静かな夜

静かな夜<Ⅰ>

 やる気になって夜を迎えたのだが、そういうときに限ってそれまで宵闇と共に現れていたゾンビ達の気配がまったくなかった。

 正門の櫓から様子を周囲を伺っているが、動いているものは全く見えない。


「これは、どういうこと?」


「本当に相手は弾切れを起こしたのかもしれません」


「ストックしていた死体がなくなったってところかな」


「そうだと思います」


 砦長の声は少しだけ弾んでいた。

 やっとアンデッドが来なくて安堵しているのだろう。

 確かに彼の憶測はあながち間違いではない気がする。


「うーん……でも、そういう罠だったりすかもしれないからしばらく警戒は続けよう」


「もちろんです。ですがその役目は我らに任せて、勇者殿と聖女様は休んでおいてください」


「いいの?」


「はい。ずっとお二人に任せきりですし、これくらいは我らにやらせてください」


 ふむ、それならお言葉に甘えるのもありかな。

 いざというときのために英気は養っておいた方がいいし。


「分かった。じゃあ後はお願いします」


「ははっ、お任せください」


 櫓から降りると、何やら女騎士が騒いでいた。


「ミネディア様落ち着いてください。夜に出るのは危険です。ましてや魔物が住まう森に行くだなんて」


「何を仰います聖女様、これは好機なのでありますよ! 相手は手駒を失い何処かに潜んでいる可能性が高いのです」


「ですが危険過ぎます。攻めて朝まで待ってから……」


「朝まで待っている間に、相手が逃げてしまったらどうするのです! そもそも我が子爵家が、男爵家に功績で後れを取るなどあってはならないのです!」


 子爵に男爵?

 貴族の爵位だったよな。

 子爵の方が男爵よりも上だったっけ。うろ覚えで自信はない。


 よくある貴族のプライドってやつか。

 でも一体誰に後れを取っているんだ。他に貴族がこんな辺境にいるっていうのか。


 周りの兵士まで止めに入っている。

 だが女騎士が話を聞いれる様子はなかった。


「まあまあ騎士様の仰っていることは最もです。相手は手駒を失った可能性があります」


「勇者様?」


 俺の言葉にセレーネと止めに入っていた兵士達が驚いた顔をする。


「さすが勇者殿は話が分かる!」


「しかし騎士様方、これは罠の可能性もあります。もしかしたら貴女様が飛び込んでくることを予想して残りの手駒で防御を固めているかもしれない」


「それなら食い破れば良いだけのこと!」


「もちろん騎士様の勇猛さは分かっております。もしかしたら貴女様だけでも残りのアンデッドを倒せるかもしれません」


「ま、まあな。これでも毎日の鍛錬は欠かしていない」


「ですが、ならばこそ夜に無理して攻めるよりも、朝になってアンデッドの動きが悪くなったところを攻めた方が兵の消耗も少なくなりますから、それこそがよき指揮官かともわたくしは思います」


「な、なるほど……、しかし逃げてしまうかもしれません」


「暗い森の中を足元がおぼつかないアンデッドと共に逃げるのはかなり難しいでしょう」


「そ、それは確かに……」


「それになにより、騎士様達は激しい戦いに馬を失っておりますがどうやって広大な森を捜索なさるのですか?」


 3人の馬は、最初のなんちゃらフォーメーションで突撃したときにあろうことか馬を置いて逃げ帰ってきたのだ。


「なっ!?」


 砦長が言っていたが今頃馬は森の化け物達の胃袋の中にいるだろうと言っていた。


「せめて視界の広がる朝になってからの方がよろしいでしょう」


「ぐ、ぐぬ……、わ、分かった。そうしよう……」


 少し肩を落として女騎士は下がっていった。


「勇者様ありがとうございます。助かりました」


 周りにいた兵士も安堵のため息を漏らしていた。


「わざわざ相手の得意な時間に合わせて戦う必要はないからね」



 そして俺とセレーネは一旦部屋に戻っていた。


「まあなんだ。あの女騎士も功績が欲しくて焦っているんだろうな」


「その様です」


「でも、男爵家に後れを取るって言ってたけど誰のことなんだろ?」


「そ、それはその……わ、わたくしのことだと思います」


「え!? セレーネって貴族なの?」


 部屋に入ったと同時に驚きの声を上げてしまう。


「いえ、正確には“だった”のです」


「それってどういう……」


 思わず聞いてしまうが、おそらく話しづらいことだろうと言葉を止める。

 セレーネは一瞬顔を俯かせ、再度顔を上げる。


「わたくしは元トレット男爵家の娘でした」


「それって家はもうないってこと?」


「幼い頃に祖父が爵位を奪われ処断。両親は罪人として幽閉され兄弟は奴隷として売り払われることになりました」


 思った以上に重たい、いきなりの告白に俺は声が出なかった。

 貴族から奴隷に落とされるってどれだけ厳しい罪なんだろうか。


「わたくしは実際に奴隷として売られたのですが、ある日突然神聖魔法が使えるようになったのです」


 だからか、セレーネに上品さや気品を感じさせていたのは。


「その力のおかげで、わたくしは教会に入ることとなり奴隷としてではなく聖職者として生きることになったのです」


「なんかごめん……余計なこと聞いちゃったみたいで」


「いえ、構いません。やっぱり勇者様はお優しいですね」


「え、なんで?」


「貴族の奴隷落ちなど、薄汚いって思うのが普通ですから」


「そこは全く全然一切、薄汚いなんて思わないけど、俺の元いた世界では……いや俺が居た国に奴隷はいないんだ」


「そ、そうなのですか!? なんて素晴らしい国なのでしょう」


「昔はそれっぽいのがいたらしいけどね」


「それでも素晴らしいと思います」

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