85話―終わりの始まり

「リリンお姉ちゃん! よかった……また無事に会えて。よくここが分かりました……ね?」


「ああ。あっちこっちたらい回しにされ、噂を聞いてようやくたどり着いた。……ちょうどいい、シャスティ、駄嬢を呼んできて一緒にそこに座れ」


 思わぬ再会を喜ぶアゼルだが、リリンの顔は喜びから一転し憤怒の表情へと変わっていた。指名されたシャスティは嫌な予感を覚え、抗議の声をあげる。


「ちょっと待てよ!? なんでアタシなんだ!」


「たわけ。アゼルは今女をあやすのに忙しいだろうが。後でアゼルには、私が満足するまでほっぺをもちもちさせるという罰を受けてもらうから案ずるな」


「ざっけんな! それじゃ罰にならな」


「さっさと呼んでこい」


「……はい」


 有無を言わさぬリリンの圧力に屈し、シャスティはすごすごとアンジェリカを呼びに行く。その間、アゼルはどうしたらいいのか分からずあわあわしていた。


 そんな中で、ディアナは泣き疲れて眠ってしまっていた。なかなかに図太い精神である。しばらくして、シャスティがアンジェリカを連れ戻ってきた。


「あら、リリン先輩! 無事にごうりゅ」


「座れ、おのれら。一つ説教をしてやる。いいな?」


「……はい」


 アンジェリカもまた圧力に屈し、シャスティともども何故かアゼルの前で正座をさせられる。リリンはアゼルの後ろで膝立ちになり、ほっぺをつまみながら説教を始めた。


「……私はな、まず帝都に戻った。アゼルたちがいるだろうと思ってな。ところがどうだ、話を聞いてみればエルプトラなる国へ行ったと言うではないか。で、必死こいて砂漠を越えてみれば……」


「こ、越えてみれば?」


「すっかり無駄骨だったわ! 事情が事情ゆえに仕方ないのは分かるが、せめて書き置きの一つでも残していかぬかーッ!」


 恐る恐る問いかけるアンジェリカに、リリンの雷が落ちた。リリン曰く、アゼルたちが辿ってきた道筋を、そのまま追いかけてきたのだと言う。


「ゾーリートンなる町に行けば、西に行ったと聞かされ……また必死こいて砂漠を渡ったら、今度は教会に宣戦布告して北西に行っただと!? 追いかけるのにどれだけ苦労したか……全く!」


「ご、ごめんなさいリリンお姉ちゃん……。よくよく考えてみれば、守護霊の指輪を使って連絡出来たのに……」


「正直すまんかった……」


「返す言葉もありませんわ……」


 創命教会や闇霊ダークレイスたちとの戦いが忙しく、アゼルは頭の中から守護霊の指輪の存在がすっぽり抜け落ちてしまっていたのだ。指輪を活用すれば、合流も容易だっただろう。


 アゼルが謝罪するのに合わせ、シャスティたちも頭を下げる。不満をブチ撒けて溜飲が下がったらしく、リリンは鼻を鳴らしつつ頷いた。


「ま、分かればよい。なんだかんだ言って、こうして合流出来たからな。……今の状況は、一つを除いて大体把握している。あちこちで噂が流れているからな」


「噂、ですか?」


「ああ。凍骨の帝ジェリドの末裔が、エルプトラ軍と手を組み解放軍として教国と戦っているとな。……で、一つ聞きたいのだが。アゼルに膝枕されている女は誰だ?」


「ああ、えっと……話せば、長くなるのですが……」


 ディアナを指差し、リリンは問う。アゼルはしばし考え込んだ後、何故ディアナがここに居るのかと、彼女の目的について話して聞かせる。


「……なるほど、復讐か。ここに来るまでも、教会の黒い噂はいろいろ聞いたが……そのような外道な行為をしていたとはな」


「ええ。ぼくとしても、許せる行いではありません。だからこそこうして、ディアナさんと共に……そういえば、リリンお姉ちゃんは……記憶を、取り戻せたのですか?」


 話をしているなか、ふとアゼルは思い浮かんだ疑問を投げ掛ける。そもそも、リリンがアゼルたちと別途行動をしていたのは、牙によって奪われた記憶を取り戻すため。


 アゼルに問われたリリンは、彼のほっぺをもちもちしながらしばし考え込む。そして、真剣な表情を浮かべながらゆっくりと口を開いた。


「……結論から言えば、取り戻すことは出来た。私が何者であったのか、過去に何をしていたのか……全て思い出したよ。だが……」


「だが? なんだよ?」


「今はそれを話す時期ではない。いまだ導きの鐘は鳴らず、沈黙が支配している。案ずるな。ガルファランの牙を滅ぼした暁には教えるさ」


 どこか意味深な言葉を口にするリリンを見た後、アゼルたちは顔を見合わせる。とにかく、リリンは無事目的を果たすことは出来たらしい。


 それが分かっただけでも、アゼルとしては安心することが出来た。後顧の憂いはなくなり、後はただ……教会とその裏に潜む、ガルファランの牙を倒すのみ。


「ま、いつか話してくれんならこっちは別にいいさ。で、戻ってきたからには、ちゃんと戦ってくれるんだろうな、リリン」


「当たり前だ。これまで不在だった分、心行くまで大暴れさせてもらう。楽しみにしているがいい。……しかしアゼルよ、だいぶ服装が変わったな……」


「実はですね、これ……」


 これまでの不穏な空気は消え、和気あいあいとした空気が広がる。決戦前夜、アゼルたちは久しぶりの再会を喜び、就寝時間になるまでずっと語らっていた。



◇――――――――――――――――――◇



 翌日、早朝。朝もやの晴れぬ時間に起床したアゼルたちは一気に軍を進め、とうとう神聖アルトメリク教国の心臓、命都ヴィアカンザへと到達した。


 街の目と鼻の先にある小高い丘の上に布陣したアゼルたちは、ヴィアカンザの内部に巨大な旗が二つ掲げられているのを見つける。一つは、教会の旗。もう一つは……。


「どうやら、法王はもう隠すことすらしなくなったようですね。堂々とガルファランの牙の旗を掲げるとは。……それとも、とうに組織を乗っ取られたのかもしれませんね」


 目を細めて旗を見つめながら、聖女長アストレアはそう呟く。複雑な表情を浮かべる彼女の胸の内に秘めた想いは、どれほどのものなのだろうか。


「……アストレア様。あなたは仮説陣地にてお待ちください。ここから先、命の保証はありません。一度滅ぼした教会を立て直すのに、あなたの力が必要なのです」


「いいえ、それは出来ませんよシャスティ。あなたや鉄血聖女隊の者たちだけに任せて高みの見物をするなど、私には出来ません」


「しかし! アストレア様に万一のことがあれば……」


「安心なさい。私は後方からの支援に徹しますから。これでも、あなたと同程度には戦えます。だから、あなたは何も気にせず全力で戦いなさい」


「……分かりました。アストレア様がそこまで言うなら……」


 突入まで残り十分を切るなか、シャスティとアストレアはそんな会話を繰り広げる。一方、アゼルの隣にいるディアナは、喜びに打ち震えていた。


 ようやく、積年の恨みを……バリバルの悲劇で散っていった者たち、そして家族の仇討ちをすることが出来るのだから。


「どれほどまでに、この日を夢見ていたか……。父さん、母さん。ハリル、メアリ……あなたたちの無念を、私が……必ず、晴らしてあげる。穢れた教会の豚どもを、一人残らず……」


「あまり意気込むな。気負い過ぎれば虚を突かれる。もう少し、気楽にやれ」


「そうですよ、ディアナさん。大丈夫、あなたは一人じゃない。ぼくたちが、あなたを助けますから」


「……ありがとうございます、二人とも。そうですね、少し冷静に行きましょうか」


 ヴィアカンザを睨み付けながらも、ディアナは心を落ち着かせる。少しして、ついに進軍の合図が下された。


「全軍、進め! 法王の首を獲り、戦いを終わらせるのだ!」


「おおーーー!!」


 ラッパの音が響き渡るなか、ワイバーンに跨がった竜騎士や暗器を仕込んだアサシンたち、アストレアに着き従う聖女の部隊……そして、アゼル率いるスケルトンの群れが動き出す。


 その様子を、創命大神殿の最奥に座するゼルガトーレが魔法の水晶を介して観察していた。不敵な笑みを浮かべ、連絡用の魔法石を使い同志たちに指令を下す。


『偉大なる牙の同胞たちよ。客人が来た。盛大にもてなしてやるがよい。想像を絶する苦痛と絶望を土産に……奴らを死の世界へ送り込むのだ!』


 その言葉を合図に、ガルファランの牙の同志たちは迎撃のために街へ出る。ヴィアカンザの門が開け放たれ、両軍がぶつかり合う。


 アゼルとガルファランの牙、数多の因縁に彩られた両者の最後の戦いが始まった。

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