3ヶ月後<Ⅲ>

「……何か、話があるのですか?」


 改めて近くで見ると異様な存在だった。

 八本脚の馬はセレーネが知っているどんな軍馬よりも大きく、それに乗っている黒い騎士も負けないくらい大きく、頭のところまで3mはあるだろうか。


「お前達が捕らえている魔術師を引き渡してもらいたい。あれは我が軍の恥さらしだ」


 ネクロマンサーのことであろう。

 一応道案内を兼ねて連れてきてはいる。


「それに応じろと?」


「別にこちらは力ずくに奪い返しても構わないが」


 強者の余裕だろう。ここで拒否をすれば本当にそうするに違いない。

 だが素直に引き渡したとして、全員の命を保証するとは思えない。


「ならば、一度そちらの魔物を退かせてください」


「言っておくが最初に手を出したのそちらだ。こちらは元より魔術師を引き渡してさえくれれば直ぐに戻るつもりだったのだが」


「そ、それは……」


 経験値欲しさに走った勇者二人が先に手を出したのは確かである。


「こちらはかなりの数がやられている以上、奴らの気持ちを考えたら意味もなく退くことは出来ぬ」


 セレーネはなんとか新たな選択肢の糸口がないかと思案するがどうにもならなかった。


「あまり時間は無いぞ、神の奴隷よ」


 黒騎士の近くに続々と集まってくる犬頭の魔物達。

 牙を剥き出しにして、ヨダレをたらしながら今か今かと突撃の瞬間を待っていた。


「ん? お前は……もしかして聖人種だな」


「わたくしはしがないただの聖職者です」


「ふっ、どう言い繕っても、プンプンさせた匂いでよく分かる」


「な!? そ、それは臭いってことでしょうか」


 未だに彼女は臭いと言われると気にしてしまうらしい。


「ああ、神臭さがたっぷりとな」


「そ、そうですか……」


 どうやら体臭の話ではないと分かり少しだけホッとしてしまう。


「それで、わたくしがそうだとして何か意味があるのですか?」


「これは行幸。ならば我と取引といこう。お前と件の魔術師……いやお前だけで十分だな。こちらに身柄を渡せばこの場は何もせずに引き下がろう」


 いきなりの取引話にセレーネは一瞬驚いた。

 だがそれと同時に少しだけ光明が見えた。


「聖人種は何かと使い道がある。我らにとっても回復魔法は貴重だ」


 魔王軍に聖職者はあまりいないらしい。


「一つだけ質問をしてもよろしいでしょうか」


「構わない」


「そちらに勇者は捕まっていますか」


「これは驚いたな。この場で自分の処遇や命乞いなどではなく、他者の居所の方が気になるとは……」


 セレーネの質問にさすがの黒騎士も驚いたようだった。


「ははっ、これは素晴らしい。聖人種というのは聞きしに勝るお人好しだな。良かろう、その質問には答えよう。魔王城に数名の勇者を捕虜として幽閉している。それでいいか?」


「ありがとうございます。ではわたくしの身柄をそちらに預けますので、この場は剣を収めてください」


「良かろう」


 黒騎士は満足そうに剣を収めると左手を高く上げて合図をする。

 すると魔物達はすごすごと後ろに下がっていった。


「では、こちらに来い」


 右手を差し出す黒騎士。

 セレーネはゆっくりと前に歩き出す。


「聖女様、お止めください! 貴女様が魔王の手に落ちたとなったら我らは生きて国には戻れませんっ!」


「そうです! 貴女様は国の……いや人類にとっての宝なのです!」


 それまで成り行きに任せていた兵士達が、一斉に声を上げる。


「わたくしはいいのです。必ず皆さんは生き残ってください」


 だが一部の兵士が、陣から出て来てセレーネを守ろうと走り出す。


「今まで小娘の背に隠れていたゴミ共が粋がるなっ!」


 黒騎士の怒声に兵士達は驚き脚を止めた。


「気が変わった。矮小なら矮小らしく最後まで黙っていればいいものを、貴様等のような半端な存在、虫唾が走るわ!」


 右手を挙げて合図を送ると、一度収めた巨大な剣を引き抜いて手綱を引いて前に出る。


「お止めください! わたくしがそちらに行けばいいだけの話でしょう」


「そもそも全滅させた後に連れて行けばいいだけだ」


 騎士の背後に控えていた魔物達がゆっくりと前に出てくる。


 このままでは、どうすることも出来ない。


(勇者様……)


 聖職者の彼女が祈った先は女神ではなく、あの勇者だった。

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