132話―修行は続くよどこまでも
『さあ、どてっ腹に風穴空けられるか顔を吹っ飛ばされるか選ばせて差し上げますわー!』
『だああ、こうなったらやるしかねぇ! 二人とも往生しろやぁぁぁぁ!!』
「あはは、三人とも楽しそうだなー。ねぇ、アゼルくんもそう思うでしょ?」
「は、はあ……そう、ですね?」
予想外のガチバトルに発展したアンジェリカたちの様子を、水晶玉に映し出された映像としてアゼルとリオが観賞していた。十数分前、アゼルはリオの待つコロシアムに到着した、のだが。
『僕たちはみんなの修行が終わってから始めるから、それまでは他の人たちのを見てようよ』
とリオに提案されたのだ。コロシアムには少し濃いめの闇の瘴気が充満しているため、身体を馴らすための準備という意味合いもあるのだろう。
一瞬戸惑ったものの、アゼルは承諾し……映像を通して、自由奔放過にしてやりたい放題な魔神たちの、これでもかと言うほどのフリーダムっぷりを見せ付けられた。
『戦技、連撃回転脚ですわー!』
『へっ、そんなの楽に避け……つてあぶなっ! おいエリ嬢、てめぇ今首狙ったろ!?』
『あら、惜しかったですわね。もう少しでずんばらりんとなます切りに出来ましたのに』
『するな!』
映像の向こうでは、アンジェリカとエリザベートが巧みな連携でダンテを追い詰めている。これではもう、誰が誰に修行をしているのか分からない。
コロシアムのド真ん中に座り、映像を眺めていたアゼルはどういう感情を表していいのか分からないため、とりあえず見守ることにしたようだ。
「いいぞいいぞー! ふれー、ふれー、エッちゃーん!」
「あの、呑気に応援してていいんですか? あっちの男の人も、お仲間なのでは……」
「いいのいいの。ダンテさんレベルになると、生存能力すっごいから」
「ええ……」
仮にも仲間であるダンテの心配など微塵もしていないリオに、アゼルは戸惑う。そんななか、リオは手元の水晶を撫で、別の者たちを映し出す。
「さーて、今度はカレンお姉ちゃんの方を見てみよーっと。こっちはどうなってるかな……あ」
「……酒盛りしてますね、盛大に」
とっくに修行を終えていたカレンとシャスティは、やることもないからと酒盛りに興じていた。広間のあちこちに転がる酒ビンの数は、たった十分足らずで倍近く増えている。
『ワハハハハ! なんだお前、なかやかイケる口じゃねえの! このアタイとここまで飲み比べ出来る奴なんざ、数百年ぶりに会ったぜ!』
『こっちも驚きだぜ。こーんないい酒隠し持ってやがるたぁ、おけねぇ話だ。もっと早く言ってくれりゃあいいのによぉもう!』
終始こんな調子で、互いに酒を酌み交わす。その様子を見たアゼルとリオは……。
「……」
「……」
無言で映像を切り替えた。すでにカレンたちが修行を終えているということを二人は知らないため、サボっているように見えたようだ。
続いて映し出されたのは……。
『そーれ、生け贄ごっこ! うぇーい! うぇーい!』
『うぇーい! うぇーい!』
青い海が広がる砂浜の一角で、謎の儀式に興じている二人の少女の姿だった。片方は、真っ先に扉へ突撃していった問題児メレェーナ。
もう一人は、カエル頭のフード付パーカーを着た、紫色の肌を持つ少女だ。二人はヤシ木の枝から謎肉の塊をロープで吊るし、焚き火にくべながら踊っている。
「……あのぅ。あの二人、何をしているんでしょうか。というか、あっちのパーカーの人は一体……」
「その人はねー、僕の仲間の一人なんだ。毒の力を操る鎧の魔神、レケレスおねーちゃんだよ」
「な、なるほど。それで、二人は何をしているのでしょうか」
うぇいうぇい歌いながら、謎肉を囲んでファイアーダンスしている二人を眺めつつアゼルは疑問を口にする。すると、リオが至極単純な答えを返した。
「あー、あの人ね。よく考えたらファルダ神族なわけだし、別に闇の瘴気に身体を馴らす必要もないなーって。だから、あの人来たら適当に遊んでてーって、みんなに言っといたの」
「ああ、そういうことでしたか。何で謎の儀式をしているのかは……ほっといてもいいですねはい」
フリーダム過ぎる魔神たちのアレコレを垣間見続けた結果、アゼルは『分からないものはスルーする』ということを覚えたようだ。疑問さえ解決すれば、もうそれでいいらしい。
「さーて、そろそろ僕たちも始めよっか。どう? 闇の瘴気には慣れてきた?」
「……そうですね、最初はだいぶ身体がダルかったんですけど、今は少し楽になりました。……いつでも、いいですよ」
息抜きは終わりだとばかりに、リオはアゼルに問いかける。アゼルは頷き、よっこいせっと立ち上がった。ヘイルブリンガーを呼び出し、杖のように地面に打つ。
リオも映像を消して立ち上がり、両腕に飛刃の盾を装着してアゼルを真っ直ぐ見つめる。つい先ほどまでのほんわかおちゃらけた空気は、もう霧散していた。
「じゃ、始めるよ。修行の達成条件は、日が暮れるまでに僕から一本取ること。やれるかな?」
「随分と時間に余裕がありますね。それだけ……一本取られない自信がある、と?」
「まあね。これでも、
「ええ。胸を借りさせてもらいます。全力で……貴方に挑みます!」
ヘイルブリンガーを担ぎ上げ、アゼルは走り出す。対するリオは、動く気配を見せず静かに立ち尽くしている。射程圏内に入った瞬間、アゼルは勢いよく得物を振り下ろす。
「てやっ!」
「ハッ!」
ヘイルブリンガーの一撃を、リオは難なく片腕で受け止めてみせた。盾には傷一つ付かず、青色の輝きを放ち続けている。
「受け止めましたか。まあ、それくらいはこっちも想定済みですけれど」
「予想以上にいい一撃だったよ。もうちょっと強度落としておこうかなって思ってたけど……その必要はないみたいだ」
互いに不敵な笑みを浮かべ、二人は同時に後方へ飛ぶ。再びそれぞれの武器を構え、全く同じタイミングで走り出す。目の前の相手を倒すために。
「シールドブーメラン!」
「戦技、ブリザードブレイド!」
二人の必殺技が、同時に炸裂した。
◇――――――――――――――――――◇
「……なんだ、ここは? 霊園……なのか? 随分とまあ、陰気な場所を修行場に選んだものだ」
アゼルとリオの修行が始まった頃、リリンは霧が立ち込める霊園を歩いていた。他の者たちとは違い、修行を担当する魔神はまだ姿を現していないようだ。
しばらく霊園を歩いていくと、遠くの方にしゃがんでいる人影を見つけた。リリンには、誰かの墓に参り祈りを捧げているように見えた。
「お前か、私の相手は……って、お前は……!」
「ほう、妾の元に来たのは貴様であったか。ま、何となくそんな予感はしておったわ」
人影の方に近付き、リリンが声をかけると……僅かに不機嫌そうな色が混ざった、尊大な口調の声が返ってきた。墓の前にいたのは、アイージャであった。
「ほう、これはこれは。これもまた、運命のいたずらというやつか。こんなところで、お前と戦うことになるとはな」
「……フン、相変わらずいけ好かぬツラよのぅ。まっこと、イラッとくるわ」
「その言葉、そっくり返してやる。どうも、最初に会った時からお前とはウマが合わんと思っていたんだ」
しょっぱなから、二人の間に険悪な雰囲気が漂う。水と油、氷と炎、龍と虎……何から何まで、二人は互いのことが気に入らないらしい。
ただのライバル意識なのか、それとも……。
「まあよい。お前が相手だというのなら好都合だ。私の方が遥かに強いということを教えてやろう、一万年ババア」
「バッ……なんじゃと?」
「ん? 貴様ら魔神は一万年ほど生きているのだろう? その口調といい、まさにババアではないか」
開幕から罵倒するリリンに、アイージャは耳を逆立てる。ババア呼ばわりされたのがかなり
「ハッ、そういう貴様も似たようなものであろ? あちこち手を尽くして調べたぞ、貴様の経歴を。なあ、千年ババアよ」
「ぐっ……! それでも、お前の十分の一だろうが!」
「ハッ、されどババアであることに変わりはないだろうに。心の小じわがよーく見えるぞえ? ホッホッホッ」
互いの額に、いくつもの青筋が浮かび上がる。噴火直前の火山のような怒りが、二人の間に渦巻く。しばらく罵声を浴びせあっていたが、とうとう限界が来たようだ。
「ふっ……ふふふ。やはり、お前とは永遠にウマが合わんようだなぁ、アイージャ」
「クハハ、そのようだのうリリン。まこと、どこまでも口数の減らぬ奴よ」
「フ……ははははは」
「ほっほっほっほっ」
真っ直ぐに相手を見つめながら、二人は高笑いをする。……もっとも、目だけは全く笑っておらず、殺意の籠った視線を互いに送っていたが。
しばらく笑った後、リリンは雷の矢を。アイージャは小型のラウンドシールドを呼び出し……。
「このクソアマ、ぶっ殺してやらぁ!」
全く同じタイミングで、乱暴な口調で啖呵を切った。もはや、溢れる殺意を隠そうともしていない。修行という名の大戦争が、勃発した。
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