118話―神力を呑みし者
ズーロとの戦いは、アゼルの勝利で幕を閉じた。しかし、そのまま全てが丸く収まる……とはいかない。諸悪の根源、カルーゾ……の肉体を持ったジルヴェイドが現れたのだ。
「とうとう来ましたか、カルーゾ。あなたもここで……」
「待って、アゼルくん。こいつ、カルーゾじゃないよ。見た目は本人だけど……魂の波長が違う。あんた、だぁれ? カルーゾはどこに行ったの?」
戦いの疲れも感じさせず、即座に飛びかかろうとしたアゼルをメレェーナが制止する。全ての神が持つ感知能力で、彼女は一瞬で見抜いた。
目の前にいる者が、カルーゾではないことを。問いを受け、カルーゾ……否、ジルヴェイドは邪悪な笑みを浮かべる。
「ほウ、やはり神にはバレるカ。マ、どうでもよいことだガ、教えておいてやろウ。私はジルヴェイド。カルーゾに協力シ、力を貸していた者サ」
「なるほど、あなたがヴェルダンディーさんの言っていた裏の協力者ですか。で、そんなあなたが何でカルーゾの姿になっているんです?」
「お前が知る必要はなイ。死にゆく者に向ける言葉などないからナ!」
もっともな疑問を投げ掛けるアゼルだったが、ジルヴェイドが答えを口にすることはなかった。その代わりに、身の丈ほどもある大剣を呼び出し構える。
純白の刀身をひるがえし、切っ先をアゼルに向けジルヴェイドは一歩踏み出す。次の瞬間、相手の姿が消え……いきなりアゼルの目の前に現れた。
「わっ!? このっ!」
「防いだカ。だガ、次も上手くしのげるかナ!?」
間一髪、咄嗟に構えたヘイルブリンガーで攻撃を防ぐことに成功したアゼル。それを見たジルヴェイドは笑みを浮かべたまま、再び高速移動で姿を消す。
「まずいな。お前たち、マスターを守るぞ。防御陣形を取れ!」
「その必要はなイ。先ニ、ゴミ共を始末するのでナ」
ブラック隊長は部下たちと共に、アゼルを守るため彼を囲む。が、そんな彼らを嘲笑うかのように、ジルヴェイドは狙いを切り替え騎士たちを惨殺し始めた。
障壁の発動と維持で力を使い果たしていた騎士たちがまともに応戦出来るわけもなく、全員がバラバラに切り刻まれてしまう。それを見たアゼルは怒り、斧を掲げる。
「待て、ジルヴェイド! それ以上の狼藉は許しませんよ! バインドルーン……キャプチャーハンド! ブラック隊長、皆、やっちゃいなさい!」
「お任せを、マスター。不届き者には、死を!」
ベルセルクモードの反動で体力を消耗し、まともに動けないアゼルは、相手の動きを封じた後代わりにスケルトンたちを向かわせる。
「フン、ムダなことヲ。この程度の拘束など、容易に解けるワ! たかが骨なド、返り討ちにしてくれル!」
「そうはさせ……なんだ、身体が動か……ぐはっ!」
斧から伸びる手に握られ、動きを封じられたジルヴェイドだったが、魔力を放出して手を切り裂く。言葉通り、拘束から逃れたジルヴェイドは剣を振るう。
すると、ブラック隊長たちの動きがピタッと止まり、全員纏めて両断され消滅してしまった。何らかの力が働いているようだ。
「みんなが……!」
「さテ、これで邪魔者は大方消え……ぐっ!」
「あたしを忘れちゃダメだよ? そぉーれ、ペロキャンハンマー!」
邪魔者を排除し、ゆっくりとアゼルをいたぶるつもりでいたジルヴェイドだったが、そうは問屋がおろさない。まだ一人、戦える者は残っているのだ。
どこからか巨大なペロペロキャンディー型のハンマーを取り出したメレェーナが、アゼルを守るために突撃した。剣とキャンディーがぶつかり、何故か飴が飛び散る。
「あア、そうだっタ。まだ、お前がいたナ。天の上の連中を裏切っテ、今度はカルーゾを裏切るのカ。とんだ尻軽もいたものダ」
「ふーんだ、あたしは元々カルーゾに従うつもりなんてなかったし。こうなっちゃった以上は、あんたたちを止めさせてもらうからね!」
「無理だナ。私は今、とても調子がいいんダ。神の肉体を得るというのガ、ここまでの
そう叫ぶと、ジルヴェイドは笑いながら剣を振り回し始める。メレェーナは相手の周囲を飛び回り、ペロキャンハンマーで応戦する。
メレェーナが時間を稼いでくれている間に、アゼルは体力の回復を行う。だが、神の肉体と闇の眷属の力が合わさったジルヴェイドは強く、瞬く間に劣勢に追い込まれる。
「ちょ、はや、つよ! こんなの聞いてないんですけど!」
「当然ダ、カルーゾは肉体を入れ換えたことを側近以外には話していないからナ。私も当初は手酷い裏切りだと腹が立ったガ、今は違ウ。むしロ、とてもいい気分ダ!」
「いい気分なのも、もう終わりです。今度は、たっぷりと嫌な気分を味わってもらいますよ!」
ある程度体力が回復してきたアゼルは、ジルヴェイドを牽制するべくヘイルブリンガーを投げた。メレェーナの首を狙って振るわれた剣に当たり、遠くへ弾き飛ばす。
「貴様……!」
「メレェーナさん、今です!」
「おっけー! そぉりゃあ!」
武器を失ったジルヴェイドの胴体に、必殺のペロキャンハンマーが叩き込まれた。ジルヴェイドが吹っ飛ぶのと同時に、カラフルな包装がされたチョコレートが撒き散らされる。
「へっへーん、ざまーみろー」
「やりましたね、メレェーナさん! ……でも、このチョコレートは一体どこから……っと、それよりも、早く騎士さんたちを生き返らせてあげないと」
一矢報いてやったことを喜ぶメレェーナを横目に、アゼルは斧を回収しつつ絶命した騎士たちを蘇生させていく。その時、別行動していたシャスティたちが現れた。
ズーロが操っていた魔物たちを全滅させ、異変が起きたことを察知してアゼルたちの加勢に来てくれたのだ。
「アゼル、大丈夫か……って、見りゃ分かるなこりゃ。一体何が起きていやがるんだ?」
「シャスティお姉ちゃん! 実は……いや、説明している暇はなさそうですね」
合流したシャスティたちにこれまでの一部始終を説明しようとするアゼルだったが、それよりも早くジルヴェイドが起き上がった。右手が横に伸び、剣が手元に戻っていく。
「よくもやってくれたネ。せっかくいい気分だったのに全滅台無しだヨ。この始末、どうつけてもら……おヤ? これはこれハ、ヴェルダンディーじゃないカ」
「同類の気配を感じて外に出てみれば、何とも奇妙な光景に遭遇したものですな。ジルヴェイド、神の姿で何を企んでいるのですかな?」
一触即発の空気の中、突然空気中に炎がゆらめく。少しずつ人の形へと変わり、ヴェルダンディーが姿を現した。
「教えるものカ。ちょうどいイ、こそこそと我らを嗅ぎ回られるのも飽きていたんダ。邪魔者を纏めて葬り去ってやル!」
ヴェルダンディーを見て、ジルヴェイドは笑う。叫びをあげ、剣を頭上に掲げると、切っ先から黒い闇の玉が現れ、猛スピードで巨大化していく。
あっという間にジルヴェイドが飲み込まれ、姿が見えなくなった。直後、闇の玉から腕が伸びアゼルとメレェーナ、ヴェルダンディーを捕らえる。
「ちょっとー、なによこれ! やー、気持ち悪い!」
『さア、案内してやろウ。偉大なる闇が支配する、暗黒の領域へとナ!』
「わあああっ!」
「アゼル!」
ジルヴェイドの声が響いた後、腕が玉の中に戻っていく。カイルはアゼルを助けようと走り出すも、遅かった。あっという間に、三人は闇の中に引きずり込まれてしまう。
「クソッ、アゼルを返しやが……うおっ! くっ、オレたちは入れねえのかよこれ! くそったれめ!」
「ダンディーのおっさんとアホ女神がいるとはいえ、やべえんじゃねえのか? ……仕方ねえ。アシュロンのおっさん、アタシらはここに残る。あんたらは城に戻ってリリンたちを呼んできてくれ」
「分かった。連絡用の魔法石を渡しておく。何かあったらすぐに連絡してくれ」
そう言い残し、アシュロンは騎士たちを率い撤退していった。彼らを見送った後、シャスティは小さな声で呟く。
「アゼル……無事でいてくれよな。必ず、助けに行くからよ」
闇の玉を見上げ、シャスティは祈りを捧げた。
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