第20話 マゼラー 2
食後。
ココアとみかんがテーブルの上に置いてある。
この日、ケンはいなかった。
沢田家(私の家)の面々とハナ。と言う取り合わせ。特に珍しいこともない。
沢五郎さんは、リビングの炬燵で温まり、有馬記念の反省をしている。
弟は、空き箱を使って、彼にしか分からない不明な物を作っている。
房子さんとハナは、母と娘と言うよりは、クラスの女子同士のような雰囲気で、楽しげに笑い合っていた。
私はノートの当番だったので、ノートを書いていたようだ。
ノートに私自身の様子は書かれていないが、他のことは進行形で綴られている記述が多い。
房子さんとハナは今で言う、女子会のような感じだったと思われる。
「なんですかマゼラーって」
ココアのおかわりを自分で作りながら、
ケタケタ笑って、ハナが房子さんに問う。
「これよぉ、これん事ね」
房子さんは持っていた、棒状の物を指差して言う。
ハナの笑い声が輪をかけて大きくなる。
笑い過ぎで、声が出せないようだ。
「————まぁ、たしかに。 ハイ。間違いありません。マゼラーですね」
「ねっ? そやよね。むしろ、なんで『ド』なのか。そっちの方が不思議やわぁ」
私はこの日、この時まで、それを正式にマゼラーだと思っていた。
「えっ?違うの?」
二人の会話を聞いていて、マゼラーでは無い疑惑が出てきたので、私は問いかけた。
その問いかけは、ハナのバカ笑いを中断させた。
ハナがキョトンとした顔で私を見る。
一瞬、新春の夜にふさわしい静けさが訪れたが、それは本当に一瞬だった。
一転、ハナのバカ笑いがまた響いた。
「ヤダぁ、房子さん。あそこに本気のマゼラーがいますよ」
房子さんも笑っている。
「そりゃ、そうねぇ。私がマゼラーとしか言うとらんもん。
そう、一気に言ってから。
「ヒサ、ちゃんと教えるわ。コレはマドラーって言うんよ」
私がマドラーを初めて知った日だ。
ハナはマゼラーを気に入ったようで、
その日は、ずっとマゼラーと呼んでいた。
マゼラーと言いたいがために、必要もないのにクルクルとマドラーを回しているように見えた。
食後の団欒も終り、私の部屋。
ハナが進路の事や、大学に行ったら 何をしたいのかを話していたはずだ。
その日、ハナは終始、機嫌が良かった。
ハナの弾む言葉の すきまをぬって、
時折、マゼラーとカップがぶつかる 小気味良い音が聞こえて来る。それは、ハナの気分が反映されたような音だった。
私はその音を指差しながら言った。
「マゼラーとカップが、楽しそうにお喋りしてる」
ハナは先ほどと同じように、キョトンとした顔をして、その後、今度は静かな夜に相応しい微笑みを見せた。
私たちが、マゼラーとカップのお喋りを聞いているのを、マゼラーとカップに気付かれたら、マゼラーとカップはお喋りをやめてしまう。
そんなことを心配したのか、マゼラーとカップには聞こえないように 私の耳許に口を寄せ、ささやき声で問いかけてくる。
「……なんて言ってるの?」
「分からないよ。 ハナの方が得意でしょ? 聞こえていたら、僕にも詩が書けてる」
つられて、私もヒソヒソと答える。
ハナがさらに 息がかかるくらいに私の耳許に顔を寄せ、
「いつか、きっと書けるよ」
私の耳奥に言霊を残した。
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