64話―今、過去を取り戻す時

「ここか。やれやれ、ようやく着いたな」


『ここが霊獣の森の最奥だ。あそこに見える建物が、忌まわしい牙どもの元アジトだ』


 リリンはムルの背に乗り、かつてガルファランの牙が利用していた拠点にたどり着いた。アゼルとヴァシュゴルの戦いから数ヶ月経ち、少しずつ朽ちはじめているようだ。


「助かったぞ、ムル。私だけでは到底この森を踏破出来なんだ。ありがとう」


『気にするな。我はここで待っているから、用を済ませてくるといい』


「ああ。では行ってくる」


 そう言った後、リリンはムルから降りて牙のアジトへ向かう。中に入ると、カビの匂いに出迎えられた。顔をしかめつつ、ミシミシと音が鳴る廊下を進む。


「やれやれ、酷い有り様だ。あちこち埃とカビだらけ……記憶を取り戻したら、こんな腐りかけの建築物など燃やしてくれるわ」


 ブツブツと文句を言いながらも、一つ一つ廊下に隣接する扉を開けて室内をチェックする。どの部屋も特に何もなく、あっさりと最奥にある書庫にたどり着いた。


 本棚からはほぼ全ての書物が持ち去られており、牙に関する情報はほとんど残されていない。リリンはフンと鼻を鳴らしつつ、本棚を調べはじめる。


「大抵、こういう場所には秘密の通路とそこに繋がる扉が隠されて……ん、ビンゴ。ここだな」


 その予想は的中し、書庫の一番奥にある本棚の裏に隠し扉を発見することが出来た。本棚が一つだけ、ローラーで横にスライドするようになっていたのだ。


「やはり鍵がかかっておるか。なら……サンダラル・バンカー」


 隠し扉は三つの南京錠で厳重にロックされており、到底開けられそうになかった。そこで、リリンは雷の杭を打ち込んで無理矢理南京錠ごと扉を破壊し道を開く。


「地下への階段、か……まあ、外から見たこの建物は平屋だったからな。行くとするか」


 扉をくぐると、階段の先に一つの部屋があった。扉すら存在せず、部屋の中央に置かれた机が見える。それを見たリリンは、警戒心をあらわにする。


(おかしい。何故あの部屋は扉がないのだ? 迂闊に踏み込んでよいものやら……ここは慎重に行かねばなるまい)


 侵入者撃退用の罠が仕掛けられている可能性を考慮し、リリンは慎重に階段を降りていく。半分ほど降りたところで、リリンは魔力で鞭を作り出す。


「まずはこれで部屋の中を探ってみるか。この位置なら、魔力感知タイプの罠を発動させてしまっても巻き添えは食うまい。それっ!」


 そう呟き、リリンは鞭を部屋の中に伸ばす。しばらくそのまま待つも、特に異変は起こらない。そこで、今度は旅の途中で買った護身用の短剣を投げ込む。


「……何もなし、か。どうやら考えすぎだったようだ。まあ、よく考えればもう何ヵ月も放置されているんだ、罠があったとしてもとうに朽ちているだろうな」


 取り越し苦労に終わったことにやれやれとかぶりを振った後、ようやくリリンは部屋の中に入る。階段にいた時は気付かなかったが、机の上に小さな壺が置かれていた。


 おびただしい数の封印の札が貼り付けられたソレを見たリリンは、直感で気付く。この壺の中に封じられているナニカこそが、自身の過去を知る手がかりになると。


「……ようやく見付けた。何故牙の連中がコレを放置していったのかは知らぬが……まあいい。今こそ、過去を取り戻す時!」


 リリンは壺をひっ掴み、勢いよく地面に叩き付けた。壺が砕け散った次の瞬間、どこからともなく現れた無数の鎖が部屋の中を埋め尽くし、リリンの身体に突き刺さる。


「ぐっ、なんだこれは! 鬱陶しい鎖、め……」


 その時。リリンの頭の中に、無数の映像が流れ込んでくる。それは、ヴァシュゴルによって奪われ、失われた過去の記憶であった。


『ようこそ。我が学舎へ。私はエルダ。この大地を取り戻すために、共に研究に励みましょう。よろしくね、リリン、フェルゼ』


『はい。エルダ様と共に、必ず完成させてみせます。闇を封じる魔術を』


『ご指導ご鞭撻よろしくお願いします、エルダ様!』


(なんだ、これは……今の声、とても懐かしい……)


 リリンの脳裏にフラッシュバックする、かつての記憶。最初に浮かんできたのは、聖戦の四王の一人、『闇縛りの姫』エルダとの出会いの場面だった。


 漆黒のプリンセスローブと黄金のティアラを身に付け、闇のような黒い髪をウェーブさせた女性……エルダは、鎖が巻き付いた錫杖を持ち微笑んでいる。


(そうだ、思い出してきた……。私は、ラ・グーから大地を、故郷を救うための力を求めてエルダ様に弟子入りしたんだ……姉と、一緒に)


『ようやく、完成しましたね。これが、闇の眷族の力を封じるための魔術……』


『ええ。ここまで来られたのは、あなたたち七人の巫女がいてこそ。ジェルマ、エスリー、オルキス、シーラ、ニア、フェルゼ……そしてリリン。あなたたちのおかげです。本当に、ありがとう』


『いえ、エルダ様の御力があったからこそ、私たちは団結しここまで来ることが出来たのです。さあ、行きましょう。ギャリオン様たちがお待ちしていますから』


 場面が代わり、どこかの街にある研究所らしき場所の映像がリリンの脳裏に映し出される。白い巫女服を着た七人の女性たちが、エルダと喜びを分かち合っていた。


(懐かしい、な。究極の拘束魔法……ディバイン・ディアーズを完成させた時の景色か……。あの時はみな、喜んでいたな……)


 意識が朦朧としていくなか、リリンは心の中でそう呟く。場面はさらに変わり、燃え盛る炎とうごめく鎖に包まれた街の広場の景色が映し出される。


『エルダ様、これ以上はもう封印の術が持ちません! このままでは、この鎖の魔獣が街の外に出てしまいます!』


『……ごめんなさい。全て、私のせいです。ギャリオンとの約束を守ることに固執し、こんな魔獣を造り出してしまった』


『エルダ様だけのせいではありません! 我らもみな同罪、だから……自分を責めないでください!』


(そうだ……知っている。私は、この景色を……この後に起こる出来事の全てを。ダメだ、やめろ! 全員、逃げるんだ! 早く、早く!)


 全身が鎖で出来た魔獣を、結界で封じ込めようとしているエルダたちを見てリリンは叫ぶ。しかし、その声は届かない。遥か遠い記憶の彼方にいる、かつての仲間たちには。


『すでにオルキスとシーラ、ニアは取り込まれてしまいました……このままでは、奴は三人の力を奪い手がつけられなくなってしまいます!』


『……ならば、もう打つ手は一つしかありませんね。私たちの肉体にディバイン・ディアーズをかけ、もろともにあの魔獣を封印する。それ以外に、道はありません』


『……分かりました。ならば最後まで、エルダ様と共に。あなたと共に永遠の眠りに着けるのならば、私たちはみな本望です』


 記憶の中のリリンは、エルダにそう答え微笑む。しかし……。


『いいえ。リリン、あなたはフェルゼと共にお逃げなさい。あなたたち二人はまだ若い。生き延びるのです。そして、この魔獣を完全に滅ぼすための方法を見つけるのです』


『そんな……! 嫌です、私は誓ったのです! 何があっても、あなたの側にいると! それなのに、あなたを見捨てるような真似は出来ません!』


 封印の結界が破壊されないよう、必死に魔力を込めながら過去のリリンは叫ぶ。そんな彼女に、エルダは慈愛に満ちた笑みを向けた。


『……可愛いリリン。これはあなたとフェルゼにしか頼めないことなのです。二人には、私に与えられた生命の力を与えました。これで、千年は生きられるはず。さあ、今のうちに行きなさい!』


『……エルダ様、申し訳ありません。不甲斐ない私たちをお許しください! リリン、行くぞ! まだヤツの力が不完全なうちに脱出するんだ!』


『嫌だ! 嫌だ! 私は、私は……!』


 嫌がるリリンを、フェルゼと呼ばれた女性が引きずっていく。脱出した直後、エルダが放った光線が街の近くにある水門を打ち砕いた。


 すり鉢状の窪地にある街は、あっという間に水底に沈み……エルダや巫女たちと共に、永遠に封印された。


『うう……グスッ、ヒック……』


『いつまでも泣いてちゃいけないよ、リリン。私たちには使命があるんだ。どんなに悲しくても、悔しくても……立ち止まってちゃいけない。エルダ様の遺志を、ムダにしないためにも』


(……そう、だった。私は……あの魔獣を滅ぼし、エルダ様たちを永劫の封印から解放するための方法を探すために、フェルゼ姉さんと一緒に逃げ延びたんだ……)


『私は別の大地に渡り、あの鎖の魔獣を滅ぼすための手がかりを探す。千年後に、また戻る。それまでに……お互い、頑張ろう。エルダ様のために』


『姉さん……。分かった。私はもう泣かない。エルダ様を助ける方法を……必ず見つけ出す!』


 そして、生き延びた姉妹は誓いを胸に旅立った。敬愛する師を救うための力を求めて。


「ああ……ようやく、全部思い出した。千年経って……私は、ようやく見付けたんだ。エルダ様を、巫女のみんなを助ける手段を」


 気が付くと、部屋の中を埋め尽くしていた鎖は消えていた。記憶を取り戻したリリンは、己の手のひらを見つめながら呟く。


「だというのに……あの憎きヴァシュゴルめに襲われ、数の暴力で殺された。思い出した今になって……本当に腹が立つ!」


 階段を登り、牙のアジトの外へ向かいながらリリンは苛立たしげに電撃を放ちまくる。拠点が破壊され、完全に倒壊してしまった。


『終わったようだな。随分と派手に暴れているが……何があったのだ?』


「ああ、ムルか。私はやっと、自分が何者なのかを思い出した。まあ……その過程で溜まったイライラを解消しただけさ」


『そうか……深くは聞くまい。よければ、森の出口まで送ってやるぞ?』


「ああ、頼む。記憶を取り戻した以上、もうここに用はない。まずは……アゼルと合流する」


 ムルの背中に飛び乗り、リリンはアゼルと再会するため森の外へ向かう。しかし、彼女はまだ知らなかった。すでに、創命教会による陰謀が始まっていたことを。

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