第19話 キャラクターの出産の痛みですが、何か?
以前、ミランダはこんなことを言っていた。
「新しいキャラクターを作ると言うのは、ある種の出産のような苦しさがあるのだよ!」
その時は「へーそうなんっすね」程度で流していた。
そう、流していたのだ。
それがどれだけ大変な作業で、一人の人間を物語の中に作り上げると言う行為が、どれ程苦しい物かも、あの当時は解っていなかった。
だが、今ならわかる……それは、とても大変な作業だ。
「ですから! わたくしとしては、主人公の女性は妖艶な女性が良いと思うんですの! 性格は多少ひねくれた所があってもベストだと思いますわ! 後は出来れば病んでる部分があると物語がもっと盛り上がると思うんですのよ!?」
「それは王道過ぎるだろう!? 不倫をするような女が妖艶で病んでるなんて当たり前だろう!! そうではない、もっと細かい所を詰めたいのだよ! 妖艶な見た目なのは後妻になってからであって、それまでは根暗でジメジメとした雰囲気の女性であったなども大事だろう!?」
「確かに、そこは押さえるべきところですわね。でも、根暗がデビューして妖艶な上に不倫をしますのよ? 普通じゃない人間の部分も入れるべきですわ」
「普通じゃないのに純愛になりえるのかね?」
「普通ではない人間が純愛をするのだから悲恋になるのでしょう!?」
「なるほど!! 腐っていれば純愛ごっこに留まると言う事か……」
「そもそも、不倫なんてするような女がまともな神経してるとは思いませんもの」
「まぁ確かにそれは一理ある」
「これまでの事を纏め上げると――」
そんな喧嘩腰のようなやり取りが、三日ほど続いている。
他の登場キャラはなんとか生れたようだが、肝心要のヒロイン、この場合主人公が中々決まらなかったらしい。
そして、互いの一致らしいが、不倫をする女性はまともな神経をしている人間ではない。と言う考えらしく、そう言う女性ならば悲恋になるのは当たり前ではないのか? と言う事でまとまった様だ。
まるで、実際その人物がいて、その人物に対して怒りや憤りをぶつけて居るかのようなキャラの出産に、俺とダリル姐さんは遠く離れた所でコーヒーを飲みながら見守っていた。
「相変わらず、キャラクターが作られていく時は激しいわね」
「静かにキャラクターを作る事も多いんっすけどね……今回は合作っすから」
「作家同士のぶつかり合いね。白熱しているようで何よりだわ♪」
「ダリル姐さん、楽しそうっすね」
「今からドキドキしない? 彼女たちが作っている、生み出しているキャラクターがどんな物語を紡いでいくのか。私は楽しみでたまらないわ」
ニコニコ笑顔で口にするダリル姐さんに、俺は二人を見つめた。
二人の作家がぶつかり合いながら小説キャラクターを作り上げていく姿は、確かにとても激しいものがある。
しかし、口があれだけ動いているのに、ペンを走らせ特徴をメモっていたり、ミランダは軽いイラストを描いてキャラクター図案も考えているようだ。
「軽く全員のキャラを纏めると、こうですわね」
「中々味のあるキャラが生まれたではないか」
「後は執筆に入りますけれど、執筆した部分をわたくしがチェック入れていきますから、早速ミラノさんは執筆に移ってくださる?」
「一応、ヴィヴィアン氏の考えた起承転結は意識していくが、途中省いたり、途中追加したりするかもしれんぞ」
「構いませんわ。物語がそう真っ直ぐうまくいくとはおもいませんもの。だって執筆しているのが貴女ですものね」
「はははは! お褒めの言葉だな! では軽くストレッチしたら執筆に移ろうではないか!」
「わたくし、ブラックコーヒーの追加を持ってきますわ」
「ああ、氷多めに頼むよ!」
そう言うと、ミランダは軽いストレッチ体操を始め、ヴィヴィアン氏はミランダの使っているアイスコーヒー用のカップを手に、備え付けの冷蔵庫へ向かうと氷を沢山いれて、既に淹れてあるコーヒーを注いでいく。
「どうやら、本番の戦いが始まるみたいね」
「此処からが本当に戦場っすよ」
「私たちも備えましょう。外に行って甘いクッキーとか、甘めの軽食を買ってくるわ」
「俺は新しいコーヒーを淹れてくるっす」
こうして、男性陣も二人の作家の戦いを支える為に補給部隊として動いていくのである。
締め切りまであと一カ月半……どこまで頑張れるのかは、補給部隊の応援と、彼女たちの執筆へ対する想いの強さだけである。
だが、その想いと強さとは執念のようなもので、その日からミランダは睡眠時間一日三時間と言う厳しい現実に身を置き。ヴィヴィアン氏もまた、睡眠時間をかなり削りながらの執筆活動。
時折、気分転換させるために、少し熱めのお風呂を用意し、彼女たちはそれぞれ、少ない気分転換で執筆を進めていく。
部屋に響く筆の走る音……。
時折うなり声と溜息、そして何やらブツブツと言葉を口にすると、また筆の走る音に変わる。
そんな中でも、蓄音機から流れる音楽は、作家二人の一つの娯楽になっているようで、筆が乗って居る時は、音楽に合わせた鼻歌だって聞こえてくる。
世の中には、作家とは自由気ままな職業だと言う人もいる。
中には、時間に縛られない自由な職業だと言う人もいる。
だが、一から小説を作り上げるのは、当人たちにしか解らない苦労があり。
人一倍、集中力が無ければ、物語の世界に居ることは出来ず。
そして、新鮮な心のうちに執筆しなくてはならないと言う、結構縛りプレイのようなところがあるのではないだろうか。
「作家って大変っすよね」
「まぁ、そうね……他人からのコツを聞いたとしても、それが本人に合うかは別問題だし。文字の書き方や癖なんかは作家によってだいぶ違ってくるし」
「そうなんっすよね」
「合作になろうものなら、互いの癖を理解してないと書けないっていうか」
「ですです」
「大変よね」
「大変っす」
そんな事を小声で喋りながら補給部隊としてダリル姐さんと駆け回った一か月半。
ダリル姐さんと一緒にソファーで寝落ちしていると――。
「出来たぞおおおおおおお!!!!」
「第一段階脱稿ですわぁあああああ!!」
心の底からの叫び声が二つ響き渡り、俺とダリル姐さんは飛び起きた。
「原稿チェックしたかね!」
「致しましたわ! これなら問題ありませんことよ!」
「ついに」
「やり遂げましたわ!!」
「「力作!!」」
ガシッと手と手を握り合うミランダとヴィヴィアン氏。
最終的には、ヴィヴィアン氏もミランダと同じ、短パンにタンクトップと言うあられもない姿になっていたけれど、本人気にしていないらしい。
いや、気にしている余裕が無いのだろう……二人の目の下には大きな真っ黒なクマが出来上がっていた。
「後はクリスタル様にチェックを入れて貰って」
「それでOKが貰えればこちらの勝ちですわ!」
「早速着替えていくかね!!」
「ええ!! そうしましょう!!」
妙にハイテンションな二人の作家はその後、バタバタと男性陣がいようと気にせず着替えを済ませると、二人揃って原稿を持って飛び出していった……。
おいてけぼりな俺とダリル姐さんは、ポカーンとしながらも、互いの顔を見合わせ笑いあった。
「後はクリスタル様次第ね」
「そうっすね。大幅な書き直しが無いと良いっすけど」
「そこは」
「神に祈るっす」
「それに限るわ……それはそうと、私たちも甘いもの食べない?」
「そうっすね……」
その後、二人が返ってくるまでの間に温かいコーヒーと甘いお菓子で胃袋を満たし、ついつい、また朝のようにソファーにもたれ掛って眠ってしまったその頃――。
=====
アクセス頂き有難うございます!
キャラクターの誕生、結構悩んだり、かと思えばスッと出てきたりしますよね。
悩むときはトコトン悩むし(;´Д`)
小説を一本作ることは、ある種の出産だと思っております(笑)
作家さんあるあるだと思うのですが、他の作家さんはどうなのかなぁ。
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