第16話 ヴィヴィアン氏とダリル姐さんですが、何か?
~ヴィヴィアンside~
「この、わたくしが!! ミラノ・フェルンの小説の手伝いをする!?」
信じられない事を言われ、更に連日徹夜なのではなかろうかと言わんばかりの彼女を見て、わたくしは軽い眩暈を起こした。
ミラノ・フェルンの小説と言えばエロ小説……純愛を主とするわたくしには、とてもじゃないけれど荷が重すぎるわ!!
「絶対お断りよ! 何故わたくしがエロ小説の内容を考えなくてはなりませんの!?」
「確かにエロ小説だ! だが違うのだよ……今回は、官能的な純愛小説に挑みたい」
「純愛小説……ですって?」
「その通りだ。実は書きおろしになる今回の作品は、エルシャール・フェンシャーが音楽を手掛け、アズラン・ペシャールが小説をもとに作詞し、イリーシア・ファレルノが歌うのだよ」
「なっ!?」
なんて豪華な顔ぶれ……この国の音楽に関する御三家じゃないの!?
驚いて言葉も出ないわたくしに、ミラノ・フェルンは溜息を吐いた。
「ストーリーは純愛でありつつ悲恋を入れ込みたくてね……」
「純愛でありつつの悲恋……ですの?」
「そうだとも、物語としてはこうだ」
そう口にすると、ミラノ・フェルンは物語のあらすじを語り始めた。
男爵家と言う地位の低い家に生まれた娘が、恋焦がれた相手と結婚することもかなわず、更に、ライバルだと思っていた女性は上へ上へと言ってしまい、自暴自棄になった挙句、年の離れた男の後妻に落ち着く。夫との体の触れ合いは、物足りないもので、ただ行為が終わるまで演じるのみ。そんな彼女の前に現れる若き男性との不倫。しかし、燃え上がる危険な恋だったが、最後は夫にばれてしまい、屋敷を追い出され、男にも捨てられ、非業の死を迎える。彼女が最後の瞬間に想ったことは――自分の愚かさだった。
「と、言う内容の小説を書こうとしているのだがね。もっと不倫相手との純愛の部分を押して出したいのだよ」
「なるほど……確かにそれだけでは物足りませんわね」
「そうだろう!?」
「そもそも、その不倫相手とはどこでどう出会うのか、そして彼女を慰める為に男性がどう手ほどきをしていくのかを前面に出していけば、もっと甘い感じになるかも知れませんわね」
「そこが難しいのだよ。そこでだ、ヴィヴィアン氏。どうだね? 合作で一本仕上げてみないかね?」
「わたくしにエロ小説の手伝いをしろと仰るの?」
「なに、エロは自分で書くさ。一番欲しいのは君の純愛に対する想いと脳だ」
そう言って指を指してニヤリと微笑む彼女に、わたくしは溜息を吐いた。
「わたくしの脳、つまり……わたくしからネタが欲しいと仰るのね」
「無論、純愛部分に関しては君が書いて貰って構わない。言っただろう? 合作だと」
「むぅ」
「音楽の世界に、自分の名を残したいとは思わんかね?」
「うぅ……」
――残したい。
――凄く残したい。
……何にも勝る名誉だわ。
そう、それはきっと、あのサロンの連中だって見返してやるだけの名誉になるはず。わたくし自身の強みにもなるはず。名の残る音楽、名の残るオペラに参加できることはきっとこの先、一生無い。
「どうだね?」
「……やるわ」
「決まりだ!」
「でも、わたくし今スランプ中で……筆を置いてしまっているの」
「では、一か月の間に筆をとりたまえ。この小説の期限は2か月だ」
「は!?」
「女に二言は無かろう! やると言ったんだ、逐一現行のチェックをしながらネタを練り給え。ネタを練るだけの脳はあるのだろう?」
そう言って豪快に笑う彼女に、私は頭痛を感じながらも小さく頷いた。
確かに締め切りが迫っているのなら逐一エロ小説をチェックしなくてはならないだろうし、それに合わせた純愛も考えていかなくてはならない……。
――そうよ、自分の名誉を取り戻すの。
――筆を置いただけ、折られたわけではないわ。
また、あの筆をとるの。
自分の意志で、小説が書いていて楽しいと思えるようになるの。
――わたくしは、わたくしだわ。
「と、言う訳で暫くこのアトリエで生活をしている。料理に関しては夫に任せてくれたまえ!」
「希望の料理位は作るっすよ」
「あ……ありがとう」
「ダリル、君はヴィヴィアン氏の手伝いだ。無論他にやる事があればそちらを優先してくれたまえ」
「了解したわ。そうね、まずは二人に言いたいことがあるの」
「何かね?」
「何かしら?」
「……お風呂に入ってらっしゃい。話はそれからよ」
ドスの利いた声、いいえ、迫力ある笑顔にわたくし達は今の自分の状況を思い出した。
確かに……お風呂に最近入れえてなかったわ。
スッピンだし、髪はボサボサだし……これは乙女として最悪だわ!!
「良い恋の物語を書きたいなら、自分がまず美しくならないとダメよ? ミランダの事はオスカーに任せるとして、ヴィヴィアンさん?」
「はい!」
「好きな香水は? 好きな髪型は? 好きなドレスの色は? 形は?」
「えっと……そういうのは家では……」
「香水は今度一緒に買いに行きましょう。代わりに私の使っている香水を今回貸してみるわ。好きな香りなら差し上げるわよ。さ、髪型にドレス! まずは身支度を始めましょう!」
「は、はい!!」
そう返事を返すと、私はそのままダリルさんに誘われるように自室へと戻り、お風呂に入ってリラックスした後、身支度をお願いした。
もう下着だって古いし、情けない恰好ではあったけれど、彼女はそんな事お構いなしに語りかけてくる。
「下着類は今度時間がある時に買いに行かないとダメね……折角の丁度いい御胸が勿体ないわ」
「はい……」
「スタイルは少しぽっちゃりだけど、そのくらいが男性にとっても女性にとっても安心できるのよ。自信をもって」
「はい!」
「それと、ドレスだけど……どれもサイズが合わないみたいね。今度仕立て直しに行きましょう? 私から数着プレゼントしてあげるわ」
「すみません何から何まで……」
「あとコレ、私が使ってる香水なんだけど、柑橘系なの。どうかしら?」
そう言ってわたくしの髪を乾かすダリルさんから受け取った綺麗で、それでいてあっさりとした見た目の香水を見つめると、少しだけ香りを嗅がせてもらった。
さわやかで優しい香りがする……素敵。
「凄く良い香り……」
「気に入った?」
「はい、今までで一番好きな香りですわ」
「だったらそれは差し上げるわ。つけ過ぎはダメよ?」
「解ってますわ。ダリルさん、何から何までありがとう」
「ふふふ♪ 妹がいるからお手の物よ」
そう言ってキレイに化粧までして貰い、わたくしは、本来のわたくしらしさを取り戻した。
ドレスは少しきついけど、それは成長の証。
本で稼いだお金は、半分は貯めて、半分は今にも没落しそうな家に送っている。
それでも、家がこれ以上傾く可能性はおおいにありえて、わたくしも平民へと身を落とす覚悟もそろそろしなくてはならないだろう。
そう、わたくしは、貴族である自分が無くなるのが怖かったのだ。
けれど、わたくしには筆がある。
食べていけるだけの小説が書ける。
貴族と言う誇りを捨てても、わたくしはわたくしでいられるのだ。
「瞳に力が宿ったわね」
「――はい! わたくしはわたくし、ヴィヴィアンですわ!」
「その意気よ。私が出来るだけ支えてあげるわ」
「ありがとう!」
ずっと欲しかった女友達とは、きっとこんな感じなのだろう。
わたくしは、大丈夫。やれるわ。
それに、ビシバシとミラノ・フェルンにダメ出ししてやるんだから!!
「気合は十分ですわ!」
「了解! さぁ、今からが闘いの本番よ!」
「勝ち取って見せますわ!!」
こうして、わたくしは背筋を伸ばしドアを堂々と開け、ミラノ・フェルンの部屋を開けた途端――。
「ヤダヤダヤダー! ドレスなんて着ながら執筆なんてヤダ――!!」
「分かったっす!! せめて上の下着くらいは付けてくださいっす!!」
ミラノ・フェルンが、上半身裸でドレスを着るのを嫌がって駄々をこねている所に遭遇してしまった。
固まるわたくし、笑顔でドアを閉めるダリルさん……。
「やれやれね、仕方ないからお部屋でアップルパイでも食べて気合入れなおしましょうか」
「それもそうですわね……」
「紅茶とコーヒー、どっちがお好み?」
「紅茶でお願いしますわ」
こうして、二人で一息入れた頃、オスカーが部屋にやってきて「お待たせしたっす」と、多少草臥れた様子で呼びに来たのだった。
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ダリルさんとヴィヴィアン氏はきっと相性がいい(笑)
そんな事を思いつつ執筆していました。
そして、どこまでも乙女心を忘れないダリルさん……素敵です。
私は執筆する際には、ゆったりとした部屋着で書きますが
中にはキャラになり切ってる人もいるんだろうか……なんて思ったり。
執筆中はゆったりした服装で、執筆用メガネ装着が私のスタイル('ω')
ブルーライトカットがかなり入ってるので、サングラスのようです(笑)
※ちょっとお知らせ※
子供が風邪を保育園で貰って来たので、何時更新が止まるか分かりません。
ご了承ください。
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