114話―そして、女神は土下座する
「さあさあ、もっと遊びましょ? 嫌なことぜーんぶ忘れて、楽しいことをいっぱいしようよ!」
「全く堪えてませんね。……これは、ちょーっと厄介かもしれません」
手元にヘイルブリンガーを戻しつつ、アゼルはそう呟く。メレェーナはニコニコ笑いながら、八の字を描くように上空を飛び回っている。
「さあさ、みんな揃ってパーティー会場にご招待! 美味しいご飯とお菓子と飲み物、それから楽しい遊戯もあるよ! そぉーれっ☆」
「な、なんだ!? 身体が浮いて……」
「はい、どーん!!!」
メレェーナが指を鳴らすと、アゼルたちの身体がふわりと浮き上がる。次の合図と共に腕が振られると、城の門が開き、三人は中へ飛ばされた。
猛スピードで吹っ飛ばされていった結果、アゼルは気を失ってしまう。目が覚めた時には、大広間の二階にある室内バルコニーに立っていた。
「ここは……。そうだ、リリンお姉ちゃんたちは……って、わっ!? へ、ヘイルブリンガーが……!」
どこかへ消えてしまったリリンたちを探すため、歩き出そうとするアゼル。ふと手元を見ると、ヘイルブリンガーが巨大なペロペロキャンディーになってしまっていた。
戸惑いを隠せずにいると、いつの間にか背後に現れていたメレェーナから声をかけられる。
「どーお? ビックリした? 楽しいパーティーに物騒なモノは持ち込んじゃダメだから、お菓子にしちゃった!」
「あなたは……! リリンお姉ちゃんたちはどこです!?」
「心配しなくてもだいじょーぶだって。ほら、あそこで踊ってるよ」
アゼルが問うと、メレェーナは広間の一角を指差す。そこを見ると、リリンやヴェルダンディーがとても楽しそうにダンスをしていた。
よくよく見ると、シャスティやアンジェリカ、ジークガルムにアシュロンまでいる。さらに、遠くの方で皇帝エルフリーデがファウンテンから流れるチョコをイッキ飲みしていた。
「一体、何が……。メレェーナと言いましたね、あなたの目的は……何なんですか? あなたの目には、何と言うか……邪念が全くありません」
仲間たちが軒並み術中に嵌まってしまっている光景に目眩を覚えつつも、アゼルは目の前にいる元神に問う。少年の胸中には、一つの疑問があった。
もし彼女の目的が帝都に住む者たちの皆殺しであれば、こんな回りくどいことをする必要はない。無力化した段階で、さっさと息の根を止めてしまえばいいのだから。
「あたしの目的? それはねぇ……たった一つだよ。あたしは遊びたいの。キミたち大地の民と一緒に、心ゆくまで!」
「……え?」
予想外の答えに、アゼルは目を丸くしてしまう。すると、それまで無邪気に笑っていたメレェーナの様子が変わった。寂しそうな表情を浮かべ、ぽつぽつと話し出す。
「……あたしね、
しょぼくながら話すメレェーナに、アゼルは何と言っていいのか分からず、とりあえず聞き役に徹することにしたようだ。沈黙する少年に、女神は話の続きを聞かせる。
「伴神になってから、楽しいことが一つもないの。やれ闇の眷属の侵攻がどーたら、大地の加護がどーたら……。だから、あたしの力がどんどん弱くなっちゃって。消滅一歩手前まで来ちゃったんだ」
「それは、辛いでしょうね……」
どうやら、今の神々にはパーティーを開くだけの余裕がないようだ。結果として、『快楽』を司るメレェーナの力が失われていき、消滅の危機を迎えていたらしい。
「でも、
「だから、カルーゾたちと一緒に堕天した、ということですか?」
「そーそー。もともと、任期満了も間近だったしー、今の千変神様とはソリも合わなかったからー。カルーゾの提案に賛同するフリして、降りちゃった☆」
メレェーナにとって、カルーゾの誘いは渡りに船、と言ったところだったのだろう。彼の思想……神に届かんとする可能性を滅するという目論見に乗ったフリをし、大地に降りた。
大地の民と共にいれば、己の役目を果たせると信じて。
「……一つ、確認させてください。あなたは、カルーゾの野望に加担するつもりはないのですね?」
「ないよ? あたしはね、楽しく遊びたいの。キミたち大地の民と一緒に。神の世界に、もうあたしの居場所はないの。だから……どうせ消えるなら、楽しい思い出が欲しいなって、思ったんだ」
主より与えられた神能を振るえないなら、神の世界にいる意味はない。しかし、理由はどうあれカルーゾについて堕天するということは、反逆者に堕ちるのと同じ。
自分から敵意のある行動をせずとも、遅かれ早かれ必ずアゼルたちや神々の追討部隊に討たれるだろう。故に、彼女は自身の望みを叶えるために動いたのだ。
「……よく分かりました。あなたも、ウェラルドのようにぼくたちへの敵意がないことは。あなたの境遇を考慮すれば、まあ……今回のことは大目に見てもいいでしょう」
「ほんと? えへへ、嬉しいなぁ。じゃあ、一緒に遊ぼうよ。ほら、下に降りてさ。たくさん踊ろう!」
「わ、ちょっと……! 飛び降りるのは、ダメ……ひゃあっ!」
嬉しそうに笑いながら、メレェーナはアゼルの腕を掴み柵を超えて直接広間に飛び降りる。その後、アゼルは彼女の気が済むまで散々遊びに付き合わされるのだった。
◇――――――――――――――――――◇
「……話は分かった。理解と同情はしよう。だが……どんな形であれ、帝都を混乱に陥れたのは事実。それは変わらん」
「……はい」
数時間後。メレェーナが満足するのと同時に、彼女が帝都全域にかけていた魔法が解けた。結果、人々は正気に戻りパーティーは終わりを迎え……お説教タイムが始まった。
「確かにだ、君の催したパーティーのおかげで我々は楽しい時間を過ごした。……諸々の費用として今後三ヶ月分の政務予算を使いきってしまったことを除けば、な」
「……すいませんでしたぁ」
謁見の間にて、メレェーナはエルフリーデの前に引き出され説教を食らう。彼女は知らなかったのだ。神々の世界とは違い、大地では何をするにも金がかかるということを。
「まあ、悪気がないというのはアゼルから聞いているよ? それでもだね、流石にこれは看過出来ないのだよ。君も元とは言え神なわけだし、責任を取ってもらわなければ」
「……はい」
すっかりしおらしくなってしまったメレェーナを、アゼルたちは端っこの方で眺めていた。ある意味、メレェーナの共犯となったアゼルも居心地の悪さを感じているようだ。
「しかしまあ、たまげたもんだな。アタシらとパーティーしたいって理由だけで神辞めるなんて、ぶっ飛んでんのにも程があるだろよ」
「まあ、そもそも彼女の主たる千変神自体が気紛れで物事を引っ掻き回す性質を持っていますからな。カエルの子はカエルというやつでありましょう」
土下座した状態でひたすら平謝りするメレェーナを眺めながら、シャスティとヴェルダンディーは呆れたようにヒソヒソ話をする。
「ま、元神が金など持っているわけもあるまいし……ここは一つ、君にタダ働きしてもらうとしようか。三ヶ月分の政務予算を返済し終えるまで、ね」
「具体的には、何を……?」
「まずは、アゼルたちと一緒に堕天神討伐をしてもらおうかな。彼らの情報を、曲がりなりにも持っているだろう? その知識を活かして、彼らを助けてあげてくれ」
「はーい、分かりましたぁ!」
小一時間説教した後、エルフリーデはそんな提案を出した。その提案に対し、側に控えていたアシュロンが真っ先に待ったをかける。
「お待ちください、陛下! いくらなんでも、それは危険過ぎるのでは? この者が心変わりを起こし、アゼル殿たちを裏切るようなことがあれば大惨事を招きます!」
「とは言っても、だ。騎士として取り立てて側に置いたり、街で働かせるわけにもいくまい。まず間違いなく、面倒なことが起きる」
「それはそうですが……」
渋るアシュロンを横目に、エルフリーデはチラッとアゼルに視線を送る。『バックには着くからこいつのことは任せた』とでも言わんばかりに。
アゼルは苦笑しつつ頷く。経緯はともかく、元神の参入は戦力の増強として心強い。残る堕天神や、その裏に潜む者たちとの戦いでの切り札となるだろう。
「と、いうことで。よろしく頼んだぞ、アゼル」
「はい。ぼくにお任せください、陛下」
「えへへー、よろしくね~。アゼルくーん」
こうして、地に堕ちた神が仲間に加わった。この出来事が吉と出るか、凶と出るか……答えはすぐに分かる。
もう一つの脅威が、すぐそこまで迫ってきているから。
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