131話―お嬢様とお嬢様

「こ、これは由々しき事態ですわ! まさか、このあたくし以外にもここまでレベルの高いお嬢様キャラがいるなど……」


「ああ、嫌な予感が的中してしまいましたわ! やり辛くて仕方ありませんわ……うう……」


 アンジェリカとエリザベートは、互いを見ながら崩れ落ちる。キャラが被る……その事実が、二人のプライドに致命的な打撃を打ち込んだようだ。


「こ、こうなれば最終手段ですわ。他の方と……チェンジ! というわけで、紅茶でも楽しみながら少々お待ちくださいませ」


「い、いただきますわ」


「くっ、優雅な仕草まであたくしと瓜二つ……! これ以上キャラが被ったら、あたくしのメンタルが持ちませんわ。早く連絡を……!」


 このままだとさらなる精神的ダメージを食らうと判断したエリザベートは、魔法石で他の魔神と連絡を取り、相手を変わってもらおうとする、が。


「もしもし、ダンスレイルさん? 緊急事態ですわ。あたくし、挑戦者とキャラが被ってしまいましたの。なので、相手を変わって」


『へぇ、それは面白そうだ。これは是非、見に行かないとねぇ? 勿論、エリザベートが稽古を付けるってことで』


「へ? ちょ、それは無……あっ、切れてしまいましたわ! くぅぅ……クイナさんやレケレスさんだと、余計お祭り騒ぎになるでしょうし……他の方はもう修行を開始してますし……どうしたら……!」


 どうやら、頼る相手を間違えたようだ。修行の担当を仲間に変わって貰おうとしたら、野次馬根性を刺激してしまったらしい。


 千々に心が乱れ、思い悩むエリザベート。そんな彼女の頭上から、飄々とした男の声が聞こえてきた。


「よーう、何やってんだエリ嬢さんよ。そんなおもしろ……難しい顔してさ」


「そ、そうですわ! まだ貴方がいましたわね、ダンテ。お願いがありますの、修行の担当、変わっていただけませんこと?」


 アンジェリカが上を見ると、真っ黒なコートと山高帽を身に付けた男が、スケートボードのように槍の上に乗った状態で浮かんでいた。


「あーん? リオも言ってたろうがよ。そういうのはダメだってよぉ」


「で、ですが! あたくし、あの方とキャラが被ってしまっているのですわよ! やりにくいことこの上ありませんの! 後生ですから、どうか頼みを聞いてくださいまし!」


 ダンテと呼ばれた男は、エリザベートの頼みに微妙な表情を浮かべる。事前に取り決めがされていたようで、彼女の言葉に首を縦に振らなさそうだったが……?


「キャラ被りねぇ……おい、そこのサラサラ」


「さ、サラサラ? もしかして、わたくしのことですの?」


「ぷふっ! んだよ、ホントにキャラ被ってんな。お嬢とお嬢で今日はダブルお嬢ってか? ハハッ、いいサプライズだなこりゃぁ」


 アンジェリカの口調に、ダンテは吹き出した。エリザベートそっくりの喋り方がツボに入ったらしい。一頻り笑ったあとで、こんな提案を出した。


「よし、んじゃこうしよう。流石に全部肩代わり、は出来ねぇ。だが、オレがメインでエリ嬢がサブ、ってんなら問題はねぇだろうよ」


「なるほど、それならばあたくしは補助に徹すればメンタルへの負荷も減りますわね。感謝しますわ、ダンテ」


「……あの。それで結局、修行はどうなりますの?」


 二人だけでわいわい話しているのを見て、疎外感が募ったアンジェリカは不貞腐れた様子で割って入る。槍から飛び降り、ダンテは彼女に謝った。


「いやー、わりぃわりぃ。エリ嬢のわがままにも困ったもんでよぉ。っつーことで、今回はオレとエリ嬢の二人で修行を課すぜ。気張ってけよ、えーと」


「アンジェリカ・バルトラース=フリンドですわ」


「おうおう、フルネームでの自己紹介ありがとさん。オレはダンテ。風を司る槍の魔神だ。さてっと、始める前に一つ聞くか。あのスライダー、楽しかったか?」


 スライダーという言葉に、アンジェリカはピクリと反応する。つい先ほど、屈辱を味わったモノを忘れるほど頭からっぽではない。


 しかも、ダンテの口振りから考えるに、仕掛けた張本人であふことは火を見るよりも明らかであった。が、念のためにアンジェリカは一応問いかける。


「あ~ら、貴方でしたの。あのようなモノをお作りになられたのは」


「おう。オレは相手を驚かすのが好きなんでね。どうだ、いいサプライズだったろ?」


「……ああ、そうでしたの。なるほどなるほど、それでしたら……その顔に、キッツい一発をお見舞いして差し上げましてよ!」


 額にいくつもの青筋を浮かべつつ、アンジェリカはポキポキと拳を鳴らす。誇り高きお嬢様たるアンジェリカにとって、相当腹に据えかねたようだ。


 ……まあ、散々時間を無駄にさせられた挙げ句サーカスのライオンのような真似をさせられれば、怒るなと言う方が無理な話であるが。


「な、なんだよ? 楽しかったろ、あのスライダー」


「そんなわけないでしょう! あんなモノで、よくもわたくしを弄んでくれましたわね! 絶対にタダでは済ましませんわよ!」


「……その話、あたくしも興味がありますわね。ダンテ、貴方どんなスライダーを作りましたの?」


 あまりのアンジェリカの怒りっぷりに、出来るだけ沈黙しようとしていたエリザベートが興味を抱く。仲間に尋ねられ、ダンテは自信満々に答える。


「おうよ! まず、たっぷり十分は滑れる長さにしたんだ。途中でわざと途切れさせて、ぽーんと飛べるようにしてよ、楽しそうだろ?」


「なるほど。それで、続きは?」


「でな、飛んでる途中で火の輪潜り出来るように炎を配置しといた。で、最後に透明な柱にぶつかって、ここに繋がるようにワープホールを置く。な? 完璧だろ?」


 何がどう完璧なのかは分からないが、とても楽しそうに語る様子から渾身の出来だったようだ。エリザベートはチラッとアンジェリカの方を見て、フッと笑った。


「……アンジェリカさん。修行の内容が決まりましたわ。心ゆくまで、存分にダンテをボコボコになさいまし。あたくしもお手伝いしますから」


「おいちょっと待て!? それは修行なのか!? ただのリンチだろうがそれ!」


「お黙り! お淑やかなレディにそのようなことをするとは、貴方千年前から何も変わっていませんわよ! 今日という今日は、制裁させていただきます!」


 アンジェリカの受けた仕打ちを聞き、エリザベートも憤慨したらしい。修行という名のリンチ刑をダンテに科すことを決めたようだ。


 ダンテの抗議にも耳を貸さず、エリザベートは華麗なバク宙をしてアンジェリカの横に立つ。ふぁさっと髪をかき上げ、高らかに修行開始を宣言する。


「おーっほっほっほっ! もはや誰が何と言おうと、修行内容を変えるつもりは微塵も御座いませんわ! さあ、アンジェリカさん。あの不届き者に制裁を下してやりなさい!」


「ええ、ありがたいですわ。もう、キャラ被りがどうのこうのはどうでもよいですわ。まずは……あのスカした顔にパンチをめり込ませてやりますわー!」


「何でこうなったぁー!?」


 バラ園の一角から、ダンテの叫びがこだまする。が、臨戦態勢に入った二人はお構い無しだ。ダブルお嬢様による、修行という名の公開処刑が幕を開けた。



◇――――――――――――――――――◇



「……フン、奴らめ。グラン=ファルダから気配が消えたかと思えば、魔神どもの大地に移動していたとは。大方、私を倒すための準備でもしているのだろう」


 その頃、カルーゾは研究を進めながらアゼルたちの動向を追っていた。リオたちと共にいることを知り、彼らの狙いに気付きニヤリと笑う。


「ならば、邪魔をしてやらねばなるまい。幸い、二体目の魔獣は完成した。送り込んでやるとしよう」


 そう呟くと、カルーゾは研究所の一角、『バイオ研究エリア』と記された区画へ移動する。中に入り、奥にある分厚い鋼鉄の扉の前に立つ。


「あのガキは、確かネクロマンサーだったな。クッククク、ならば都合がよい。今回の魔獣ほど、ピッタリな相手もそうはいなかろう。さあ、今こそ解き放つ時だ。幼魔獣……『双結の屍獣エリダル』をな!」


 心底愉快そうに笑いながら、カルーゾは扉の側にあるレバーを倒し、扉を開く。新たな驚異が、アゼルたちの元に現れようとしていた。

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