ツンツンしている子に、悪い子はいない。――6

 一通りセントリアを案内したあと、俺とフローラは、丘の上にある展望台を訪れていた。


 展望台からは、夕日に照らされたセントリアの街を一望できる。


 オレンジ色に染め上げられたセントリアの街は、絵画のように美しかった。


「観光はどうだった?」

「悪くなかったわ。ロッドもやればできるのね」

「そいつは重畳ちょうじょうだ」


 フローラへの苦手意識は、今日一日でキレイさっぱり洗い流されていた。いまはフローラの憎まれ口も、可愛らしく感じる。


 最初はめんどくさかったのに、不思議なもんだよなあ。


 感慨深く思っていると、フローラがベージュのポシェットから、細長い筒を取り出し、「はい」と俺に差し出してきた。


「なんだ?」

「街案内のお礼よ」


 思いがけないプレゼントに、俺は目を丸くする。


「なによ、そんなに驚いて」

「いや、フローラがあまりにも律儀りちぎだから」

「あたしをなんだと思ってるのよ。それって普通に悪口よね?」


 頬をピクピクさせるフローラに、「悪い悪い」と謝りつつ、俺は筒を受け取る。


 筒のなかに入っていたのは、


「『魔法のスクロール』?」

「ええ。ネイブル家に伝わる特別なものよ」

「マジか!!」


 思わず俺は歓声を上げた。


 なにしろ、ネイブル家が保有する『魔法のスクロール』は、ゲーム終盤で起きる、フローラ・ネイブルとの対決イベントのあとにしか入手できないのだから。


「いいのか!? これ、貴重なやつだろ!?」

「いいわよ。そのスクロールで修得させられるスキルって、使い勝手が悪いもの。あたしたちが持っていても、きっと使わないわ」

「おおっ! サンキューな!」


 ラッキーだ! この『魔法のスクロール』で修得できるスキルは、ブラックスライムの型のひとつに必須ひっす! こいつがあれば、クロの新しいスキル構成を組めるぜ!


 嬉しさのあまり、俺はガッツポーズをとる。


「まったく、この従魔バカは……いつまで経っても子どもなんだから」


 けなすような字面じづらだが、フローラの声も顔つきも、柔らかく温かいものだった。


 風が吹き、フローラの青髪を撫でていく。


「……ねえ、ロッド?」


 風が止み、フローラが真剣な声色で訊いてきた。


「勝負とかなしにして、エストワーズうちに転校しない?」


 唐突な提案に、俺はパチパチとまばたきをする。


 フローラが続けた。


「あんたは1年生でありながら、レドリア学生選手権で優勝した実力者。当然、特別待遇で迎えるわ。従魔士として成長するための設備も、活躍するための機会も、セントリアここよりずっと整えてあげる」


 フローラの態度は、どこか必死に映る。


 すがるような目で、フローラが頼んできた。


「だから、お願い。エストワーズに来て」


 フローラの誘いは魅力的だ。ファイモンの世界を楽しみたい俺にとっては、飛びつかずにはいられない提案。


 だが、いまの俺は、ただファイモンの世界を楽しみたいだけじゃない。


 だから、俺の答えは決まっていた。


「悪い。セントリアには、離れたくないひとたちがいるんだ」


 フローラが、泣きそうな顔をして、うつむく。


「……そう」


 再び顔を上げたとき、フローラは冷たく、鋭い目をしていた。


「わかったわ。勝負で白黒つけましょう。言い訳を許さないくらい、圧勝してあげる」


 先ほど見せた、柔らかく温かい雰囲気は、どこにもなかった。


 フローラが俺に背を向ける。


「……あのひとたちには、絶対にあげないんだから」


 それだけ言い残して、フローラが去っていく。


 残された俺は、前髪をクシャリとつかんだ。


「……なんでだよ」


 フローラの泣きそうな顔がフラッシュバックし、俺は歯噛みした。


「なんで、こんなにも胸が痛むんだよ」

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