ダンジョン攻略は、予備知識で決まる。――11

 結果から言えば、エレメントゴーレム4体との戦いは楽勝だった。


 俺、エリーゼ先輩、ミスティ先輩の従魔はいずれも100レベルえなのだから、当然だろう。


 ウェルト空間に入ってからの戦闘で、俺、レイシー、ケイトの従魔はかなりレベルアップしていた。




 クロ:113レベル

 ユー:111レベル

 マル:110レベル




 リーリー:70レベル

 ピート:63レベル




 ガーガー:63レベル

 ケロ:62レベル




 エレメントゴーレム4体を倒したことで扉が開き、4階層へ続く階段が出現した。


 初の3階層突破とっぱで4人のテンションはマックスだったが、ウェルト空間に突入してから6時間が経過していた。すでに外は夜になっているだろう。


 このまま4階層へ進むには、体力的にも危険だ。そう判断し、俺たちは3階層の広間で野営することにした。





「クロ、ユー、マルともに異常はないな」


 広間はセーフティーエリアになっておりモンスターが襲ってくることはないが、念のために順番で見張りをすることにした。


 見張りをしながら、俺はメニュー画面を開いてクロたちの状態を確認する。


「ロッドくん、隣に座ってもいいですか?」


 不意ふいに声をかけられて、俺は顔を上げる。


 いつのにか、レイシーが俺の横に立っていた。


「いいけど、交代には早くないか?」

「いいんです。ロッドくんとお話したかったので」


 レイシーが俺の隣に腰を下ろす。


「話?」と聞き返すが、レイシーは黙ったままだ。心なしか、沈んでいるように映る。


 レイシー、なんで落ち込んでいるんだ? 


 俺が首を捻っていると、ようやくレイシーが口を開いた。


「……ロッドくんは、ネイブルさんと許嫁いいなずけ同士なんですよね? ネイブルさんのこと、どう思っているんですか?」


 俺は転生によりロッド・マサラニアになったため、許嫁としてのフローラ・ネイブルのことはよく知らない。


 それでも、いまのレイシーに適当に答えるのは不誠実な気がして、俺は正直な答えを返した。


「許嫁というか、ライバルって感じだな」

「ライバル、ですか?」

「ああ。やたら絡んでくるし、難癖なんくせつけてくるし、はた迷惑なやつだよ」


 肩をすくめたのち、「まあ」と付け足す。


「最近は、そんなとこも可愛く思えてきたんだがな」


 頭をよぎるのは、ウェルト空間探索の前、フローラに街案内をした日のことだ。


 あの日まで、フローラに対しては苦手意識しかなかった。


 けれど、心の底から美味しそうにジェラートを味わう姿を見て、


 恥ずかしそうに俺に「あーん」してくる顔を見て、


 俺の好みの味を覚えようとする健気けなげさを見て、


 フローラは気難しいだけで、結構愛らしい女の子だと思えてきんだ。


 俺の口元が笑みを描く。


 レイシーが、ギュッと俺の腕に抱きついてきたのはそのときだ。


 いきなり密着されて、ドキンと心臓が跳ねる。


「レ、レイシー?」

「ロッドくんは、いなくなりませんか?」


 レイシーがか細い声で尋ねてきた。その体はかすかに震えている。


「わたし、怖いんです。ネイブルさんはロッドくんの許嫁だから、とられてしまうんじゃないかって……ロッドくんが、わたしを置いていってしまうんじゃないかって……」


 弱々しいレイシーの姿に、緊張が薄れていく。代わりに生まれてきたのは使命感だ。


 思う。


 この子の震えを止めてあげたい。この子の不安を払ってあげたい。


 俺は口を開いた。


ウェルト空間ここに来る前にさ? 俺、フローラから頼まれたんだよ――『勝負とかなしにして、エストワーズに転校しない?』って」


 レイシーが身を強張こわばらせ、うつむく。


 俺は続けた。


「けど、断った」

「……え?」


 うつむけていた顔を上げ、レイシーが俺と目を合わせた。


 エメラルドの瞳がうるんでいる。


 不安そうに眉を下げているレイシーに、俺は優しく微笑みかけた。


「俺は、エリーゼ先輩とも、ミスティ先輩とも、ケイトとも、レイシーとも、離れたくないからな」


 レイシーが目を大きくさせる。


「ロッドくんは、いなくなりませんか?」

「ああ。いなくならねぇよ」


 先ほどと同じ言葉で尋ねてきたレイシーに、今度はしっかり頷いた。


 不安そうだったレイシーの顔が、親と再会できた迷子みたいにゆるむ。


 レイシーが、ほ、と息をつき、俺に身をゆだねてきた。


 子犬のように、レイシーが俺の腕に頬ずりしてくる。くすぐったい気分だが、しばらくこのままでいたいと感じた。


 それから俺たちは、交代の時間までただ身を寄せ合っていた。

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