154話―許されざる罪人

「っと、そうだ。これから共に戦う仲間を一人紹介し忘れていたよ」


「仲間、ですか?」


「そうだ。さ、もう変身を解いていいよ。姿を見せておやり」


 アーシアはそう言うと、それまで肩の上でおとなしくしていたオウムを指でつつく。すると、オウムが飛び立ち、アゼルたちの頭上をくるくる回り始めた。


 少しして、オウムを煙が包み込む。そして、煙が晴れるとオウムは消えており、フード付きの赤いローブを着て顔を仮面で隠した女が座り込んでアゼルを見上げていた。


「あ、あの……アゼル、ひ……久し、ぶり……」


「え……? その声、まさか……リジール、さん?」


 突如現れた謎の女に戸惑っていたアゼルだったが、相手の声を聞き正体に勘づいた。忘れたくても忘れられない……己の運命を変えた相手の声なのだ。


 数ヶ月が過ぎたとはいえど、気が付かないわけがない。同時に、全てを知るリリンは、リジールに対して激しい敵意を向けつつアゼルを守るように立ち塞がる。


「ほう、アゼルから話は聞いていたが。今さらになってのこのこ出てくるとは、一体何のつもりだ? 貴様も、以前出てきたダルタスとかいう者のように復讐でもしに来たか?」


「ヒッ! い、いえ、あの、あたしは……アゼルに、謝りたくて。だから、アーシア様のしもべになって……ここに、来たんです」


 リリンのみならず、シャスティたちからも殺意全開の視線を向けられ、リジールは一瞬身体がすくんでしまう。が、黙っていては殺されると本能で判断し、どもりながらも話をする。


「へっ、そんな話到底信じられねぇな。だいたい、そんなヘンテコな仮面着けといて謝るもクソもねぇだろよ」


「まあまあ、落ち着いてくれたまえ。余は貴殿らに協力するためにここに来たのだ。それなのに、敵になる者を連れてくるわけがないだろう?」


「……そう言われればそうですわ。それでも、怪しさは拭えませんわね」


 シャスティとアンジェリカは、リジールの言葉が本当なのか懐疑的な態度を崩さない。アーシアの言い分を認めつつも、アゼルを傷付けた者への不信感はそうそう消えないようだ。


「そういえば、どうしてそんな仮面を? ぼくがパーティーに所属してた頃は、そんなこと一度もなかったのに」


「そ、それは……」


「リジール。素顔を見せるんだ。彼への謝罪の証として、己に刻まれた罪の痕をさらけ出しなさい」


「……はい」


 流石のアゼルといえども、かつて自分を陥れた人物との再会は嫌なようで、リリンの背中に隠れながらそう問いかける。かつてのアーシアは、自他共に認める美貌を誇っていた。


 その彼女が、あり得ないほどに丸くなったとはいえ顔を隠しているなど、アゼルからすれば天地がひっくり返るような事態なのだ。アーシアに促され、リジールは仮面を外す。


 その素顔を見たアゼルたちは絶句し、言葉を失った。かつて、多くの男たちを虜にした美貌は見る影もなく、醜く腫れ上がり歪んだ顔に変わっていたのだ。


「うわ、酷い顔~。なになに、どうしたらそんなブッサイクになっちゃうわけ~?」


「メレェーナさん、いくらなんでもその言い方は酷いですよ。リジールさん、一体何があったんですか?」


「実は……」


 アゼルに問われ、リジールは凍骨の迷宮での一件の後に起きた出来事を包み隠さず全て話した。ディアナに捕らえられ、アゼルを傷付けた報いに凄惨な拷問を受けたこと。


 その結果、顔に一生消えない傷を付けられたこと。さらに、その一件がギルドにバレて犯罪奴隷になり、専門の娼館に売られ……すぐに捨てられたことを。


「フン、自業自得ではないか。ま、そうやってしおらしい態度をしているだけ、ダルタスとかいうクズよりは幾分マシだが」


「でもよ、この女の話だともう一人いるんだよな? アゼルを陥れた張本人が。お前、そいつの行方は知ってるのか?」


「い、いえ……すぐに別々の所に売られたので、今どこで何をしているかまでは……」


「そっか。もし知ってたらとっちめにいくトコだったんだが……知らねぇならいいや」


 リジールたちの末路を聞かされたリリンは、心の底からザマアミロとでも言わんばかりに邪悪な笑みを浮かべる。一方のシャスティは、残る一人……グリニオの行方が気になるようだ。


「……アゼル。今さら何だとバカにしてくれて構わない。でも、これだけは信じてほしいの。あたしは、あの時のことを本当に心から悔いてる。ごめんなさい……本当に、ごめんなさい」


「ぼくは……」


 蔑みの視線を向けられるなか、リジールは土下座してアゼルに謝罪する。心の底から、申し訳ないという思いを込めて。そんな彼女を見て、アゼルは……。


「……ぼくは、まだあなたを完全には許せていません。あの時のことは、今でもたまに夢で見て……左腕が痛むこともあります。だから、ラ・グーとの戦いで、証明してください。あなたの誠意を」


 そう答えた。彼としても、彼女らに受けた仕打ちをそう簡単には許すことなど出来ない。それだけの深い傷を、心も身体も背負ったのだから。


 だからこそ、アゼルは見極めようとしていた。リジールの言葉が、行動が、まことのものなのかを。心から願う真実なのか、口先だけの偽りなのかを。


「はい! 頑張ります、あたし、一生懸命頑張ります! そのための力も、アーシア様から貰いましたから!」


「ああ。この娘には、どんな生物にも変身出来る力を与えた。一度見たことがあれば、完璧に能力もコピー出来る。汎用性が高い方が、何かと役に立つだろうからね」


 平身低頭して感謝するリジールの後ろから、アーシアが得意そうに答える。まずまず役に立ちそうだと、リリンたちは納得したようだ。


「まあよい、たっぷりとコキ使ってやるから覚悟しておけ。……それで、だ。アーシアとやら、これからどう動くつもりなのだ? プランくらい用意してあるのだろう?」


「もちろんだとも。ラ・グーの動きは、暗域にいる余の腹心に逐一報告するよう命令している。報告によれば、奴はまず己の配下を送り込むつもりのようだ」


「なるほど。つまり、ラ・グー本人……本蛇? はまだここには来ないということですね?」


 アゼルの言葉に、アーシアは頷く。てっきり、すでにラ・グーが攻めてくるものと思っていたアゼルは拍子抜けするも、逆にチャンスだと考える。


「個別に部下を送り込んでくるなら、対処は容易ですね。もちろん、楽観は出来ませんし、敵の規模や能力も把握しておかないといけませんが」


「賢いね、素晴らしい。これは余の私見だが……恐らく、ラ・グーは千年前の敗北がトラウマになっているのかもしれない。だから、まず部下を送り王を排除する。そして、ゆっくり目的を達成するつもりなのだろうな」


「……その考え、確かにあり得るかもしれません。それなら、直接攻めてこないことも納得出来ますし」


 アゼル陣営もラ・グー陣営も、互いに対する情報が不足している。ラ・グーはまだ、かつての王たちが弱体化していることを知らないのだろう。


 未だにかつての力を持っているかもしれないと警戒しているが故に、自ら攻めてこない。確実に聖戦の四王脅威を排除してから、征服に望みたいのかもしれない。


「まあ、誰が来ようとも問題はない。我らが炎の欠片を先に手に入れればよいだけのこと。……とはいえ、これは参ったものだ」


「リリンお姉ちゃん? どうしたんですか?」


「いや、何でもない。今、アゼルの手を煩わせるわけにはいかないからな。少なくとも……今、話すことではないさ」


 これまでとは打って変わって、リリンはどこか困ったような態度を取る。アゼルが尋ねるも、リリンは首を横に振って誤魔化してしまう。


 何か事情があるのだろうと察したアゼルは、聞き返すことはしなかった。自分の目的より、アゼルのことを優先してくれているのが目に見えて分かるからだ。


「分かりました。今は聞きません。でも、ジェリド様から炎片を受け継いだら、話してくださいね?」


「ああ。約束する。その時には、必ず話すさ」


 アゼルとリリンは、そう約束を交わすのだった。



◇――――――――――――――――――◇



「……ディアナ。もうすぐ、アゼルたちがここを訪れる。準備をするのだ。彼らへの……炎片を継ぐための試練の準備を」


「かしこまりました、ジェリド様。このディアナ、全て貴方様の意のままに」


 その頃、凍骨の迷宮の最奥部の宮殿にて、ジェリドとディアナが話をしていた。己の持つ凍骨の炎片をアゼルに継がせるための試練を、始めるつもりなのだ。


 ディアナが去った後、ジェリドは宮殿の奥にある棺の間に向かう。部屋の中に立て掛けられた、三つの棺を見上げ呟く。


「……今こそ、目覚めさせる時が来た。かつての我が腹心、骸の鬼たちよ。我が子孫の力を測るため……再び、立ち上がれ」


 試練の時は、近い。

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