二人は知らない。ケモノたちの目指す先に、アゼルがいることを。再会の時は、近い。

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